3.オルザール家での日常。
「よう、クレオ。最近のマキはどんな感じだ?」
「心配しなくても大丈夫ですよ、ゴウンさん。マキはもう立派な冒険者です」
あれから数日後。
ボクはたまの休みにオルザール家を訪れていた。
これはゴウンさんからの提案、というか願いだったのだけど。娘であるマキが役目を果たせているか、それを報告してほしい、とのことだった。
憑き物が落ちたような彼は、すっかり子煩悩な父親だ。
「本当は一緒に行けたら良いんだが、俺はかつてのパーティーメンバーへの贖罪で同行できねぇからな。一生涯かけて、これらの罪は償っていかなきゃならない」
「亡くなった人はいないんでしょう?」
「それでも、恐怖で支配したことは変わりない。なにがあっても、な」
ボクが少し助け舟を出すが、ゴウンさんは乗ってこない。
やはり、これが彼なりの罪滅ぼしなのだろう。一転して穏やかになった彼の目には、優しい光が宿っていた。
「それにしても、クレオがファーシード家の人間だったとは、な」
そこまで話して、唐突に彼はそう口にする。
「……ボクはもう、ファーシードではないですよ」
「気を悪くしたなら申し訳ねぇ。ただ、案外に似た者同士だったんだな、って思っただけだ。もっとも、俺のように遺恨は残してないみたいだが……」
「遺恨……?」
訊き返すと、彼は少しだけ考えてから。
「いいや、気にするな。俺が大馬鹿だっただけだ」
ニッと笑んで、そう答えた。
少し。ほんの少しだけ、その瞳に悲しそうな色を浮かべて。
「そういや、婚約者だとかが来たらしいじゃねぇか」
「マリンですか? 彼女は幼馴染みの一人ですけど、婚約者じゃないですよ!」
しかし一変して、こちらをからかうようにそう言った。
ボクは気恥ずかしさを感じながら、否定する。すると彼は照れるなと、そう言わんばかりに、こちらの肩へ腕を回してきた。
そして、家事に悪戦苦闘しているマキを遠巻きに見ながら一言。
「しかし、マキも苦労するだろうなぁ」
「へ……?」
そう、遠い目をした。
なんだろうか、回された腕にこもった力が強くなった気が……。
「まぁ、気にすんな! これは父親としてのお節介だ」
「は、はぁ……。そうですか」
そう思うと、なにやらパッと手を離される。
ボクは首を傾げながら、しかし彼の父親らしい表情を見て自然と笑っていた。
「それじゃ、ちょっとボクはマキを手伝ってきますね!」
「おう、頼む」
そして頃合いを見てそう言うと、ゴウンさんはポンと背中を押してくれる。
マキの方へと駆け寄って、少し焦げた料理を配膳する。それはまるで、本当の家族のようでもあり、温かな雰囲気に包まれていた。
◆◇◆
「………………」
ゴウンは少年の後ろ姿。
そして、彼に声をかけられて慌てふためく娘を見て、ニッと笑った。しかし嬉しそうなその表情も、すぐに引き締まったものに変わる。
しばしの間を置いてから、ぼそりとこう口にするのだ。
「シンデリウス、か……」――と。
――その名を。
因果なものだと、そう思いながら。
ゴウン・オルザールとして生きて十余年。もはや交わることのないと、そう思っていた名前との再会は、彼の心に小さな波風を立てていた。