2.クレオの選択。
「そ、それで? どうして、マリンがここにいるのかな……」
「どうしたも、こうしたもありませんわ。ファーシード公爵の脳足りんのせいで廃嫡されたクレオを、連れ戻しにきたに他なりません」
「あ~、やっぱりそういうことなんだ……」
ボクは談話室の椅子に足と腕を組んで座る少女を見て、思わず苦笑いした。
なんとなくそんな気はしていたけど、どうやらマリンはボクをファーシードの家に連れて戻るつもり、らしい。というか、父が脳足りん扱いって。
まぁ、それは今どうでも良いので、置いておこう。
「でも、どうしてマリンがボクを?」
気持ちを切り替えて訊くと、彼女はこう答えた。
「それは、わたくしがクレオの婚約者だか――」
「うん。それは違うね?」
ボクは食い気味に、笑顔で否定する。
断っておくが、昔馴染みなだけで彼女との間にそんな取り決めはない。
マリンに悪いが言っておくと、いつ頃からか、彼女の方から一方的にそう言い出したのだ。学園時代はそれで、何度となくネタにされた。
「むぅ……」
こちらの言葉に、子供っぽく膨れ面になるマリン。
普段は大人ぶっているのに、こういう時だけ妙に子供っぽいのだ。
「それで、戻りますの? どう致しますの?」
「それは――」
そして、そのままの口調で彼女はそう言った。
つまるところ、ボクがファーシードの家に帰るかどうか、という話。しかしながら、廃嫡を言い渡したのは紛れもない父――ダンであった。
マリンが戻るように計らったとして、変わりはない。
それに何よりも――。
「………………」
ボクはちらり、後方に控える仲間たちを見た。
三者三様。キーンは何かを考えており、エリオは少し怒っている。そしてもう一人、マキは不安げに瞳を潤ませていた。
そんな彼らを見て、ボクは決心する。
そもそも、好き勝手に生きる、って決めた時に戻る選択肢は捨てたのだ。
「マリン。申し訳ないけど、ボクは戻らないよ?」
「そんな……! どうしてですの!?」
こっちの発言に、ハッとした表情になるマリン。
目を丸くする彼女に、ボクは笑顔でこう答えるのだった。
「ここにいるのは、ボクの大切な仲間たちなんだ。そんな彼らを捨てていくなんてこと、出来やしないんだよ」
「…………クレオ」
それを聞いて、マリンは息を呑む。
そしてうつむき、なにかをボソボソと口にした。
「分かり、ましたわ……」
それが終わると、小さくそう漏らす。
分かってくれたのか、とボクは胸を撫で下ろした。マリンはふらりと立ち上がり、出入口の方へと歩いていく。
その力ない後ろ姿を見送って、ふっと息をつくのだ。
「あの、クレオさん。良かったのです、か……?」
「マキ……」
するとその時、ついに仲間の一人が声を発した。
マキは心配そうにこちらを見て、そう問いかけてくる。ボクは――。
「良いんだよ。いまのボクは、ただのクレオだから」
そんな少女の頭を優しく撫でるのだった。
これで、ひとまずは一件落着。そう思って、改めて一日を始めるのだった。
◆◇◆
「納得いきませんわ……!」
マリンは、自宅に戻ってそう口にした。
思った通りに事が運ばなかったのもそうだが、クレオがあの冒険者たちを選んだのが気に食わなかったのだ。付き合い自体は、自分の方が長いのに。
それを思うと、胸の奥が締め付けられるような感覚があった。
「……クレオ。わたくしは、どうすれば……!」
――傍にいたい。
その気持ちが、大きくなっていく。
そして、ついにそれは抑えきれなくなった。結果として、
「そうですわ……!」
マリンは、こんな決断を下すのだった。
「わたくしも、冒険者になればいいのですわ!」
何とも安直な思考。
しかし、これが後に大きな火種の一つになること。
それをこの時のマリンは、知る由もなかったのだった。




