4.キーンから見たクレオ。
王都にある市民に開放された図書館。
そこにある個室で、キーンは古代エルフ文字の文献を読み漁っていた。古代エルフ文字とは、エルフの中でも廃れていった古き言葉の数々である。
しかしながらそこに記された魔法は、現代のそれとは桁外れの威力を誇るのだ。習得すればきっと、潜在魔力の高いキーンなら、使いこなすことができる。
「…………ここ、は? 蛇、か……?」
少しでもクレオの役に立ちたい。
その一心で、青年は文献の解読に励む。だがしかし、エルフの彼をもってしても、その言葉の半分をどうにか読み取るのが精いっぱいだった。
辞書もなければ、指導してくれる先達もなし。
まさしく、エリオなどとは異なった方面での孤軍奮闘だと云えた。
「……………………」
それでも、やはり限界はあるもので……。
「だ~っ! なんで、ご先祖様はこんなに難解な言葉を作ったんだ!?」
とうとう人目もはばからずに、キーンはそう声を上げた。
そして、テーブルに突っ伏す。うめき声を発しながら、文献を睨んだ。数多くの智慧の泉たるそれも、今の青年にとっては沼のように思える。
そのため彼は深くため息をついて、メモ帳を破棄しようとした。
その時である。
「え、それ捨てちゃうの?」
「ク、クレオさん!?」
自分が尊敬する少年――クレオがひょっこりと顔を覗かせたのは。
彼はキーンの手にあるメモを見ながら、顎に手を当てていた。何度か頷いて、ある一カ所を指さす。そして――。
「ここの訳かな? 文法の読み違えがあると思う」
「へ……?」
あっさりとした口調で、そう指摘した。
「あと、ここも。これは蛇じゃなくて蛙、って意味だよ」
さらに続けて、単語の意味の読み取りも指摘。
キーンはそれを受けて文章を読み返す。すると、多少の詰まりはあるものの、先ほどよりハッキリと解読することができた。
そのある種の達成感に酔いしれる。
だが、すぐに青年はクレオにこう訊ねるのだった。
「……って、クレオさん!? 古代エルフ語が分かるんですか!?」
もっとも、なかば絶叫に近いそれだったが。
するとクレオは、少しだけ首を傾げてからこう言った。
「あー、うん。ちょっとだけ齧ってたことがあって、ね?」
「ちょっと、かじった……?」
どこかばつが悪そうに。
しかし、そんなことなどキーンにはどうでも良かった。
「こ、これだけ読めるのは凄いですよ!? 専門家みたいだ!」
エルフは興奮して言う。
しかし、そんな彼を見て微笑みながら。
「あぁ、でも――」
クレオは、決まり文句のようにこう言うのだった。
「ボクは、二番手だったからね」――と。
◆◇◆
「…………二番手、ってなんですか」
「………………」
「………………」
キーンの漏らした言葉に、他二人は沈黙することしかできなかった。
それもそのはず。あの少年は素晴らしい能力を持っているのに、決まってそう口にするのだから。その真意が掴めない三人には、どうしようもない。
結局、今宵も三人の会議の結論は――――『クレオさん、半端ねぇ』になった。
そして、実りのあるようなないような、そんな時間は過ぎていく。
三人は各々の部屋に戻り、眠りに就くのだった。
クレオという少年の凄さと、その素性。
それらの全貌がハッキリする時がくるのか、否か。
この時のキーン、エリオ、そしてマキにはまだ、分からなかった。