3.エリオから見たクレオ。
ある日のこと。
エリオはクレオと共に鍛錬を行っていた。
王都から少し離れた場所にある岩場。そこで、基礎的な体力を向上させることを目的としたトレーニングをしていた。
腕立てや腹筋といった筋力トレーニングに、走り込みなどの心肺機能向上のトレーニング。クレオ曰く、エリオの剣術の腕前は素晴らしい、とのこと。
しかしながら、どうしても身体能力の面で差が生まれてしまうのだ。
「ふっ、ふっ……!」
女だから――エリオは、それを理解した上で乗り越えてみせると決意した。
そして、クレオに体術などの教えを乞うたのだ。
「はぁ……! これで、一日のノルマは達成だな」
額の汗を拭いながら、彼女はそう口にする。
腕立て二千回に、腹筋千回。そして短距離、長距離を徹底的に走り込んだ。今まで行ってきたそれも、決して生温いものではなかったが、クレオの指示するそれは常軌を逸していた。
腕立て、腹筋、それら共に信じられない重りを使って行うのだから。
「だが、これでアタシも少しはクレオに近づける」
エリオはそう独りごちて移動した。
この岩場の隣には水辺があり、そこで身体の汗を流すまでが一連のこと。鍛錬終わりに冷たい水を浴びるのは、とても心地が良いのであった。
それがこの鍛錬における彼女の唯一の癒し。
心が晴れる瞬間だった。
「…………ん?」
しかし、エリオはふと足を止める。
いまなにか、反対側の岩場から物音――というより、地響きが聞こえた。たしかそちらにはクレオがいるはずで、なにか不測の事態があったのかと、彼女は不安になる。そのため、水浴びは後にして小走りに彼のもとへと向かった。
するとそこには――。
「………………は?」
身の丈以上ある岩石を背負い、スクワットを行うクレオの姿。
全身から滝のような汗を流して、息も絶え絶えにそれを繰り返していた。しかし軸はぶれず、順調に回数を重ねていく。
そして、エリオが到着してから五千を数えた時だった。
「よいしょ、っと」
――ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
まるで手荷物を下ろすかのような気軽さで、彼はその岩石を置く。
またも地響きが鳴り渡り、空気が振動するのだ。それを見たエリオの頬には、先ほどの鍛錬のそれとは違う汗が伝い落ちていった。
クレオは汗を軽く拭って、ふと彼女の方を見る。
「あ、お疲れ様。エリオも終わったの?」
「………………」
――なんだその、ひとっ風呂浴びてきました、くらいの気安さは。
エリオは彼の笑顔を見て、思わず内心でツッコみを入れた。そう思うほどまでに、クレオの表情は晴れやかである。
しかし、もしかしたら痩せ我慢かもしれない。
そう信じたかった。だから、エリオはクレオに問いかけたのだ。
「クレオ……。大丈夫なのか?」――と。
どこか痛めたりしていないか。
そんな、確認も込めての質問だった。
だが、少年はいったいどのように捉えたのか――。
「あぁ!」
満面の笑みを浮かべて、こう答えるのだった。
「ゴウンさんに早く追いつけるように、頑張らないとね! ボクは基礎体力に自信があったんだけど、筋力の面では彼に負けてたから。これくらいはしないと!!」
さらに、まだまだ改善の余地はあるけどね、と付け加えて。
それを聞いた瞬間に、エリオの意識は遠退くのだった。
◆
「頭おかしいぞ、アイツ……」
思い出して、またも滝のような汗を流すエリオ。
そんな彼女を見て、キーンとマキは苦笑いをするのだった。
「それでも、自分は二番手だから、とか言ってるんだぞ……」
「……ど、どうどう。堪えろ、エリオ」
わなわなと結んだ拳を震わせるエリオを制するキーン。
彼女の胸中にあったのは、悔しさと同時に畏敬の念だったのかもしれない。いいや、あるいは恐怖だったのかもしれないが。
「さ、さて! それじゃあ、最後は私の番かな!」
とにもかくにも、そんな空気を払拭するために。
エルフの青年は宣言して、咳払い。そして、ゆっくりとした口調で、本日最後のクレオ伝説を語り始めるのであった。




