2.マキから見たクレオ。
――ゴウンとの戦いからしばらくして。
翌日、久しぶりに父である彼のもとへ帰るマキは、手料理の練習をしていた。
今まで自分に親はいないのだと、そう思って生きてきた彼女にとって、すべてを語り合ったゴウンという存在はとても大きなもの。
そんな父に対して、少しでも親孝行をと思っていたのだ。
「それに、いつかは必要になるかもです!」
そう小さく言って、少女はエプロンの紐を結んだ。
というのも、将来の夢は優しいお母さんになることと、そう豪語するマキ。今からでも料理を覚えていかないと間に合わないと考えていた。
そして同時に、頭の中に浮かんだ相手は父ではなく――。
「…………ほみゅ」
顔が熱くなるのを感じつつ、少女は準備に取り掛かった。
まずは簡単なレシピに沿って、たまご料理から。そう思って、慣れない手つきで調理を行っていく。そうやって格闘すること十数分……。
出来上がったのは、見事なまでの黒い塊だった。
「………………」
酒場の一角。
無理を言って借りたそこで、マキは大きくうな垂れた。
こんなことでは、父はともかくとして『あの人』は落とせない。そう――。
「はぁ、こんなことでは――」
「あ、いたいた。マキ、お疲れ様」
「にゃうぅ!? ク、クレオさん……!?」
その時だった。
背後から、いま一番聞きたくない少年の声がしたのは。
思わず失敗料理を隠すようにして、振り返るとそこにはやはりクレオ。彼は大慌てのマキを見て、小首を傾げながら歩み寄ってきた。
そして、ひょいっと彼女が隠したものを確認してしまう。
「あ、もしかして練習してた?」
「あうぅ。見ないでくださいぃ」
「あはは! 大丈夫だよ、誰だって最初はこんなものさ」
するとクレオは、何てことなしにそう言うのだった。
「そう、なのです?」
「そうだよ。ボクも、料理人を目指してた時は失敗ばかりさ」
「…………へ? クレオさん、料理人目指してたんです?」
「まぁ、ね。結局そこでも二番手だったけど……」
その意外な過去に、マキはきょとんとする。
すると少年は、何かを思い返すような表情を浮かべるのだった。
「まぁ、とりあえず見てて? 基本から教えるから」
「は、はい!」
しかし、すぐに気持ちを切り替えたのか。
自前のエプロンを取り出し、手慣れた様子で準備をした。そして――。
「ほわぁ……!?」
マキは、目を疑うのだった。
◆
「あれは、どこかの高級なレストランで出される、なにかでした……」
経験不足、語彙不足な少女は大きくうな垂れてそう呟いた。
キーンとエリオは顔を見合わせて、苦笑い。
「美味しかったんだ」
「はいです。ほっぺた落ちると思いましたです」
複雑な表情で応えるマキ。
しかし、不意にキーンには気になることが浮かんだ。
「そういえば、マキがゴウン以外に料理を作りたい相手って誰なんだ?」
「ふえぇ!?」
――ボンっ!
瞬間、マキの顔が真っ赤になった。
それを見たエルフの青年は、何事かと首を傾げる。そんな二人に助け舟を出したのは、もう一人の仲間であるエリオだった。
彼女はくすり、少しだけ笑んでからこう口にする。
「あまり詮索してやるな。そこはそれ――乙女心、というやつだ」
「はぁ……。乙女心、か」
それを受けて、キーンは無理矢理に納得した。
そんな彼を見てから、今度はエリオが一つ咳払いしながらこう切り出す。
「それでは、次はアタシからの報告、だな」
神妙な顔になり、彼女は語り始めるのだった。




