9.傷だらけの勝者。
「…………どうして、生きているのですか?」
「ははは。王女様も手厳しいな」
眉をひそめて訊ねるリリアナに、思わずキーンは苦笑した。
とっさに言葉が出てこなかったのであろうが、なんとも面白い問いかけだ。青年は腕を下ろすことなく、真っすぐに彼女を見つめる。
「たしかに、私の潜在魔力では貴方に敵わない。それでも一芸に特化することができれば、僅かな隙を貫く鋭い槍になるかもしれない、ということです」
「回りくどいですよ。簡潔に、分かりやすく教えてください」
「そうですね。煙に巻いて申し訳ないです」
キーンはそう言って、ふっと息をついた。
「リリアナ王女の攻撃魔法には、誰も並び立つことができない。それなら――」
そして、人懐っこい笑みを浮かべて言う。
「攻撃で勝れないのであれば、私は防御魔法を極めようと考えたのです」――と。
それを聞いて、リリアナは息を呑んだ。
防御魔法――それを用いて、王女の最高峰の魔法を防ぎ切ったという。そんなことがあり得るのか。リリアナは未だかつて経験したことのないそれに、驚きを隠せなかった。
そんな王女の表情がおかしかったのか、キーンはまた笑う。
「まぁ、これは私にとっても賭けでした。防ぎきれなければ――死ぬ。それでも私は、クレオさんの隣にいるために、貴方に認めてもらうためにはこれしかないと、そう考えたのですよ」
「………………」
「いかがでしょう、リリアナ王女。私の有用性は、証明できましたか……?」
「はぁ……ホントに、馬鹿なことを」
彼の問いかけに、リリアナは呆れたようにため息をついた。
しかし、すぐに目を細めて笑う。そして――。
「認めないわけには、いかないでしょう。私の負けです、間違いなく」
両手を上げて、降伏の意を示した。
瞬間、周囲の者たちは一斉に歓声を上げる。
想像以上の拍手喝采に包まれ、キーンは思わず……。
「おっと……?」
「大丈夫ですか、キーンさん」
「あははは、すみません。どうやら身体が限界のようです」
緊張の糸が切れたのか、青年はその場に尻餅をついた。
王女を見上げる形になりつつ、頬を掻きながらまた苦笑い。
そんな傷だらけの勝者に、無傷の敗者は満足げに微笑みながら――。
「ほら、掴まって下さい」
そう、手を差し伸べた。
キーンはほんの少しだけ呆気にとられた後に、明るく笑ってそれを取る。
こうして、キーンにとって一世一代の決闘が終わった。
凡才の域を抜けない青年による、大番狂わせ。
ただそれ以上に、青年にとっては少年の傍にいられることが嬉しかった。




