8.不屈。
ちょい、長いかも。
「キーン、まだやってるの?」
「あぁ、クレオさん。……はい、私は今までの遅れを取り戻さないといけないですから」
「…………」
――ある休日のこと。
キーンの鍛錬中に、クレオがやってきたことがあった。
王都の外れ。人目につかない森の中で、キーンは必死に魔力を練り上げる訓練をしていた。当然、休みになるたびに足を運ぶので、尊敬する少年にも知られている。
そんな彼も思わず舌を巻くほどだった。
それほどまでに、キーンは一心不乱に鍛錬に打ち込んでいる。
「ねぇ、キーン? 訊きたいことがあるんだけど、いいかな」
「……何でしょうか」
クレオが、しばしの沈黙の後にそう口を開いた。
キーンは少し呼吸を整えてから、彼の方へと顔を向ける。それを認めてから、少年はエルフの青年に訊ねるのだった。
「もしかしてだけど、諦めてる?」――と。
質問の体を取りつつも、確信を込めて。
「…………はは、凄いな。やっぱり、クレオさんは凄いです」
その言葉を受け、キーンは息を呑んだ後に笑った。
何故なら、図星だったから。少年の言葉は鋭く、真実を射抜いていた。
真っすぐにクレオへと向き直ってから、キーンは少し考えてこう口にする。
「――正直、私の潜在魔力ではもう限界でしょう。これ以上の魔法の習得は叶わない。古代魔法の中でもさらに上位とされる、それらは夢のまた夢です」
むしろ、どこか清々しく。
キーンは小さく笑みを浮かべて、そう語った。
自分のポテンシャルでは、どう足掻いても届かない領域がある。スタート地点があまりにも後方で、かつ努力を怠った過去があった。
クレオにはまだ時間があるが、自分は成長の機会を逃し続けたのだ。
その事実をキーンは、成人した今になって痛感している。
「ホントに、昔の調子に乗っていた自分を殴りたいですよ。お前は所詮、海を知らない小魚に過ぎないのだと。狭い世界で良い気になっているに過ぎない、と」
「キーン……」
あまりに自嘲に満ちた表情に、クレオは思わず彼の名を呼んだ。
それに対して、キーンはゆっくり目を閉じて言う。
「私はこれから、どんどん足手まといになっていきます。成長は見込めず、さらには特別な技能があるわけでもない」
「…………」
「きっと、私はパーティーを抜けるべきなんです。もっと優れた魔法使いなら、この王都の中にはたくさんいるはずですから」
――自分は役目を終えている、と。
だから、クレオにそれを肯定してほしかったのだろう。
彼は微笑みを絶やさぬままに、クレオのことを見つめ続けた。少年はそんな青年から目を逸らさずに、真正面から、その諦めの言葉を聞いている。
そして、こう小さく言うのだ。
「そう、だね……」――と。
肯定の言葉を。
クレオはとかく誠実だった。
だからこそ、嘘をついてまで励ますことができない。
「……ははは、やっぱりクレオさんは凄く……!」
そんな彼の真っすぐな性格に、キーンは潤んだ声で笑った。
ゆっくりとうつむき、握りしめた拳を震わせる。
覚悟していた。そのはず、だった。
「――――っ!」
涙が溢れ出す。
決壊した感情の波は、止めどなく大地を濡らした。
これほどまでに、不甲斐ないと思うことがあるのだろうか。これほどまでの挫折を経験することがあるだろうか。キーンは、言葉もなく肩を震わせた。
憧れには届かない。
届かないからこそ憧れなのだ。
しかし、それを諦める時には必ず後悔が顔を出す。
何かが違えば届いたのではないか。そんな、都合のいい妄想が浮かぶのだ。
「クレオさん、私はもう……」
でも、それは違う。
妄想は妄想に過ぎず、後戻りも許されなかった。
だからキーンは涙を拭って、またクレオへ明るい笑みをみせる。そして、
「ここで、パーティーを――」
「さて、それじゃ特訓を始めようか!」
「え……?」
脱退を申し出ようとした。
その時だ。
「キーン、準備は良い? たまには少し違うこと、練習してみようよ!」
クレオが、まるで今までの話を無に帰すかのようにそう言ったのは。
少年は優しく目を細めて、キーンに語り掛ける。
「え、あの……!? 話聞いてました!?」
「聞いてたけど、関係ないよ。だってキーンには、まだ――」
準備運動をしながら、クレオは言った。
曇りのない瞳で。
「試してない可能性が、いっぱいあるんだからね!」――と。
力強い少年のそれに、キーンは思わず呆けてしまった。
でも、すぐに胸に何かが灯るのを感じる。
「試してない、可能性……」
そして、彼の言葉を反芻した。
もしかしたら、でいい。
もし、まだ何かに縋る機会が残されているのなら。
「――っ! よろしくお願いします!!」
その瞬間に、キーンの表情から迷いが消えた。
やるなら、とことんやってやる。
青年は、そう思って自身を奮い立たせるのだった。
◆
「…………」
リリアナは大きな穴のできた訓練場を見つめ、目を細めていた。
間違いのない勝利。
圧倒的な攻撃力を以てして、相手の残骸すら焼失させた。
その確信があったから、少女は宣言したのだ。周囲の人々は開いた口が塞がらない、といったように砂埃の立ち込めた世界を見つめる。
誰もいない。
誰も声を発することができない。
だから、リリアナは代表して再度の勝利宣言を――。
「さぁ、終わりに――」
その、瞬間だった。
「まだ、早いですよ。……王女様?」
息も絶え絶え。
今にも倒れてしまいそうな、あの青年の声が聞こえたのは。
「なっ……!?」
リリアナは驚愕し、後方を振り返る。
すると、すかさず彼女の綺麗な顔に手のひらを突き出す者があった。
「この勝負は、私の……勝ち、ですね」
声の主――キーン・ディンロー。
彼は不敵な笑みを浮かべて、そう口にするのだった。




