7.隣にいるために。
「私とリリアナ王女の実力差は明白だ」
キーンはそう呟いて前を見る。
視線の先には、アルナと剣をぶつけ合うエリオの姿があった。状況は変わらない。先ほどと同じ、このままではジリ貧だ。
そのことを理解しているから。
青年は一つ、覚悟を決める必要があった。
「――膠着した戦況、それは相手にとって決して面白いものではない」
状況を確かめる。
キーンの言う通り、長引く戦いを嫌うのは自分たちだけではない。とりわけこちらを圧倒するだけの力を持ち、見定める余裕があるほどの相手なら、なおさらだ。
此度の戦いの意味を考える。
そこに、キーンは活路を見出した。
すなわち相手が彼を見限り、勝敗を決しようとした時こそが勝機だ、と。
「――――!」
そして、その時はやってきた。
キーンの魔法を撃ち込まれたリリアナは、容易くそれをいなした後、自身の魔力を急速に高める。今までの比ではない。間違いなく、この戦いを決着するに相応しい魔法。蹂躙とも呼べるほどに圧倒的な、格の違いを見せつけるもの。
だが、キーンはそれを待っていた。
「頼むぞ、エリオ……!」
そう言って青年は駆け出す。
リリアナに向かって、アルナとエリオの横を抜けて。
「させるか……!」
アルナはそれを認めて妨害を試みた。
だが――。
「どこを見ている、アルナ。お前の相手は、アタシだ!」
「く……!?」
少年騎士を押し留めたのは、やはりエリオ。
彼女はキーンの道を作るようにして、迷いなく剣を振るった。それによってエルフの青年は一直線に、リリアナのもとへ。
距離にして、残り五十メイル。
キーンは『ある魔法』の詠唱を開始した。
「遅いですよ。……遅すぎます」
だが、それより先に。
リリアナはそう、残念そうに口にした。
すなわち、それは彼女の攻撃準備が整ったということ。すべてを薙ぎ払う、他の追随を許さぬ無慈悲な魔法の発現を示すもの。
そして、その直後。
「…………く、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
キーンの、苦悶に満ちた声が響き渡った。
◆
「本当に、残念です。エルフの英雄、その末裔である貴方は選ばれなかった」
リリアナは力を開放しながらそう呟いた。
彼女の魔法は狙いを過たず、確実にキーンを撃ち抜く。アルナとエリオ、そしてマキの三名には回避するだけの余裕があった。されど無策にも突撃を敢行した青年は、直撃を免れない。つまりそれは――。
「それでも、命を懸けたことは評価しましょう」
――キーンの死を、意味していた。
リリアナは目を細める。
どう勘定しても、キーンは助からない。
そのことは他の誰でもない、魔法を放った張本人であるリリアナが理解していた。――否。理解以上、確信と呼んだ方が正しいようにも感じられた。
だからこそ、王女はエルフの青年に敬意を払う。
クレオと共にあること。
それに、自らの命を賭した青年に。
「…………残念です、本当に」
だが、あえて感情を見せず。
リリアナはゆっくりと腕を下ろし、静かに――。
「この勝負、私たちの勝利です」
――勝利宣言を口にした。