2.ゴウン・オルザールという男。
「あ、あの! 僕なんかのこと、助けてくれてありがとうなのです!」
「いいや、気にしないで。あんな状況で動かない方がおかしいんだから」
「そ、そんなことない、です……。クレオさん、カッコよかったです!!」
頬を赤く染めながら、少女――マキはそう言った。
色素の薄い長い髪に円らな青の瞳。身の丈はボクの肩にも届かない、幼い顔立ちをした少女は、昨日から何度も同じようにお礼を口にしている。
大したことはしていないので、そんなに言われても恐縮なのだけど。
苦笑いをしつつ、ボクは頬を掻いた。
騒動の翌日。マキを含めたボクたちは、ギルドの談話室に集まっていた。
「とりあえず、怪我がなくてよかったよ」
「はい、ありがとうなのです!! あ、でも――」
こちらの言葉に、胸の前で拳を握ったマキは頷く。
だが、すぐにションボリとしたように、こう言ってうつむくのだった。
「ゴウンさん、すごい怒ってたです。それに……」
「あぁ。たしかに、ね」
ボクは少女の言葉を聞いて、昨日のことを思い出す。
それは、あの男性――ゴウンが咆哮した後に起きた出来事だ。
◆
ゴウンと名乗った男性は、身の丈が二メイルを超えるであろう偉丈夫だった。
筋骨隆々な肉体に、重厚な装備をまとう。そして顔には深い傷跡を残しており、厳つい顔立ちもあって、対峙した相手に恐怖を与えるには十分だった。
それでも、こちらはもう引くことは出来ない。
「いや、どなたか知りませんが。それでも、こんな小さな女の子に手を上げるなんて! ボクは無視できません!!」
「んだとぉ!? このガキが、偉そうなことを言いやがって……!」
立ち上がり、こちらへと迫ってくる。
後方で少女が悲鳴を上げた。彼女を守るようにしながら、ボクは問いかける。
「いったい、何があったんですか。話し合いで解決しましょうよ」
「うるせぇ! それを決めるのもオレ様だ。そこのマキはなぁ、オレ様の指示をまったく聞かずに行動しやがったんだ!」
「…………それは!」
そこまで話をしたところで、マキは声を上げた。
「だって、あの状況では撤退して、僕の治癒魔法で回復するのが最善だったはずなんです! それなのに、ゴウンさんは無理にみんなを突撃――」
「黙れって言ってやがるんだ! この生意気な小娘が!!」
「ひぅっ……!」
少女の言葉を遮って、またも拳を振り上げるゴウン。
マキは頭を抱えてうずくまり、震えていた。ボクは改めて間に割って入る。
「やめて下さい! どうして、そんなムキになるんですか!?」
「このパーティーのリーダーはオレ様だ!! こいつらは全員、オレ様の駒に過ぎねぇ! だから誰が死のうが関係ねぇ!! 代わりはいくらでもいるからなぁ!!」
「そ、そんな……!?」
そして、ボクは彼の言葉に絶句した。
そんなのメチャクチャだ。命はそんなに軽々しく扱って良いものではない。しかも、仲間の命を第一に考えるべきリーダーの発言とは思えなかった。
奥にいた、彼の仲間と思しき人たちに目を向ける。
すると彼らは何も言わず、視線を逸らし、うつむいてしまった。
「ほらよ、文句を言ってるのはマキだけだ。ここのルールはオレ様なんだよ!」
「そんなの、おかしい!!」
「あぁ!? 部外者が口出しするんじゃねぇ!!」
「く……! だったら――」
我慢できなかった。
この時のボクは、少し冷静ではなかったかもしれない。
それでも、だからこそ迷いなくこう宣言したのだ。
「この子――マキは、ボクが引き取ります! そして、勝負を申し込みます!」
真っすぐに、その男の顔を睨みつけながら。
「そちらが負けたら、他の皆さんも解放してください!!」――と。
◆
果たして、それは了承された。
ボクのパーティーとゴウンのパーティーは、近日中に勝負をする。
「でも、大丈夫なんですか? クレオさん……」
「ごめんね、キーンにエリオさん。巻き込んじゃって」
「いえ、それは良いんです。このパーティーのリーダーは、貴方です」
キーンが話しかけてきたので、謝罪すると彼は首を左右に振った。
エリオさんも同様に、肯定するように頷く。それでも、どうやらキーンの抱いた懸念は他にあるらしい。彼は一つ唾を呑み込んでから、こう言った。
ゴウンという冒険者。
その、強さを示す、とある指標を……。
「ゴウン・オルザール。アイツは――」
眉間に、皺を寄せながら。
「『SSランク』の、冒険者なんですよ」