1.酒場での悶着。
エリオさんが仲間になって一週間ほどが経過した。
彼女の剣術はやはり凄い。アルナのような型破りな剣ではなく、とても基本に忠実であり、それ故に迷いがなかった。純粋な剣術のみの戦いだったら、勝敗がどちらに転んでいたかは分からないな、と思う。
そんな感じで、ボクの冒険者活動も軌道に乗り始めた頃だった。
「ん、もう一人?」
「そうです。これからより多くのクエストをこなしていくなら、後方支援ができる誰かを仲間にした方が良いかな、と」
酒場で食事を摂っていた時。
何の気なしな会話の流れから、キーンがそう言った。
「……あぁ、そっか。たしかに、治癒魔法専門の人がいた方が安心だよね」
ボクはそれに少し考えてから、納得して答える。
いまパーティーにいる中で、治癒魔法が使えるのはボクだけだった。でも、使えるとは言っても万年2位に過ぎないものだ。新時代の聖女と呼ばれたマリンには敵わなかったし、それだったら緊急時のためにも一人、募集をかけた方が良い。
「でも、こんな新米パーティーに人がきてくれるかなぁ……」
「なにを言ってるの、クレオ。アタシたちが噂になってるの知らない?」
「え、噂って?」
しかし不安もあり、そんなことを漏らすとエリオさんがそう口にした。
首を傾げると彼女はキーンと目を合わせて、呆れたように首を左右に振る。もしかして、なにか善からぬ噂でも出ているのだろうか。
たしかに決闘をしたり、新人のクセにダンジョンの最下層付近まで行こうとして止められたり。ギルドには迷惑をかけてるかもしれなかった。
「うーん、そっかぁ……」
――だとしたら、もっと周囲に気を配らないとなぁ。
そんなことを思いながらも、戦力補強には乗り出さないといけなかった。
「でも、とりあえずは明日――」
だから、明日の朝にギルドへかけあってみよう。
そう提案しようとした時だった。
「オラァ! マキ!! ――てめぇ、いい加減にしやがれ!!」
なにやら、野太い男性の声が酒場に響き渡ったのは。
「どうしたんだろ、喧嘩――――!?」
ボクはそれに気を取られて、その声のした方へと目を向けた。
すると見えたのは拳を振り上げた屈強な男性。そして、今にも殴られそうになっている一人の幼い少女の姿だった。
「危ない……!」
考えている暇なんてない。
ボクは一直線に少女のもとへと走った。
「きゃ……!?」
少女の短い悲鳴の後に、振り下ろされる拳。
しかし、それは空を切るのだった。
「あぁ……?」
「え、あれ……?」
すると同時に二つ、困惑の声が上がる。
一方は後方から。もう一方は、ボクの腕の中から。
「ふぅ、危なかった」
なにやら客たちがザワついているけど、どうしたのだろう。
ボクは間一髪で助けた女の子を解放しながら、とりあえず一息ついた。そして、少女を殴ろうとした男性へと振り返る。
なにがあったか知らないが、見過ごせなかった。
こんな小さな女の子に、手を上げるなんてどうかしている。
「ちょっと、なに考えてるんですか!」
「なんだぁ? てめぇ……」
だから抗議しようと思って声を上げると、屈強な男性は値踏みをするように。
ボクのことを上から下まで、舐め回すように見るのだった。
「このオレ様が、ゴウン・オルザールだと知ってのことかァ!?」
そして、彼は突然に大声でそう叫ぶ。
それが一つの事件の始まり。
助けた少女――マキを守る戦いの始まりだった。