クレオの、ここだけの話。
皆様の応援、ご支援のお陰でコミカライズが決定しました!
心より御礼を申し上げます!
本編の中、どこかのタイミングのお話です。
肩の力を抜いて、気楽にお読みください!
<(_ _)>
「クレオさんの、弱点?」
「そう、弱点。いつも思うんだけど、クレオには穴がなさすぎる」
「それでエリオさんは、なにか弱点があるんじゃないか、って考えたのです?」
宿の談話室で、クレオを除くパーティーメンバーは顔を突き合わせていた。
キーンとエリオ、そしてマキの三人はそろって難しい表情を浮かべる。というのも、いつものクレオさん会議だが、そろそろマンネリが始まっていたのだ。
結論として、クレオさん半端ねぇ! とはなるのだが――。
「たしかに、あそこまで万能だと不安になるのも分かる」
「そ、そうですね。最近だと、私に料理まで教えてくれてますし……」
「このままだと、クレオに甘えっきりになる。そうでしょ?」
「………………」
「………………」
エリオの指摘に、二人は押し黙った。
彼女の言う通りだ。キーンは古代エルフ文字の解読方法、マキは料理の基礎を彼から学んでいる。かくいうエリオも、筋力トレーニングの指南を受けているわけだが……。
このままでは、自分たちに存在意義はあるのか?
三人の中にはそんな不安がよぎった。
別に弱みを握りたいわけではないのだが、安心ができないのだ。
「……探そう、クレオさんの弱点」
「あぁ、決まりだね」
「はいです……!」
そんなわけで、作戦は決行されたのであった。
◆
「お化け……?」
「はいです。最近、この宿のトイレに出るらしくて」
「んー、なるほど。でも、ゴースト系の魔物の気配はないけどなぁ……」
翌日、マキはクレオにある相談をしていた。
その内容というのも、宿のトイレにお化けが出るという噂がある、というもの。もちろん口から出まかせなのだが、マキの真剣な表情にクレオも首を傾げた。
作戦その1。
クレオはもしかしたら、お化けが苦手かもしれない。
これはマキの提案だった。
さしものクレオも、未知の存在については耐性がないかもしれない。
少なくとも少女にとって、お化けという三文字は恐怖の対象でしかなかった。
「というわけで、退治にやってきたわけだけど」
「う、うぅ……!」
「あの、マキ? あまりくっつかれると、歩けないんだけど」
そんなわけで、夜になって。
マキとクレオは宿のトイレへと向かって歩いていた。ここでの誤算は、マキが自分の思っている以上に怯えてしまっていること。
トイレにはキーンとエリオが待機しているわけだが、果たしてどのような準備をしているのか。その内容は、マキも知らなかった。
「う、聞いておけばよかったです……」
「なにか言った?」
「いえ!? なんでも!?」
「………………?」
挙動不審な彼女に、クレオはまた首を傾げる。
その時だった。
『だ、れか……たす、けて……』
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
掠れた女の声が、ハッキリと聞こえたのは。
おののくマキ。そして、即座にクレオに抱きついた。
「大丈夫?」
「ク、クレオさんは怖くないんですか!?」
「んー、そこまでかな?」
「鋼の精神!?」
明らかに動揺する少女を見て、クレオは苦笑い。
とりあえず早く済ませてしまおう。そんな感じで、どんどんと進んでいった。
そして、トイレに辿り着くと――。
「つめたっ!?」
――ぺちゃ、と。
少年の首筋に、なにか冷たい感触があった。
「なんだ、濡れた雑巾か」
しかし、まったく気にした様子もなく。
彼はそれを取り払うと、トイレの中を探索した。
「ん、なにもないね。ゴーストの気配もないし」
「そ、そうですか……」
最後はあっさりと、そう結論付ける。
マキはもう疲弊しきって、ゲッソリとやつれていた。
なので、その日はこれで終わりとなる。クレオと別れた少女は、宿の外へと向かって他二人と合流した。
「うぅ、手応えなしでした……」
「お疲れ様、マキ。意外と驚かなかったじゃない」
「エリオさん、なにを言ってるですか? あの声、エリオさんですよね。私、腰が抜けるかと思いましたよ……」
そして、マキは少し恨めしそうにエリオを見る。
すると彼女は短く声を発してから、こう言うのだった。
「え……? 声、ってなんのこと?」
「いや、掠れた声がしたんですよ。女の人の。エリオさんですよね?」
その反応に、マキは呆れる。
しかし、そこでキーンが言うのだった。
「……エリオは、ずっと私と一緒にいたぞ」――と。
三人の間の空気が、明らかに凍った。
マキは目を白黒させる。そして、力なく――。
「もう、だめ……」
「マキ!?」
「おい、しっかりしろ!!」
その場で意識を失うのだった。
◆
「えっと、エリオさん。今日はどこに行くんですか?」
「あぁ、少しな」
――さらに翌日。
エリオはクレオを呼び出し、街を歩いていた。
今日はエリオが立てた作戦の決行日。彼女は少し緊張した面持ちで、クレオの前を歩いていた。少年は特に文句もなくついてくる。
そうしていると、見えてきたのはある店だった。
「ここって、女性服の?」
「そうだな。では、入るぞ」
「はえ? ちょっと、エリオさん?」
というのも、女性服専門店。
エリオの読みはこういうものだった。
作戦その2。
もしかしたらクレオは、ファッションセンスがないかもしれない。
これもまた憶測でしかない。
しかしながら、彼の口からそういった単語を聞いたことがなかった。だからエリオは、自身の服を選ばせてみようと考えたのだ。
果たしてクレオは、どのような衣装を選ぶのか。
「ボクが選べばいいの?」
そう思い、彼女は頷いた。
すると少年はしばし、考え込んで――。
「エリオさんは中性的な顔立ちをした美人だから、なにを着ても似合うと思うんだ。でも今回はせっかくだし、フェミニンな印象の服を仕立ててもらうのもありかもしれないね。いや、それとは対照的な男性的――あるいは、ユニセックスなものを選んでも良いかも? それとなると、候補は三つのベクトルに分けられるかな。そもそもエリオさんは細身だから、紳士服を着ても似合うと思うんだよね。でも今日は女性服専門のお店だから、基本筋としては一本か。ユニセックスの衣装は――大丈夫、用意してあるね。品ぞろえには申し分なさそうだから、二時間もあれば最適な服を選ぶことができると思うけど、そうなってくると……」
まるで、弾丸のように。
彼はエリオに説明をしながら服を選び始めた。
「あ、う……?」
エリオの思考回路がオーバーヒート寸前になる。
この男はなにを言っているんだ――そう思いながらも、とりあえず頷いて呆然とクレオを見つめた。そして、次々に渡される衣装に着替えては鏡の前に立たされる。
そのたびに、彼女はこう思うのだ。
これが、アタシ? ――と。
そんなこんなで二時間後。
エリオはクレオと共に、会計を済ませて店を出た。
彼と別れてしばらく唖然としていると、キーンとマキがやってくる。そして、一言も発せられない彼女に声をかけた。
すると――。
「どうした、エリオ!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
突如として、エリオはその場に崩れ落ちた。
そして、こんな言葉を漏らす。
「アタシ、女として負けた気がする」――と。
二人は初めて見た。
エリオの、本気の涙を。
間違いない。それは、彼女の中でなにかが折れた涙だった。
◆
「やばいぞ、このままじゃいつもと同じだ」
キーンは焦っていた。
二人が見事に轟沈して、残されたのは自分ただ一人。
しかも自分は何も策を思いついていないときた。だがキーンもまた、クレオの弱点は知りたい。少しで良いから彼のことを知り、近づきたい。
そう思ってはいた。
だから――。
「こうなったら、単刀直入に訊くしかないか」
「なにを訊くって?」
「うわ、クレオさん!?」
そう、口にした時だ。
待ち合わせの場所にクレオが現れたのは。
不意打ちを喰らったキーンはあからさまに狼狽えるが、クレオの方はどうしたのかと小首を傾げていた。そして、特に気にした様子もなくこう言う。
「今日は王都立図書館で、古代エルフ文字の勉強だよね?」
「あ、えぇ。今日もよろしくお願いします」
「それじゃ、行こうか」
キーンの返事を聞いて、歩きだす少年。
それに続いてエルフの青年も、肩を軽く落としながら進み始めた。そうして無言の時間が流れること数分。ふいに沈黙を破ったのは、クレオの方だった。
「それにしても、もうだいぶ寒くなってきたね」
「そ、そうですね」
慌てて取り繕うように返事をしたキーン。
そんな彼に、少年はこう訊いてきた。
「キーンは『英雄祭』って、知ってるかな?」――と。
キーンは慎重に記憶を手繰り、一つ頷いた。
「はい、知っています。エルフは世界救済の英雄と深いつながりがある種族ですから。王都では彼を讃えるために、年に一度、祭を執り行うのですよね?」
それは、千年前の英雄を崇めるための祭の話。
辺境育ちであったキーンであるが、こと『英雄祭』については一般並の知識を有していた。世界を厄災――魔王の手から救い出した、伝説の英雄のこと。
ふと視線の先に見えてきた像。
それはまさしく、彼の英雄を模したものだった。
「うん、そうだね。世界の平和と、争いの根絶――その二つを願う祭」
クレオは立ち止まり、像を見上げる。
しばしそのまま黙り込んで、なにかを思い出すようにしていた。キーンは今しかない、と思って口を開く。彼にはもう、真っすぐに訊ねなければならない。
「あの、クレオさん?」
意を決して。
「クレオさんは、これだけは駄目だ、ってものはありますか?」――と。
するとクレオは、少し驚いたような顔をしてから笑った。
そして、少し恥ずかしそうにこう答える。
「そうだなぁ、いっぱいあるけど。一番苦手なのは――」
英雄像を再び見ながら。
「友達や仲間の苦しんでいる表情、かな?」
ほんの少しだけ、目を細めて。
「ボクは世界から争いがなくなればいい、そう思ってるよ。ただ同時に、それが理想論であることも知っている。真実、人たちは争うことで発展を繰り返してきたから。この英雄もきっと、大きな葛藤の中で戦ってきたんだと思う」
ただ、最後にはもう一度笑って。
クレオはキーンを見た。
「でも、だから人は理想を目指すんだと思う。そのためにも、ボクは自分の手の届く範囲の大切な人を守りたい。そういう意味で、ボクはみんなに笑っていてほしいんだ」
「クレオさん……」
「えへへ。少し、カッコつけちゃったかな?」
「………………」
エルフの青年は、息を呑む。
そんな相手の様子を確認してから、少年は続けた。
「冒険者になってから色々な人の人生に触れてきたけれど、みんな多くの悲しみを背負ってきている。壁にぶつかって、そのたびに転んで、膝に傷を負いながら前に進む。でも、だからこそ今が愛おしいし、価値がある。それを守りたい。でも、ボクにできるのかな――って、時々に悩むんだ」
キーンはその時に理解する。
この少年は広く優しい心を持つが故に、苦しんでいるのだ、と。
理想と現実の狭間で、聡いからこそ両者の価値を理解し慈しむために、人知れず苦しんでいるのだ、と。キーンはそれを知って、拳を震わせた。
そして思わず、悲しげな表情を浮かべるクレオの手を取る。
驚いた少年の顔をまっすぐに見て、キーンは言った。
「できます、クレオさんなら!」
「キーン……?」
感情の昂ぶりを、言葉に乗せる。
「もしクレオさんだけでできないのなら私たちが、仲間がいます! みんなで手を取り合えば、きっといつかたどり着けます! だから、一人で――」
――思い悩まないで下さい。
懇願するようにして。
キーンは、クレオにそう伝えた。
「…………」
最初は驚いていた少年だったが、次第にその表情は明るくなる。
そして、首を静かに縦に振ってこう言うのだった。
「ありがとう、キーン。そうだね。ボクは一人じゃない」
その言葉で、キーンは知ることとなる。
クレオの一番恐れていること、それが何なのかを。それは――。
「さぁ、行こうか。早くしないと図書館が閉まっちゃうよ?」
クレオがまた、先に歩きだす。
そんな彼の後姿を見て、キーンはこう呟いた。
「孤独、か……」――と。
きっと、クレオが恐れているのは『孤独』に違いなかった。
だから周囲の人々には人一倍の気を遣うし、努力を欠かそうとしない。あれほどの力を持ちながら、認められなかった過去があるが故に自信が持てないのだ。
だったら、自分にできることはなにがあるか。
否――自分たちに、なにができるのか。
「必ず、貴方を支えてみせます。クレオさん……!」
キーンは改めて、そう誓った。
あの日、少年に救われた命を彼のために。
そしていつか、彼が心の底からもっと笑えるように――と。
これは、クレオの弱点。
ここだけの、ちょっとした秘密の話だった。
改めまして、あざねです。
本当に、いつも応援いただきありがとうございます。
書籍化に続き、コミカライズの話をいただけて、本当に嬉しいです。
皆様にお届けするにあたってかなり、かなり頑張っております!
続報は追ってお知らせしますので、また少々お待ちください!!!!!!
<(_ _)>




