5.エリオから見た少年。
「今日こそ、雌雄を決する時だ――アルナ・クレファス!」
数年前――騎士団訓練場にて。
その日、二つの家の命運をかけた戦いが始まろうとしていた。小さな諍いから端を発した決闘。それは、その家の将来を決するほどの意味を背負っていた。
一つは弱小貴族のリーディン家。
もう一つは名門貴族のクレファス家。
互いをライバル視してきた両家は、この日ついに最後の戦いを迎えた。
次世代の当主による一騎打ち。これは、リーディン家から申し出された条件だった。当時の王都立学園において、剣術で1位の成績を修めていたエリオ・リーディン。その人ならば、必ずやこの決闘を制するだろうと踏んだからだった。
「キーキーうるせぇんだよ、エリオ。そんなに目くじら立てんなっての」
対するは神童との呼び声高い、クレファス家の長男――アルナ。
だらしなく伸ばした黒髪に、やる気の感じられない眼つきと態度。エリオは正直に言って、彼のことが嫌いで仕方なかった。
剣に取り組む姿勢も、なにもかもが。
だから、この条件が通った時には天恵を得たとも思った。
「両者、前へ!」
ようやく、むかつくその顔に泥を塗ることが出来る。
この時のエリオには、そんな邪な気持ちが満ちていたのだろう。
「――――始めっ!」
そのためかもしれない。
エリオ・リーディン――『彼女』が、決定的な敗北を喫したのは。
◆
そしてまた、エリオは敗北した。
アルナと対して以来、研鑚を積んできたはずの剣でも。剣術に限れば、もしかしたら勝っていたかもしれない。しかし、視野狭窄に囚われ、決闘であることを忘れていた。その結果として、彼女はクレオという少年に容易く敗北してしまったのだ。
「我は、また……!」
信じたくはなかった。
また、同じような驕りがあったことを。
しかし敗れたのは事実であり、相手に落ち度はなかった。だから――。
「クレオくん、願いはなんだ……?」
うつむき、薄らと涙を湛えながら彼女は訊ねる。
いったい何を言われるのだろうか。もしかしたら、また何かを失うかもしれない。そんな思いに、エリオは唇を噛んだ。
そして、そんな彼女に告げられたのは――。
「えっと、ですね……」
とても、意外な要望だった。
「復讐とか忘れて、ボクのパーティーに加わりませんか?」
「な、に……?」
それは、誘い。
新たな仲間として加わってほしい、という願いだった。
驚き面を上げると、そこには一人の少年の笑顔。彼は頬を掻きながら言った。
「色々、大切なものを失ったのは知ってます。でもきっとそれは、エリオさんのせいじゃないと思うんですよ。だから、その苦しみを分け合いませんか?」
「クレオくん、キミは――」
――何者なのか。
そう問いかけようとすると、それより先に少年は彼女の肩に手を置く。
そして、一つ柔らかく頷くのだった。
「あぁ……」
それを見て、エリオの中でなにかが解けていく。
緊張だろうか。今まで張り詰めっぱなしだった感情が、どんどんと解けていく。それと同時に、相手が何者かなどということは、些末事になっていた。
そんなことは、どうでもいい。
自分はいま、ようやく救われようとしているのだから。
一人の少年の、肯定によって。
「あぁ、分かった。我は――アタシは、キミのパーティーに加わろう」
クレオの手に触れて、声を震わせたエリオ。
久々に触れた人のぬくもりは、とても心地良かった。