【改訂版】ソシャゲのレアリティ:N(ノーマル)のキャラにTS転生した俺の話
この短編は「ソシャゲのレアリティ:NのキャラにTS転生した俺の話 」https://ncode.syosetu.com/n1451fq/ を再構成したお話です。
冗長な部分を削り、より読みやすく修正しました。
『主様、いつもお疲れ様です。あまりご無理はなさらないで下さいね?』
「あぁ……尊い……」
お気に入りのソーシャルゲーム『武姫繚乱』
プレイヤーは「使役者」となり、古今東西の神話や逸話、創作などの武器を擬人化した美少女キャラ「武姫」を集め、魔王率いる魔物と化した現代兵器群と戦うというストーリー。
帰宅した俺は早速スマホを起ち上げゲームを始めた。画面内で微笑む彼女に会う為だ。
『主様、何か御用でしょうか? 村雨はいつでも行けますよ』
画面をタッチして出てくる台詞を楽しむ「触れ合い」は、仕事で疲れた俺の心を癒してくれる。
俺は「村雨」ちゃんに一目惚れし、このソシャゲにどっぷりと嵌まり込んだ。
彼女の為に俺はありとあらゆる課金をした。強化出来る最大限までの成長アイテムは全て追加される度に速攻で金を出したし、イベント新規衣装は出るまで何十万と課金した。人気投票の時は彼女を一位にするべく食事と寝る間を惜しんでポイントを稼ぎまくった。
仕事に嫌気がさしていた俺だったが、彼女のおかげで頑張れるようになった。
正に俺の人生ともいうべき彼女。
『主様? 「親しき中にも礼儀あり」ですよ。そう頻繁に触るのは感心しません』
少し困ったような顔で叱る村雨ちゃんに思わずニヤけてしまう。
これで名前で呼んでもらえたら最高なんだがなぁ。無理な話とは分かっているけれど。
一通りの台詞を引き出し満足したら、コンビニで買ってきたメシを開ける。
何をしようかと考えながら画面を眺めていると、お知らせアイコンの所に新着を示すマークがついているのに気づいた。
起ち上げた時にはなかったはずだが……と思いながらタッチして中身を見てみる。
―― 常日頃より弊社のソーシャルゲーム『武姫繚乱』をご愛顧頂き誠にありがとうございます。この度は~~
から始まる文章を読み進め内容を確認していく。どうもこれは俺個人に向けた何らかの報労品の贈呈を知らせるもののようだ。
―― ご承諾頂けましたら、下記「承諾」ボタンを押下して下さい。
何が貰えるのだろうか、と期待を膨らませた俺は迷うことなく「承諾」ボタンを押した。
そういえば何をくれるとか具体的に書かれてはいなかったな、と思った時には目の前が真っ白に染まっていた。
◆◆◆◆◆
『刀です。近接戦闘ならお任せ! 槍には弱いけど、弓相手なら負けません!』
あ? 何言ってんだ俺。
身体が何かのポーズを決めたまま、ピクリとも動かない。声を発した後の顔が笑顔のまま戻らない。しかもどっかで聞いたような台詞が女の声で自分から出て来たものだから、何が何だか混乱しまくりだ。
辛うじて視界に納めた光景は先程までの自室ではなく、どこか別の……日本ぽくない家具が並ぶ室内のようだった。
俺の目の前には、男が一人。苦虫を噛み潰したような、ハズレを引いたといった面持ちの男がいる。
「N……またナナシかよ」
悪態をついた男は、憎々し気に俺を睨みつける。
意味が分からない。だが自分が発したと思われる台詞とその内容、男の発した「ノーマル」という言葉からとある結論が出てくるのだが……俺はその結論をすぐさま否定した。
何せ現実的ではない、それこそ正に漫画や小説とかの空想でしかないのだから。
「セイギ殿、例えNとてそのような事を言っては駄目です。今の私達には貴重な戦力ですよ」
だが、その悩みは優しく諭すような女性の声によって霧消する。
俺は自分の眼が信じられなかった。脳が理解を拒んだ。しかしそれでも俺の心は目の前の光景に歓喜した。何故なら、
「村雨ちゃん!!」
一目惚れしたソシャゲのキャラが等身大の実体を持って、そこにいたのだから。
俺は今、事情聴取という名目で部屋に村雨ちゃんと二人きりでいる。
「なるほど。荒唐無稽ではありますが、貴女の言う事は全くの出鱈目と言う訳でも無さそうですね」
目の前の村雨ちゃんは俺がこうなった経緯を聞き終わると、思案気に腕を組みながらそう呟いた。
ゲーム内での一枚絵ではない、リアルな所作に俺は村雨ちゃんから目が離せないでいた。「俺の嫁」が正に現実のモノとしてそこにいる事実を、俺はようやく受け入れつつあった。
村雨ちゃん……武姫名「村雨」、レアリティSSR、『武姫繚乱』の事前登録の際に、登場キャラクターの一人として先行発表された内の一人。
江戸時代の創作が出典の架空の刀だが、その創作の主人公格が持っている刀である事と破邪の力を持っていると称されている関係で、ゲームの中でも主人公的な立ち位置にいる武姫だ。大和撫子風な容姿と黒髪に巫女装束をアレンジした衣装、真っ直ぐな性格且つ主である「使役者」を常に立てながら、間違っている事には毅然と立ち向かう女剣士。
ソーシャルゲームの性格上、キャラクターは露出が高くなるのが常だが、それを感じさせない凛とした佇まいに俺は一発で恋に落ちたものだ。
対する俺は、レアリティNの「刀」という武姫になってしまっている。
ポニーテールにまとめた黒髪にバンダナ代わりの額当を巻き、武器を振るうに邪魔過ぎる大きな胸を小股の切れ上がったハイネックのハイレグスーツで包み、申し訳程度の侍要素として手甲に脚絆を身に着けている。いかにもファンタジーな雑兵っぽい女侍。
だが、今は俺の事などどうでも良いのだ。リアル村雨ちゃんがすぐそこにいるのだ。
「はぁ……生村雨ちゃん尊い……」
「あの、貴女は何を言っているのですか? それに先程からわたしを「ちゃん」付けで呼ぶなど」
「あ、ご、ごめん。嫌だった? 村雨ちゃ……あ、「村雨」は一番大事で一番好きな武姫だから、それで……まぁ、その」
「いえ、そのように呼ばれた事が無いものですから、少々驚いただけ、ですよ」
俺に怪訝な表情を向ける村雨ちゃん、申し訳なさそうに訂正する村雨ちゃん、全てが尊い。
ゲーム上での紙芝居風な絵ではなく肉を持った生身の動きは俺の村雨ちゃん愛を刺激しまくり、自分がこうなった様々な原因やら憶測をキレイサッパリ心の中から洗い流し尽くしていた。
過去はどうでも良い、俺はここに永住するのだ。絶対するのだ。
「貴女のレアリティであるNや一段階上のRの武姫は「銘無し」と言われ、使役者に成りたての者が練習用として扱う……本来、個を持たず使役者の言う事を聞くだけの道具なのです。SR以上の武姫のように意思を持つ事は有り得ないのですよ」
「はぁ、そうなんだ」
「ですから、上位のレアリティを手に入れたら使役者ギルドへ売却するのが常ですね。ギルドでもそう教えていますし」
こっちの世界ではそんな事になっているのか。ギルド、なんて言葉も出て来ているし。ゲームの方でも元々武姫自体は人間とは違う別種の存在を示唆されていた。だが、レアリティが下位のNやRが道具扱いされている事は無かった様に思う。
道具かー、道具なのか~。……そうなると、俺は一体どうなるのだろうか? もしかして……、
「し?」
!! 思わず体が震えた。先の見えない闇にどうしても不安と恐怖が湧き上がってしまう。
「俺……消えちゃうの?」
「いえ、貴女のような特殊な例は「お上」に判断を仰いだ方が良いでしょう。それまではしばらく、この「村雨」が貴女の身柄を保護します」
「……おかみ?」
「武姫を管理し、使役者を総括する使役者ギルドの長達……です。セイギ殿が依頼を受けに行く時にでも内密に伝えておきましょう」
「ありがとう、村雨ちゃん。よろしくお願いす……します」
俺が辛うじてお礼を述べると、村雨ちゃんは真剣な表情から一転して破顔し俺に手を差し伸べてくれた。その手を取り、温かさに俺は目を見開く。人の温もりが確かにそこにあった。
「それでは「刀」……あ、個が有るなら種で呼ぶのは失礼ですね。お名前は?」
「あ……尾瀬倉 誠だ、です」
「あぁ、無理して丁寧な言葉を使う事はありませんよ、「マコト」さん」
「!!」
村雨ちゃんに自分の名前を呼んでもらった!
「あ、ありがとう……ありがとう、村雨ちゃん。俺はもう村雨ちゃんの為なら何でも出来るよ」
「そんな大げさですよ、マコトさん。ほら涙を拭いて下さい、せっかくの可愛い顔が台無しですよ?」
俺の頭を優しく撫で、そっと抱きしめてくれた村雨ちゃんからは、えもいわれぬ良い香りがして、俺の心臓は跳ねあがり体の芯から熱くなっていくのを感じた。
村雨ちゃんといつまでも共に生きていきたい。改めて俺は、そう心に誓うのだった。
俺がこの世界にやって来て数日が経った。
「おい武姫共、出番だ」
今日も俺達はセイギに呼ばれ、魔物の前に立つ。
先頭を行く村雨ちゃんの後ろに、「刀」こと俺、Nの「槍」、Rの「十字槍」の三人、そのさらに後ろに「弓」、「投げナイフ」のN二人が武器を構えて並ぶ。
対する魔物の方はバタフライナイフみたいな飛行型が2、十徳ナイフみたいな歩行型が2、デリンジャーのような小型拳銃姿の歩行型が3、という構成だ。今までは2~3体の小さな群れを狙っていたが、今回は少しまとまった数を相手にする方針のようだ。
『武姫繚乱』の戦闘では属性の三すくみが厳然たるルールとして存在している。「近接」、「中距離」、「遠距離」の三属性だ。武姫も魔物も全てこの三属性の内にまとめられ、お互いに有利不利の関係を持っている。
その三すくみは、どうやらこちらの世界でも存在しているようである。「刀」の俺にとっては「中距離」系がいないのは有難いな。
「すべて排除しろ、行け!」
セイギの号令で俺たち武姫は各々武器を構え、魔物に向かって走る。
バタフライナイフ型の魔物が俺に突進してきたのを僅かに躱して、すれ違いざまに手持ちの刀の斬撃をお見舞いする。
ガリっと音がして魔物の生命力を削るものの、倒すには至らなかったようだ。この弱さはさすが低レベルのNといったところだが、ゲームと違い敵の初手を自らの意思で躱す事が出来ている。その事に自信を深めつつ体勢を立て直し、再び魔物と対峙する
「きゃああぁぁぁ!!」
女の悲鳴が響いた。声のした方を見ると、デリンジャー型の魔物3体に集中砲火を喰らったRの「十字槍」が棒立ちの状態でそこにいた。
村雨ちゃんは十徳ナイフ型をすでに2体倒しているものの、デリンジャー型へはまだ到達しておらず、
他の武姫達がバラフライナイフ型一体に手こずっている間に喰らってしまった様だった。序盤の敵とはいえ3体もの不利属性からの攻撃を、ほとんど未強化のRが耐えきれるはずもない。
これは村雨ちゃんから聞いた話なのだが、武姫は魔物によって生命力を全て奪われると、光の粒子となって消えてしまうらしいのだ。霧になって消える魔物とどことなく通ずる部分があるようにも見える。
だが……その兆候がなかなか来ない。
心臓の鼓動が跳ね上がる。まさか……来るのか? アレが……
『があああぁアァアァァァ!!!』
直後「十字槍」が天に吠え、足元より赤黒い炎のようなものが吹き上がった。それは見る見る間に「十字槍」を侵食し、額から巨大な二本の角を生やした禍々しいまでの赤黒い鬼のような姿に変貌する。
兇鬼化
ゲームシステム上存在する、好感度を一定以下まで下げたうえでさらに好感度が下がるような行為を受けると特定の確率で発生する……武姫の魔物化。ネットのファンの間では「悪堕ち」とも称されたシステムだ。
武姫に対するセイギの接し方を見てると、いつかは来るだろうと思っていたものが今、目の前で起きた。
兇鬼化した武姫は使役者の束縛から離れ、すぐさま敵となって襲い掛かってくる。
『ミンナッ消エ失セロォォォ!!!』
兇鬼化「十字槍」が大きく円を描くように十字槍を振り回すと、赤黒い気の刃が瞬時に放たれた。
Rの力とは思えない程の威力を持った刃が、この場にいた全ての武姫の、そして魔物の生命力までも刈り取っていく。
魔物たちは跡形も無く霧となって消え失せ、Nの「槍」「弓」「投げナイフ」は断末魔の悲鳴を残して光の粒子となった。そしてその粒子は消えるどころか、兇鬼化した「十字槍」へと吸い込まれていく。
俺はすぐさま地に伏せ運良く回避出来た為、ノーダメージで済んだ。もし喰らっていたらと思うと……直前のN達の最期を見て体が震えた。明確な「死」がそこにあったからだ。
村雨ちゃんは不意だった事もあってまともに喰らいはしたものの、それほど大きなダメージにはなっていないようだった。さすがSSRである。
「あああああ?! な、なんだこれなんだこれわぁぁぁあ!!!」
セイギの叫びが聞こえ奴の生存が確認出来た。しかし今は奴に構っている暇はない。魔物は消え去ったが、まだ兇鬼が残っているのだ……兇鬼化した「十字槍」が。冷たい汗が体を伝うのを感じる。まだ体が震えている。
が、俺は無理矢理自分を奮い立たせ武器を構える。村雨ちゃんがいるのだ、無様な自分は見せられない。
「お前ら早くあいつを何とかしろよぉぉ!!!」
Nの俺じゃ触れただけで瞬殺だ。何とかしろと言われても出来る訳が無い。精々がセイギの身代わりになる事くらいか?
「ここはわたしにお任せを。セイギ殿とマコトさんは下がってください」
「村雨ちゃん!」
「まま任せたぞ! 必ずぶっ殺せ!!」
「おい、こら!!」
一目散に距離をとったセイギと村雨ちゃんを交互に見やると、村雨ちゃんが兇鬼「十字槍」と対峙しながらも、僅かにこちらに顔を向けて微笑んでいた。
「セイギ殿を頼みます」
「出来るか分からないけど頼まれた! 村雨ちゃんも気を付けて!」
「勿論です」
そうして俺と村雨ちゃんは互いに反対方向へと駆け出す。
「振玉散氷刃」
兇鬼の突きを横に躱し、言葉を発した村雨ちゃんの周囲に煌めく氷晶が無数に舞う。
一瞬にして距離を詰めた村雨ちゃんの一撃が炸裂し兇鬼の脇腹が大きく抉れる。空けられた胴体の周囲を氷の結晶が覆った。獣のような叫びを上げて兇鬼は後方へと飛び退くも、村雨ちゃんは即座に追いつき斬撃を繰り出す。
ゲームでは技名宣言と一枚絵だった「必殺技」がリアルな動きで披露され、その美しさに俺は思わず感嘆の息を漏らした。
突きは体を開いて避け、横薙ぎは距離をとってやり過ごし、隙を見つけては斬りつける村雨ちゃんに、兇鬼は徐々に追い詰められていった。村雨ちゃんは真剣ながらも涼しい顔をしているが兇鬼の方は目に見えて顔を歪めている。
『アアアァァ!! ミンナッ消エ失セロォォォ!!!』
耐えかねた兇鬼は二度目の大技を繰り出してきた。
村雨ちゃんはセイギに余波がいかないよう射線上に立ち、しっかりと位置取りをして技に備えていた。
さすがは俺の嫁。やる事に抜かりが無い。
……この村雨ちゃんは俺の武姫じゃないから、正しく「俺の嫁」ではないんだけどな。
俺は兇鬼の技が止んだのを確認すると、ちらと背後のセイギ見た。いまだガタガタ震えている奴を見て、黒い感情が己の身の内に渦巻くのを感じる。
村雨ちゃんがこちらの安否を確認する様にチラ見をしていたので、俺はサムズアップをし無事を伝えた。
それを見た村雨ちゃんは一気に距離を詰め、技の放射直後で鈍っていた兇鬼の突きを難なく避け、その槍を上へと弾く。
「振玉散氷刃」
村雨ちゃんの周囲に煌めく氷晶が舞い踊り、渾身の一撃が兇鬼の心臓部分を吹き飛ばした。
『アァア……ア……ァァ……』
「せめて安らかに、お眠り下さい……」
兇鬼「十字槍」の残った体から赤黒い煙のようなものが立ち昇っていく。
その様を村雨ちゃんはただ無言で見つめる。そして「十字槍」は見る間に透けていって……やがて跡形もなく消えてしまった。
風が吹き、わずかに漂っていた赤黒い煙を天へと運んでいく。
◆◆◆◆◆
俺達はあの後、セイギが拠点とする住処へと戻っていた。
戻る途中、セイギが何かを言い出そうとする度に、村雨ちゃんが無言の圧力を奴にぶつけて黙らせていた。傍から見ていても気持ちの良いものでは無いが、セイギの行動を振り返るとそれも仕方ないかな、と思う。
住処へと戻ると、俺と村雨ちゃんはセイギを置いて武姫に割り当てられた部屋へと入る。
「村雨ちゃん、お疲れ様。今日は助か……」
「貴女が無事で、本当に良かった」
俺は最後まで言葉を言えなかった。村雨ちゃんがいきなり抱きしめてきたから。
「え? ちょ、ちょっと村雨ちゃん?! いきなりどうしたの??」
「……え? あっ!」
ほとんど無意識の行動だったらしい村雨ちゃんは俺の声で我に返ったようで、はじけ飛ぶ勢いで離れたあと顔を真っ赤にして縮こまってしまった。
「ご、ごめんなさい。わたし、どうかしてましたね……今のは、忘れて下さい」
「あ、気にしないで。別に嫌だった訳じゃなくてむしろ嬉し……あ、ち違う違う! 言いたい事はそうじゃなくて!」
「……マコトさん……」
顔は赤いままだが、それでも村雨ちゃんは俺に微笑みを向けてくれた。つられて自然と笑みが浮かぶ。
「心配かけさせちゃって、ごめん。やっぱりNの俺は足手まといだね」
「そうですね」
「いや、そこは否定して欲しかったなぁ」
「ふふっ、ごめんなさい」
出会った当初の事務的な雰囲気とは変わり、今の村雨ちゃんはかなり親しく接してくれる。
特に好みのアイテムをプレゼントしていないのにな、とゲーム基準で考えてしまうが、そんな事がどうでもよくなる程目の前の村雨ちゃんは楽しそうな笑顔を見せる。
「セイギの奴、今頃落ち込んでいるのかな」
「後でわたしが様子を見てきます。ギルドへの報告は明日にしましょう」
「わかった」
それじゃ、と言って村雨ちゃんは部屋を出ていく。俺は村雨ちゃんを見送るとベッドに寝転んだ。何も無い天井を見て、溜息をつく。
ネットで動画を見たり、漫画やラノベを読んだりといった娯楽が無いので暇の潰しようが無いのだ。
それでも他に武姫がいた時は意思が無いにせよ反応はあるので、簡単なゲームをしたり模擬戦をしたりしたし、村雨ちゃんがいる時は色々な事を話し合ったりもした。
顔を横に向け、部屋を見る。昨日までいたのに今はいない。武姫という存在の常ではあるが、人間である俺にはなかなか心にくるものがある。
「早く慣れないとなぁ」
溜息をつく。武姫としての生活もそうだが、この体にしてもそうである。
今まで有ったモノが無く、今まで無かったモノが有る。武姫としての特性により人間の生理現象がほぼ無いから良いものの、違和感はいまだ拭えずにいる。
特に胸にあるデカくて重い二つのたわわ。時折村雨ちゃんから羨望の眼差しを受けるコレ。不思議と戦闘の邪魔にはならないが、厄介なものには変わりがない。あ、一回セイギの奴も「使役者権限だ!」って言って触ろうとしてたな……返り討ちにしたけど。
「俺はこれからどうなるんだろうな」
武姫の兇鬼化をみたからか、そんな不安が口をついて出た。
今はまだ使役者ギルドからの沙汰が無い為、村雨ちゃんの保護下にある。セイギが使役者の権利を使ってNの俺を排除できないのも村雨ちゃんのおかげだ。
だが、いつまでもこのままでいられる訳がない。村雨ちゃんは「使役者セイギの村雨」であり「俺の村雨ちゃん」ではないのだ。いつかは村雨ちゃんと別れる時が来る。
はっきり言って別れたくない。でも、どうすれば良いのか分からない。三度ため息が漏れた。
「うわあぁぁぁ?! たっ助けぇぇぇ!!!」
セイギらしき切羽詰まった叫びが聞こえ、俺はベッドから跳ね起きた。
叫びが上がる事にわずかな疑問を持ちつつも得物を確認し、セイギがいるであろう個室へ向かう。
「おい、何があっ……?!」
目に飛び込んできた光景に俺は絶句した。
胸を貫かれ血を吐いた跡を残して動かないセイギと……赤黒い刀をセイギに突き立てている、頭に角を持ち禍々しい殺気を放つ赤黒い異形の女。
女の顔がゆっくりとこちらに向けられる。その顔は見覚えがあるもので、涙の跡のような黒い筋が特に目を引いた。
「村雨ちゃん!!!」
スッと刀が引き抜かれセイギの身体がその場に崩れ落ちる。目はすでに光を失い、口は痛みの声すら上げない。
セイギに興味を失った赤黒い女……兇鬼化した村雨ちゃんが俺を見据える。その圧倒的な威圧感と恐怖に膝が崩れ落ちそうになるのをこらえ、歯がガチガチ鳴りそうになるのを必死に噛み殺す。
なんで? どうして?! 目の前の結果に答えは出ないが、はっきりと解かる事が一つだけある。
俺の「死」もすぐそこにある、という事だ。絶望に恐怖すると共に、村雨ちゃんの手にかかって死ぬ事を受け入れる自分がいる。
「……村雨ちゃんになら」
その時部屋を揺るがす程の爆音と共に、俺と兇鬼の間を何かが割った。衝撃の余波を思わず防御してしまい俺は続く言葉を出せなかった。
空気の圧力が止み防御を解いた俺は、そこに天井を突き破って立ち昇る光の柱を見た。
やがて光が薄らいでいき、何かの姿が現れ始める。
それは一振りの抜身の刀だった。刀身は水気を帯びた様に艶やかに輝き、周囲に涼しげで柔らかな風を振りまいていた。
《 あるじさま おまたせいたしました わたしを てにおとりくださいませ 》
慣れ親しんだ声に驚きと喜びが交錯するも、俺はその声と共に光の中の刀を掴み、防御に構える。
直後、膨れ上がった赤黒い殺気が光を両断して俺を襲う。
何とか斬撃を流した俺は、しかしその衝撃に困惑する……弱すぎるのだ。
《 わたしをとおして わたしのちからを あるじさまに あたえております 》
その理由が頭の中に響く。だが思案している暇はなかった。兇鬼が刀を木の枝のように片手で振り回し、無茶苦茶な斬撃を浴びせてくる。俺はその悉くを流し、いなし、受け止めた。
俺は思わず痛みで顔をしかめてしまった。受けた衝撃でではない。心の痛みで、だ。一心不乱に刀を振り回す兇鬼が、怒りと悲しみのままに刀を痛めつける村雨ちゃんに見えてしまったからだ。
俺は流した兇鬼の刀を大きく横へ弾くと、返す刀で袈裟に斬りつける。
相手は咄嗟に飛び退くも肩口に浅くない切り傷が開く。血が流れる代わりに赤黒い煙が立った。
俺は正眼に構え兇鬼の出方を見る。
『グウゥゥウゥゥ……ガアアアアアァァァァ!!!』
犬のような低い唸り声をあげ、こちらを睨みつけていた兇鬼は天に向かって高らかに吠えた。空気が吸い寄せられるような感覚があり、兇鬼の纏う赤黒い気が一段と濃くなった。
《 あるじさま きます こちらも かいほうします 》
俺は声に全てを委ね、心を無にした。何が来て、何を開放するのか、分かっていたから。俺の身体が自然と構えを変化させ光を纏う。
一瞬の静寂。
『 振 命 散 凍 刃 』
「 振玉散氷刃 」
降り注ぐ氷の雨の中を煌めく氷晶を纏い突き進む。
渾身の一撃が兇鬼の……村雨の胸を貫いた。
『アアアァァァアアァァアアァァ』
村雨の叫びと共に彼女の体中から赤黒い気が噴き出す。
『……ア……ァァ……』
手足の先から透け出した。赤黒い気の噴出が徐々に弱まり、替わりに光の粒子が立ち昇り始めた。
俺は前を向き村雨の最期を見続ける。それは村雨ちゃんの最期でもある。そして、こうする事でしか助けられなかった俺の……最後の務めだ。
悔しさで目の前が霞むがそれでも俺は、村雨の最期を見続けた。
『……ぁ……ありが……とう……』
その言葉を最期に村雨ちゃんは笑顔を残して虚空に消えていった。
全ての光が収まり、俺の手にある刀「村雨丸」はわずかに水気を纏わせながら静かに輝いていた。
「……村雨ちゃん」
ぽつりと呟くと、村雨丸を握りしめたまま俺は泣いた。
《 あるじさま なかないでくださいませ 》
村雨ちゃんの声がこの時ばかりは恨めしい。だが、そのわだかまりが皮肉にも涙を止めた。
じっと村雨丸を睨む。すると村雨丸は光を強くし、俺の手から逃れ宙に浮く。
成り行きを見守る俺の目の前で村雨丸は光輝き、そのまま自ら発した光へ飲み込まれていく。そして完全に影が無くなると一瞬輝きを増した。
光が弱まるとそこには人影が浮かび、ふわりと着地する。大和撫子風な容姿と黒髪に巫女装束をアレンジした衣装を纏った女性がそこにいた。
『村雨と申します。我が破邪顕正の刀の冴え、主様の道を照らす光と成らん。』
かつてゲームで何度も聞いた登場台詞が目の前の女性から発せられる。
俺は喜びとも悲しみとも、自分でも訳が分からないくらいグチャグチャに混ざった感情が胸を満たしていた。今、自分がどんな表情をしているのかも分からない。
全てがリセットされた「村雨」がそこにいた。
光が完全に収まると、両者の間に無言の緊張が流れる。俺はどう声を掛けたら良いのか戸惑っていた。この世界での村雨ちゃんとの温かな思い出、兇鬼化した村雨の恐怖と悲しみ、そして村雨丸として俺に力を貸してくれた村雨の無機質な感触。
「あ……あれ? マコトさん!? なんで? え? マコトさんなんで!?!?」
「へっ?」
こちらの調子が狂うほどに戸惑いを見せる彼女は、この世界に来た俺に良くしてくれた村雨ちゃんそのものだった。
「あの……村雨ちゃん?」
「は、はい! 村雨ちゃんです!!」
「えっ?」
「えっ?」
お見合いのように固まってしまった俺と村雨ちゃんは、やがてどちらからともなく声を出して笑い合った。
◆◆◆◆◆
今、俺は使役者としてこの世界で魔物を狩りながら生きている。
あの後、セイギの遺体を弔い使役者ギルドに事の次第を報告に行った俺は、そのまま「使役者」として登録され、共にいた村雨ちゃんは俺の武姫となった。
なんでも使役者ギルドの長達、「お上」によると、
「この世界の管理者が、様々な異世界から使役者の適性を持つ人物を召喚した際、魔王による妨害があり一部の人物に正常な転生処理がなされなかった」らしいのだ。
ほとんどが低レアの武姫だった為、戦闘による死亡、ギルドへの売却など、存在の消滅が確認されれば再度転生させる事が出来たが、俺だけはずっと生き残っていた為、手が出せなかったらしい。
そしてその状態のまま、俺の使役者だったセイギが死亡してしまった為、管理者はやむを得ず「武姫」村雨の大本である「神器」村雨を投入し、兇鬼化した村雨の排除と事態の収束を図った、との事だ。
結果、俺はNの武姫「刀」の姿のまま、使役者としてこの世界で暮らさざるを得なくなったのだ。
だけど、まぁ。それも俺にとっては些細な事だ。
傍らには「俺の嫁」こと村雨ちゃん。そう、村雨ちゃんがいるのだ。笑い、泣き、怒り、そして恥じらう。ゲームだと表情しか変わらないその感情が、温かみのある人として全身で表現される。
ゲームとは違うリアルな村雨ちゃんがそこにいるだけで、俺の心は満たされていた。
「マコトさん、お疲れ様でした! それでは討伐の成功報酬として熱い抱擁と接吻を下さい!」
少々、愛情が過多なのが玉にキズだけれども。
今現在の俺は、村雨ちゃんの高スペックにおんぶにだっこの状態だ。
使役者は元々武姫を制御するのが主で戦闘は不向きなのだが、せっかく自身も武姫であるので、戦闘でも役に立てるだろうと思っていたのだ。
しかしそこは流石のレアリティN。積極的に魔物に向かっても村雨ちゃんの足手まといにしかならなかった。
なので、女に働かせてその稼ぎで生活しているヒモ男のような気分を味わいながら、俺は日々魔物を狩っている。
「マコトさんは使役者だから良いのです。魔物と戦うのはわたし達武姫の務めです」
「いや、俺も武姫……」
「マコトさんは使役者です!」
少々、過保護すぎるんじゃないかと思うのだけれども。
「ところで、マコトさんは……その、新しい武姫を集めたりとか、しないんですか?」
「ん~、村雨ちゃんが必要と言うならそうするけど、俺としてはまだ必要ないかな」
「どうしてですか?」
「だって……」
村雨ちゃんの真正面に立ち、その手を取る。胸の辺りまで持ち上げ、ぎゅっと熱く握りしめる。村雨ちゃんの顔に朱が差した。
「村雨ちゃんと二人きりでいたいから」
二人の唇が重なる。甘い香りと柔らかな感触が心を熱く満たしていた。
ソシャゲのレアリティ:N(ノーマル)のキャラに転生した俺は、この世界を俺の嫁と共に生きていく。
各所で指摘を受けた部分を自分なりに修正してみました。
三分の二くらいまで文字数が減ったのは素直に驚きでした。
それと、TS百合成分が少ないと感じてもいましたので、その分も盛り込んでみました。
評価、感想等頂けると有難いです。