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巻き込み、巻き込まれ


「シャル、今日は少し早めにご飯食べない?一緒にどうかしら」


シャーロットの部屋を訪ねると、彼女はベッドで本を読んでいた。


「お姉様が一緒なんて、珍しいです」


シャーロットは何かあるんじゃないかと眉を潜めながらも、読んでいた本を閉じ立ち上がった。

はじめは警戒したような素振りだったが、同じ食卓につき、会話をしながら食事を進めるうちに表情が柔らかくなってきた。昼食後はそのままの席でお茶をいただきながらシャーロットと会話を楽しんだ。


「シャルが持ってきてくれた本面白かったわ。この国の歴史が物語になっていて、続きが気になって一晩で読んじゃった」


「シャルのお気に入りなの!他のシリーズもあるから今日持っていきますわ!」


楽しそうにお気に入りの物語の話をしてくれた。シャーロットは物語の本が好きだった。今日みたいによくお部屋に籠って本を読んでいる。

物語のクライマックスに向けて段々と興奮しながら話すシャーロットの姿がとても可愛い。これから毎日会えるとわかっていても、今この瞬間を切り取って残したい気持ちに駈られる。

ほっぺたは柔らかそうなピンク色で、今日もふわふわな髪が可愛い。

そして至福の時間は唐突に終わりを告げられた。足早にメイドさんが入ってきて、頭を下げる。


「お嬢様、ハロルド殿下がお見えになられました」


「え!」


「ハロルド殿下が?!もう来られたのですか?!」


いつもより早めに昼食にしたし、のんびり食べていたつもりもない。シャーロットに夢中になりすぎて考えていたより時間が経っていたんだろうか。

とにかく、お父様達にはこのことを知らせてはやく帰ってきてもらわなければ。それから玄関でお待たせするわけには行かないから何処かに案内しないといけないわね。お茶を準備して、それから、お父様が来るまでは私がお話相手になるべきかしら?


「ルージュは、お父様とお母様に急いで帰ってきてもらうように伝令を頼んで。それから紅茶を準備していただけるかしら」


「かしこまりました」


ルージュはお辞儀をしてすぐに準備に取り掛かるため部屋を出た。

シャーロットはどうしたらいいのか不安そうにおろおろとエマと私を交互に見ていた。

エマはスラッと背は高めだが年は私と同じ13で、顔には幼さが残っている。いつもシャーロットの遊び相手として付き合っているので、こう言ったことに慣れているようには見えなかった。ダメなものはダメというルージュと違って、なんでも言いなりになる大人しいタイプだ。シャーロットには彼女のようなメイドが合っているのだろう。


「お姉様はどうするの?」


上目遣いで見上げる表情がとても可愛いその瞳は、私が逃げるんじゃないかって心配している。わかるよ。逃げそうだよね、私。そして残されたら困るから、私が逃げるなら自分も逃げようと、そういう感じが見てとれた。


「お父様達が戻られるまで代わりに私達がお話を伺うしかないと思うの」


お城までは片道1時間弱かかる。ご足労いただいた王子様を門前払いするわけにはいかない。この時間ならお父様はきっと帰ってきている途中だろうし、1時間も待たなくてよい筈だ。

どこにお連れしたらいいのかと考えた時に今朝のお父様の言葉を思い出した。

今日ははやくから起きていたので、いつもなら仕事に行く前にお部屋にお父様が挨拶に来てくれるところを、玄関まで一緒に行き、お見送りをしたのだった。玄関までの途中にあるお部屋で、お父様は持っていくものがあると言って入って行った。私も入るよう促されたのでついていく。


「ここはお客様が来たときにも使う部屋だから覚えておくようにね。今日ハロルド殿下が来られた時もここに案内するんだよ」


そう言って簡単に部屋の中のことを教えてくれた。

私はこれまでの記憶を辿ってもこの部屋に覚えがなくて、あのお転婆さんが来客対応なんか同席する筈がないよねと納得した。

お父様はもし私が一人だったら、と明言はしなかったものの、私が殿下をこの部屋に案内するようにって教えてくれていたのかもしれない。勿論、メイドさん達は知っているだろうけど、あくまでおもてなしするのは、公爵家の人間なのだから、覚えていないとよくないだろう。



「エマ、お客様を案内する部屋を知ってる?あの玄関に近いところなんだけど」


「はい、存じております」


「じゃあ、先にシャーロットを連れてお部屋の確認をしてくれるかしら。後から私が殿下をお連れして、そしたらルージュがお茶を持ってきてくれると思うから」


「かしこまりました。シャーロットお嬢様、いきましょう」


エマに手を引かれ廊下を歩きながら、シャーロットは何度も何度も振り返りこちらを仰ぎ見た。言おうか言うまいか悩んでいるような素振りだったが、部屋に入り私と別れるときについに振り返って口を開いた。


「お姉様、絶対に来てね?」


「当然よ。すぐ行くから」


私は、ひとり足早に玄関に向かった。

玄関ホールには、ハロルド殿下と従者と思わしき2人が待っていた。ハロルド殿下はイザベラよりも黄みがかったブロンズで、綺麗な青い瞳をしている。背丈は170㎝前後だろうか。13歳にしては背が高いと思う。いかにも王子様って感じの洋服とオーラを纏い、顔立ちもまさに王子様って感じのイケメンだ。殿下のことを知らなくても、一目で王子様だってわかるだろう。

その横には殿下よりも少し背の高い、がっしりとした体つきの従者が立っていた。青みがかった黒髪で切れ長の目に金色の瞳と、ぐっと閉じた口元が冷たい印象を持たせた。身長や体つきが殿下より少し大人びて見えるから、年は少し上なのかもしれない。二人の会話している感じからして、側近だろうか。

それにしても、みな顔面レベルが高すぎて心臓に悪い。


「ハロルド殿下、お待たせして申し訳ありません」


朝ルージュとおさらいした王族に対する挨拶をする。なんとなく覚えていたので、私は教養がまったくないというわけではなく安心した。

そのまま顔を伏せ気味に続ける。面と向かって近くでお顔を見るのはまだ少し緊張した。


「ウィリアム・セントフォードの娘でイザベラと申します。父も母もまだ帰宅しておらず、不肖ながら私がご案内させていただきます」


「いえ、私が急に来たのです。お気なさらず。それよりも体調はよくなりましたか?」


「はい、魔術師様の治癒魔法のおかげで、すっかり良くなりました。ありがとうございます。宜しければお部屋を準備しましたので、お待ちいただく間にお茶でもいかがでしょうか?」


「お願いします」


殿下は私が現れた時も特別驚いた顔もせず、絶えず柔らかな微笑みを浮かべていたが、お茶を薦めるときに少し下からお顔を伺うとちょっとだけ目を見開いていた。


「こちらでございます」


ゆっくりと踵を返し、玄関ホールを出て、先程通ってきた道を戻る。お二人がついてきているのがわかった。お部屋はすぐそこなのに、後ろ姿を見られていると思うと酷く緊張して、距離を長く感じた。

顔を見せるだけでいいって、緊張しなくてもいいってお父様が言うから…!挨拶しか練習していなかった。言葉遣いも立ち振舞いも大丈夫かしら。お父様もお母様も、よくこんな状態の娘を王妃様と王子様のいるお茶会に行かせたものだわ。

案の定、2階から落ちるだなんて普通のご令嬢ならやらないようなとんでもないことをしでかし、ご迷惑をおかけしてしまった。お母様が私をお茶会へあまり連れていきたがらなかったのもよくわかる。私自身もそういった類いのものが苦手だったので、避けてたというのも勿論あるけど…何故あの日は必ずくるように、なんて言われたんだろうか。


この国では10歳ぐらいのご令嬢やご子息は既にお茶会で交流を持つのが一般的だ。なのに私ときたら全然経験を積んでいないのよね。13歳からはもう立派に夜会に出る年齢だというのに。少し前に開いた13歳の夜会デビューも散々だった。

一応友人はいるが、気分で除け者にしたりするもんだから、むしろあれは取り巻きって感じで、一歩後ろに立つような関係だ。あのご令嬢達ともちゃんと仲良くなりたい。その前にはまず、殿下とその側近の方をもてなすという壁を乗り越えないと…。


コンコン、と目的の部屋の扉をノックすると、はい、とか弱い返事か返ってきた。扉を開けると緊張した面持ちで一人で立つシャーロットがいた。エマは横の壁際にそっと立っている。

殿下と側近の方を部屋の中に案内し扉を閉めてから、シャーロットの横に立ち、紹介した。


「殿下、こちら私の妹でございます」


「お久しぶりでございます。シャーロットで…ごさいます」


「シャーロット様もおかわりなくて安心しました。こちら紹介が遅れましたが、私の側近のダニエルです」


「ダニエル・ノーランドと申します」


シャーロットも緊張しているのか、少し口調が変で、顔はこれ以上ないってくらい強張っている。

ダニエル様は、軽く頭を下げた後は口を一の字に結び、それ以上は自分が話すことがない、と言った雰囲気で黙ってしまった。


「本日はわざわざご訪問いただきありがとうございます。父と母が戻るまでの間ですが、私どもにてお話伺わせていただきます。どうぞ、お掛けください」


部屋の中心には2人掛けのソファーが向かい合い、間にローテーブルがある。テーブルの両脇には更に1人掛けのソファーもある。殿下が座り、ダニエル様にも横に座るよう促したが、首を振り、殿下の後ろに立ったままだ。殿下だけを座らせるのも悪いかと思い私が座るとシャーロットも倣って横に座った。

タイミングよくルージュがお茶を持ってきたので目配せして配ってもらう。それぞれの前にお茶を並べてくれるルージュにお礼を言って受けとると、それを見ていたシャーロットも小さくお礼を言っていた。

うっ…可愛い…!今まで我儘に育ってきたのは私の真似をしていたからなんだわ。素直に姉の真似をしていただけで、シャーロットも本当は良い子なのよ…!

心臓がキュッとしたけど、雑念を振り払い、こちらから殿下へ声をかける。


「先日は殿下には多大なるご迷惑とご心配をおかけしてしまったこと、大変申し訳ありませんでした」


砂糖をたっぷり追加しご満悦で紅茶を飲もうとしていたシャーロットも、ハッとしたようにコップを起き、頭を下げた。


「申し訳ありませんでした」


「いや、私の方こそ我が城に来ていただいたのに管理が行き届いておらず怪我をさせてしまったこと、申し訳なく思います。本当に申し訳ありませんでした」


「殿下が頭を下げるようなことではありません!すべて私が悪いのです!それに私のために王室の魔術師様を呼んでくださったのは殿下だったとお聞きしました。命の恩人です。本当にありがとうございました」


「ふふ…ではお互い様ということで、この話は終わらせましょう。頭を上げてください。」


王子様が頭を下げるのと、私が頭を下げるのでは全然重みが違う気がするけれど。お言葉に甘えてしまってよいのだろうか。ゆっくり顔を上げると、殿下のお顔には微笑みが戻っていた。


「そうだ、お土産を」


殿下が後ろのダニエル様を振り返ると、先程までまったく視界に入らなかったのが不思議なくらいの大きな包みをダニエル様が手にしていた。


「ごめんなさい。私、殿下にお会いできたらまずは謝らなければと、急いてしまいましたね。お気遣いありがとうございます。ありがたく頂戴いたします」


受け取るために立ち上がろうとすると、スッとルージュがダニエルに近付き受け取ってくれた。

包みを持ち上げたまま再び壁際に立つ。目配せでお礼を言うとルージュが微笑んで返した。

あのままで立ち続けると腕が辛くなるんじゃないかしら。

ルージュをどうやって部屋の外に出してあげれば良いか、かける言葉に悩んでいると、今度は殿下から話しかけてきた。


「イザベラ様は先日とはまるで別人のようですね」


別人か。確かにそうだ。


「ええ、私先日のことを機にこれまでの自分を省みて、もっと周りの方の期待に応えられるようにならなければと思い直しまして。」


「そうですか、良いことですね。では…私のお願いも聞いていただけますか?」


「勿論です。私に出来ることであればですが」


「来月私がはじめて開く夜会にきていただけないでしょうか?」


「夜会ですか。わかりました。それでは父と一緒に伺わせていただきます」


夜会は主催者が音楽家やご馳走を手配して、貴族の知り合いをたくさん招待し、素敵な音楽に合わせて中央で着飾った男女がペアで踊る。その周りではご子息ご令嬢を顔見せしたり、結婚相手を探したり、噂話や仕事の話等、様々な情報が行き交う貴族の社交場だ。未婚の人はだいたい同じくらいの年頃の仲の良い異性か、または親族と一緒に行くのが暗黙のルールになっているので、女性が1人で行くと浮いてしまう。そして1曲目を一緒にきた方と踊る。私のはじめての夜会ではお父様が踊ってくださった。


「ウィリアム様にも来ていただきますが、イザベラ様のエスコートは私にさせていただきたいのです。今日はそのお願いも兼ねて参りました」


「えっ…私お会いするのは2度目だと思うのですが、私でよいのでしょうか?」


はじめての夜会だなんて記念すべきものになりそうだけど、これまでなんの接点もなかった私でよいのだろうか。純粋に疑問に思った。

皆の目があるし、セントフォード公爵家の体裁に気を遣ってくれているのかな。


「是非お願いします。確かにお会いできたのは先日のお茶会が初めてですね。実はそれまでにも何度かこちらをお訪ねさせていただいていたのですけれど…」


困ったように眉尻を下げつつも笑顔を絶やさず、殿下は言い淀んだ。

そしてこれまで黙っていたダニエル様がため息をついて沈黙を破った。


「イザベラ様がその度にお逃げになられるため、お会いできませんでした」


「逃げ…!そ、うですね、申し訳ありませんでした」


「構いません。今日はこうしてお会いできましたし、受けて下さいますよね?」


「はい……あっ、ちが…ち、父に!相談を!」


「ありがとうございます!精一杯エスコートさせていただきますね」


とびっきりの笑顔が眩しい。


「あの、父に相談してからお答えさせてください!」


「ウィリアム様には既に許可をいただいていますから問題ありません。ご本人が頷けば、と伺っています」


「先程のは勢いです!私には荷が重すぎます!…ダンスも下手ですし!」


苦し紛れに理由にしたダンスの言葉に、殿下の瞳がキラリと反応した気がした。

ダンスが苦手なのは本当だ。前世でダンスなんか踊ったことないし、小学校の運動会くらいだけどあれは二人で踊るものではない。イザベラの記憶だけが頼りなのだが、私は家庭教師のレッスンを悉く逃げている。お父様とは合わせてもらってギリギリ踊れたみたいだ。

私余計なことを言ったかも…!

蛇に睨まれた蛙のような、顔からすっと血の気が引いて行く感覚がした。これは腹黒なのか、天然なのか、完全に殿下のペースに乗せられている。28歳を手玉にとるなんて、なんて13歳なんだ。


「ダンスが心配ですか。それでは一緒に練習しましょう。夜会まで後1ヶ月ですからね、お体の調子を見ながら来週あたりから始めてみてはどうでしょう!そうだ、お城の練習場を使わせていただけるように先生にお願いしましょうね、そうと決まれば私予定を抑えてきます」


「殿下のお手を煩わせるのは忍びありません!先生も練習場もこちらで準備いたしますので…!」


あれ、これだと殿下と踊ることは決まってるみたいだわ。


「心配せずとも大丈夫です。練習についてはお詫びも兼ねてですから。ご令嬢を危険にさらして、手土産ひとつで終わらせるつもりはありません。申し訳なく思うお気持ちがあるのなら、是非受け取ってください。それに本番と同じ相手と練習した方がよいでしよう?」


殿下の言葉に私はもう、頷いてお礼を言うしかできなかった。お詫びだなんていわれたら受け取るしかない。それにこれ以上殿下の言葉を否定して機嫌を損ねるようなことがあっても大変だ。どうしても無理そうだったらお父様からやんわり断っていただこう。




ハロルド殿下はお帰りになる際に玄関でも振り返って念を押してきた。迎えに来るから、と。私にはそれが逃げ場はありませんよ、という脅しに聞こえた。

離れて行く馬車を見送る。

結局お父様もお母様も戻られる前に話が終わってしまった。


「お嬢様良かったですね!1ヶ月後ってきっとハロルド殿下のお誕生日に開かれるお披露目の夜会ですよ!」


振り替えるとルージュが嬉しそうに両手を胸の前で握っていた。ドレスはあれでアクセサリーはこれでとまるで自分がデートに行くみたいに喜んでいる。

張本人である私はというと、どっと疲れを感じ、これからを思いただひたすらに憂鬱だった。お父様になんて報告しようかしら。

喜ぶルージュと項垂れる私を見て、シャーロットが私の手を握ってくれた。


「とても不本意ではあるのだけど、ルージュが喜んでくれてるなら良かったわ。お父様とお母様も喜んでくれるなら良いんだけど…シャルはどう思う?」


「お姉様まるで物語の主人公みたいでしたわ!凄いです!」


シャルもなんだか嬉しそうなのでまあいいか。

暫くすると入れ違いでお父様とお母様が帰ってきた。



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