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変化はゆっくり受け入れられる


目が覚めてから…記憶が戻ってから、5日がたった。目が覚めるまで丸々2日間も眠っていたらしい。体の倦怠感がなかなか抜けなかったので、朝は起き上がれず、昼間に起きて部屋のなかを見て回ったりした。

天井にはシャンデリア、床には立派な絨毯、家具は装飾に拘ったアンティーク調の木製もので、どれも高価にみえる。小物はパステル系とピンクが多く、これはイザベラの好みだったんだろう。部屋の外は少し覗いただけだけど、ずっと廊下が続いていた。マンションみたいなこの大きな屋敷が全て家なのだ。

部屋の仕切りの向こうには洗面台と浴槽があり、トイレもある。水回りは少し古く感じてしまうけど、この1部屋だけで家族が過ごせそうなくらいある。更にお手伝いさんのお家が別にあるというから驚きだ。お庭の向こうにあるお家がそうだという。私の部屋は2階にあり、窓の外からそのお家と、お花や草木が綺麗に手入れされているお庭がよく見えた。

前世の記憶とはまったく環境が違う。前世はここよりかなり先進的だったし、国が違うなんてレベルではなく世界が違うと感じた。どちらかが未来だということもなさそうだ。何故ならこの国には魔法がある。使える人は少ないけれどそれでも私の怪我を治してくれた奇跡は魔法としか言いようがない。

まるで物語の世界。

夢を見ているみたい。

それでも毎日夜寝れば朝が来るから、夢ではなく、これが現実なんだ、とわかった。



机の前にある窓から外を眺めていると、扉をノックする音がした。振り返って、はい!と応えると扉が開きお父様が入って来た。


「おはようございます、お父様!」


「おはようイザベラ、もう起きて大丈夫なのかい?」


お父様は毎日朝食の前と、お仕事に行く前、それから帰宅したときに、私のところに来てくれる。昨日まではお父様が来るときはベッドの中だった。今までの倦怠感は徐々に薄れ今日はもうすっかり良くなっていた。


「はい、もうすっかり元気になりました」


「それはよかった」


「ですからお父様、今日こそはお外に出ても良いでしょう?」


「良いとも」


向かい合うところまで近付くと、そう言って私の頭を撫でてくれた。子供扱いされるのは慣れていないが、怪我をした娘を心配するお父様の気持ちが分かるから、元気になっても無理をせず部屋から出ないようにという約束をしっかり守っていた。


「前はダメだと言っても飛び出してしまうようなお転婆娘だったのに、ちゃんと言いつけを守って大人しくしてて偉かったな」


そう言ったお父様は少し寂しそうに見えた。

確かにこれまでの私なら、寝たきり生活なんて、2日目には外に飛び出してまた悪戯をしていただろう。そしてその悪戯をすべて妹に擦り付け、自分は外に出ていないと言い張り、私のことを信じてくれないなんて!と言ってお父様を困らせただろう…容易に想像がつく。たまたま私を見かけたメイドさんがそれをお父様に伝えようものなら、そのメイドさんを撤退的に虐めるまでが1セットの可能性もある。もしくは体調不良で癇癪を起こし、あれが欲しいこれが欲しいとメイドさんを困らせる等、大人しくしている姿は想像できない。

親から見ると元気で明るいといえばそうかもしれない。何しろ特にお父様に対しては悪事は上手く隠していたのだから。娘を溺愛するあまりフィルターのかかってしまったお父様の目にはお転婆な可愛い女の子に見えていたのだろうか。


「お父様は、イザベラが大人しいと寂しいですか?」


「そんなことないさ」


「よかった。私もう危ないことはしないと決めたのです。もうお父様とお母様とシャルを悲しませたくないから…」


シャルは妹のシャーロットの愛称だ。

一昨日、私の部屋に本を持って訪れたときにそう呼ぶ許可を貰った。嬉しそうだったので、シャルも姉の私と仲良くしたかったんだろうとわかった。お姉様は少し雰囲気が変わりました、と言うので、頭を打ったみたいで少し記憶が曖昧なの、と笑って誤魔化したら、昨日は歴史の本を持ってきてくれた。気の利く子だ。


「全部を我慢しなくて良いんだよ。でも今日は久しぶりの外だから、お屋敷からは出ないようにね」


「わかりました」


「それから、今日はハロルド殿下がいらっしゃるそうだ。私も帰ってくるが、昼過ぎだと思うから、元気があれば顔を見せてくれるかい?」


「ハロルド殿下が…。なんのご用でしょう?」


宰相であるお父様に用があるならわかるけど、お父様はお仕事でお城に行っているから、わざわざ家まで来られる理由がわからない。


「イザベラが怪我をしたとき居合わせていたから、お詫びがしたいと仰って下さってね。イザベラとも直接話をしたいからと、元気になるまで待っていただいていたんだ」


「そんな…私が悪かったのに、お詫びだなんて。むしろ私がご迷惑をおかけしてしまったことを謝らなくてはなりません」


「うん。元気な姿を見せれるよう、お庭遊びも程々にね」


「…はい」


お父様はイザベラを頼むよ、と壁際に立っていたルージュに声をかけて部屋を出ていった。

ハロルド殿下と会うのか…憂鬱だ。

挨拶の練習をしておいた方が良さそうね。記憶が戻る前なら喜んでいたかな?いや、違うな。確かハロルド殿下はお父様宛に何度かこの屋敷に訪ねてこられたことがあった。その時イザベラは何かと理由をつけて顔を会わせないようにしていた。

何故ならセントフォード公爵家といえば、男が生まれれば宰相や騎士に、女が生まれれば王子の婚約者にと言われていた。

国で一番古く大きな公爵家である。王族とも関わりが強かった。

ここ数世代はお互い男家系が続き、最後に王族に嫁いだのは曾祖母様だったと聞いたことがある。待望の女の子だったんだろうと、そして年の近い王子の相手にと期待されていたことが推測できる。

でも王子様の婚約者…ましてや王妃になんかなってしまえば、もう自由に遊んだり悪戯したりできないだろうし、イザベラは公爵であることに満足していた。意地が悪いことに子爵や男爵のご令嬢を虐めて楽しんでいたし、王族はやらなければいけないことが沢山あり求められる矜持も公爵とは段違いだ。それが嫌だったんだ。

そして多分、イザベラが嫌がって逃げているのがわかっていたからお父様も無理強いすることがなかったんだわ。でなければもっと御近づきになっていてもおかしくない。先日のお茶会で初めて会うだなんて遅すぎる気がする。


ハロルド殿下にはまだ婚約者がいない。

普通の貴族でさえ10歳を前に婚約者がいることもあるに、13歳になったハロルド殿下に婚約者がいないのは不思議だ。

ハロルド殿下もはやく別の公爵家のご令嬢か隣国のお姫様とでも婚約者すればいいのに。

この国では貴族は政略結婚が殆どだが、王族には割りと恋愛結婚が許されていた。結び付きの強いセントフォード公爵家が一番仲良くなることも多かったが、どうしても合わなければ他の貴族のご令嬢と婚約されることもあったようだ。それに、セントフォードに女の子が産まれないこともある。

今の王様──リチャード・オブ・ウェルズ陛下は、隣のロクタリーヌ国の四番目のお姫様だったレイチェル様と結婚されている。なんでも、同盟を結んで直ぐだっため隣国に留学されていたリチャード陛下がレイチェル様に一目惚れして、帰国するときにはもう婚約して二人で帰ってきたらしい。

お互いの国の王族の子供を一人ずつ留学させ合うのは今も続いていて、この国にいま王子は二人いる。来年学園に入学する年であるハロルド殿下と、1歳下のチャールズ殿下。二人とも優秀で、でも二人とも婚約者がいない。どちらを留学させるのかはまだ公にはされていない。もしかしたら、学園に通い初めて、それでも婚約者が決まらなかった方を留学に出すのかもしれない。

シャルが持ってきてくれた歴史の本に書いてあったのと、ルージュが街の噂話を教えてくれた。ルージュは物知りだった。





部屋で朝食をとった後に少し挨拶の練習をして、1階のテラスから庭に出た。


「うわあ、凄く綺麗ね!」


「はい、奥様のお庭でございます。」


一度振り返ってルージュに声をかけると、ルージュも嬉しそうに微笑んでいた。

窓から見える範囲だけでも、立派なお庭だとわかってはいたが、目前に広がる色鮮やかな景色に思わずうっとりした。きっとこのテラスでお花を見ながらお茶会したりするんだろう。なんて贅沢なんだ。

前世では、マンションの小さな部屋に暮らしていたから、狭いベランダではあまりお花を育てたりできなかったのよね。それに仕事が忙しくて家に帰れないこともあったから、小さなサボテンくらいしか育てられなくて。本当はたくさんお花を育ててみたかった。記憶を思い出すまではお花なんて全然興味がなくて、気にしていなかったけれど、お母様が大切にしてるお庭は凄く綺麗だわ。

あんまり詳しくはないから、名前がわからないのが残念。テラスを出て目前まできてみても、何の花なのか見当がつかなかった。紫の小ぶりの花に顔を近付けると良い匂いがした。


「ハーブの一種かしら?あ、向こうに見えるのはきっと薔薇だわ!素晴らしいお庭ね!ルージュはお花の名前に詳しい?私わからないものが多くって…せっかくだから名前を覚えたいわ」


「それでしたら、植木の近くに庭師のジョージがいるでしょうから、尋ねてみてはどうでしょうか?」


ルージュの示す方へ進むと、植木の手入れをしているお爺さんと男の子がいた。二人とも見覚えはあるのだけど、名前に覚えがなかった。

二人は近付いてくる私達に気付いて作業の手を止めてしまった。怪しむような、訝しむような視線を感じる。おそるおそる挨拶をすると、驚いた顔をしながら、お爺さんが挨拶を返してくれた。


「こんにちは、庭師のジョージ、さん、ですか?」


「イザベラお嬢様、こんにちは、どうされましたか?」


「あの、私、お花の名前がわからなくて、宜しければ少し教えてくださると嬉しいのですが…お仕事の邪魔になるでしょうか?」


ジョージさんは更に驚いた顔をした。

その横では男の子が眉を潜めながら、一体何を企んでいるんだと疑うような顔をしていた。

その2つとも、ここ何日かでよく見る表情だった。散々、私の我儘に振り回され迷惑を被っていたのだろう。私が敬語で喋るだけで、お礼を言うだけで、その度に驚かれた。ルージュはここ数日ずっと近くにいるからもう慣れたのか今では驚かれることもない。ただ、嬉しそうに微笑んでくれる。


「ジャック、お嬢様に教えて差し上げなさい」


「えっ」


濁点がついてるように聞こえた。


「あの、ごめんなさい。お邪魔でしたら、またの機会にお願いしますね」


「いえいえお嬢様、大丈夫ですよ。ほら、行ってこい」


「わかりましたよー」


作業用の手袋を外してお尻のポケットにねじ込みながら、男の子がこちらに近付いてきた。もう片方の手で帽子を深く被り直すように、軽くお辞儀をした。


「ありがとうございます。宜しくお願いしますね?」


「で、どこの花を見るんだ…ですか」


「あちらのお母様のお庭なんですが」


「ああ、あそこは、一番綺麗だからな」


少し微笑んだ気がした。

ジョージさんにもお礼を行って、ジャックさんについてきてもらった。


「ジャックさんは、お花のこと…」


「やめろよ、気持ち悪いから、ジャックでいいよ」


「じゃあ、ジャックは、お花のこと詳しいの?」


「そりゃ毎日世話してるからな」


ジャックは本当に植物に詳しかった。お花だけではなく草木の名前も、薬になる葉や、毒を持つ根等その効能も教えてくれた。よーく見ないとわからない違いも細かく教えてくれる。

メモ帳を持ってくるべきだったわ。


「すごいわ!まだ子供なのにこんなに詳しいだなんてジャックは賢いわね」


「なっ…!子供扱いすんなよ!これでもお嬢…様より、1つ上なんだからな!」


「ふふ、そうだったわね、私も子供でした。ごめんなさい」


記憶が蘇ってから、ついつい、自分が13歳だと言うことを忘れてしまう。メイドのルージュだって19歳だと聞いてからは、可愛い後輩みたいに思えてしまった。ジャックは14歳だから、中学生くらいか。この年で働くなんて、勉強する暇がないんじゃないかと思ったけど、お仕事に関しては凄い知識量ね。


「ジャック、時々こうして、お花のことを教えて貰えないかしら?」


「いいけど、急にどうしたんだ?今までのお嬢様だったらむしろ…」


「お庭を荒らしたりしてた?」


「あ、ああ…だから、俺、今日も何か悪いこと考えてるんじゃないかって思っちまったんだけど」


「そうよね、本当にこれまで迷惑ばかりかけてごめんなさい」


「いや、その、俺よりも、爺が悲しんでたよ。せっかく綺麗に咲いていたのにって」


「本当にごめんなさい。私、悪い子だったって自覚があるの。過去は変えられないけど、もう我儘言わないって、むしろ皆を笑顔に出来るような人になりたいって思ってるの。だから、お母様が大切にしてるお庭をお手伝いして、引き継げるくらいにならなきゃと思って…。それでお部屋で本を読んだけど、やっぱり実物を見て学びたいと思って、だから、協力してくれないかしら?」


「…ふっ、噂は本当だったんだな。お嬢様が人が変わったって。俺は口も悪いし爺みたいに丁寧に教えられる気はしないけど、お嬢様が飽きるまで付き合ってやるよ」


「ふふ…じゃあ、"ずっと"だね。約束よ」


小指を見せると、照れながらもジャックも小指を出してくれたので指切りをした。可愛い弟が出来たみたい。あ、今の私からしたらお兄さんか。

毎週土曜日に、今日と同じくらいの時間に会う約束をして、ジャックとはわかれた。そろそろ戻らないと行けないだろうし、私も午後に備えてはやめに戻って昼食を食べないといけない。今日はお部屋じゃなくてホールで食事をとってもいいとルージュが言った。シャーロットも一緒だというので、楽しみにしていたのだ。午後からハロルド殿下に会わないといけないし、着替えてから食事をとることにした。





ドレスの着替えは大変だ。

ルージュ達が全部やってくれるから私は何にもすることはないんだけど、両手を広げて立っているだけでも長い時間だと疲れるし、コルセットをつけるときはお腹が苦しい。もっと簡単に着られる軽いドレスはないのかと聞いたら、これが一番易しく、お茶会や夜会の時のドレスはもっと凄いと笑顔で諭された。

イザベラがお茶会を嫌がっていたのにも少しだけ共感できる。

今でも苦しくてご飯があまり食べられないのに、せっかくのお茶会でもお菓子を食べる余裕なんかないんじゃないだろうか。カップを持つ手が震えてお茶を溢してしまうところまで想像できた。

着せられたドレスは淡い緑のフリルとレースがふんだんに使われたパフスリーブのドレスだ。横目で大きな姿見鏡を見る。

綺麗なブロンズヘアーに、左右で違う瞳の色。左目がお父様と同じ緑色で、右目がお母様と同じ灰色をしている。両目で目の色が違うのはこの国ではそこまで珍しいことではないらしい。だけど多いわけでもない。

顔立ちは両親に似てかなり整っている。切れ長の目が少しキツそうな印象を持たせるが、大人っぽい美人だ。記憶が戻って初めて鏡を見たときはモデルさんかと見間違える顔に驚き、そして嬉しかった。普通にしてさえいれば家柄もしっかりしてるし政略結婚くらいできるだろう。まあ、この顔で以前のように我儘悪戯ばかりしていたら、将来は確実に悪女役だったろうな。




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