4.忍び寄る影
――エリフィナ近郊、魔王軍支部。
光の差し込まない樹海とも呼べる場所に、それはあった。
オークたちは各々に酒を呑み、肉を貪り、果てには捕らえてきた奴隷に乱暴を行っている。下卑た歓声と悲鳴が木霊する中に、この支部のボスたる魔族がいた。
「げへへへへへっ! エルフの村では思った以上の成果があったな!!」
その名もオークキングのゴウザーク。
他の魔族よりも一回りも二回りも大きなその身体を大樹に預け、酒を樽からそのまま飲み干す。赤らんだ顔には、イヤらしい笑みを浮かべていた。
ゲップをしながら、配下のオークから差し出された肉を受け取る。
「ゴウザーク様の力は四天王にも届くと言われていますからね! オイラたちも誇らしくて仕方ないですぜ、一生ついて行きます!!」
「がっははははははははっ! そんなに褒めるんじゃねぇ! がはは!」
部下の太鼓持ちがそう言うと、気分を良くしたのかゴウザークは笑った。
しかし、すぐに真剣な表情になる。その理由というのは、先日魔王城からあったある報せがが原因であった。それを思い出したのか、オークの王は舌を打つ。
「それにしても、思わぬところで昇進のチャンスが巡って来たわけだが――こんな辺境に、最弱とはいえ元四天王サマが来るわけねぇんだよな。けっ……!」
話にならないぜ、と。
ゴウザークはそう漏らしながら、肉を丸呑みした。
目の前までやってきた夢の四天王の座。それが、チャンスもなく他の者の手に渡るであろうことが悔しくて仕方がなかったのだ。その憂さ晴らしに、もう一度エルフの村を襲おうかとも考えたが――しかし、そこで一つ引っ掛かることを思い出す。
「おい、そういやエルフのガキを追いに行かせたブルたちはどうした?」
それは、数日前のことだった。
エルフの村に襲撃をかけた時のこと。部下の三体に、逃げ出したエルフの少女を追跡させたのであった。しかし、今になって気付いたが――その三体からは、なにも報告がない。それどころか、帰還したという話すら聞かない。どういうことだと、ゴルザークは近くの部下を睨んだ。
「ひぃっ……じ、実はゴルザーク様に報告しなければならないことが!」
「あぁん、報告だ? けっ――下らない話だったら、どうなるか分かってるな?」
彼のその言葉に、部下のオークは震え上がる。
しかし、どうにかこうにか口を開いて声を絞り出した。
「じ、実は……その、ブルたちは人型の魔族にやられて、現在治療中です」
「あぁ!? 人型の魔族だぁ!?」
「ひぃぃっ!」
すると、まるで恫喝するようにゴルザークは声を上げる。
「人型の魔族に遅れを取るだなんて、オークとしての誇りはないのか――ん? ちょっと待て。その相手ってのは、本当に人型だったんだよな……」
だがすぐに何かに気付いたのか、声のボリュームを下げた。
そして、部下のオークにそう確認する。問われた者はもはや声も発せられず、無言で首を縦に振ることしかできなかった。
そんな部下たちの様子など知らぬといった風に、オークの王は顎に手を当てて考える。そのまま数秒の間があり、やがて――ニヤリと口角を吊り上げた。
「これはもしかしたら、チャンスが向こうからやってきたかもしれねぇな……」
小さく呟き、立ち上がる。
呆然とそれを見上げる部下に、ゴルザークはこう指示を出した。
「よし、それならもう一度――エリフィナに向かうぞ!」
◆◇◆
俺とミレイナは、エリフィナにある花畑で談笑していた。
この村にやってきてかれこれ数日経つ。そのためか、周囲の他のエルフたちも俺を受け入れてくれるようになっていた。こうやって村の草木や花に触れても、別段なにも言われなくなったのがその証拠。徐々にであるが、俺も肩の荷が下りてきたように思えた。
「見てください、レクロムさん! お花の冠です!」
「ほ~、上手く作るモノだな。それ、もしかして――」
「――はい! レクロムさんへのプレゼントですっ!」
ミレイナとも、かなり打ち解けてきたように感じる。
この花冠もそうだけど、スキンシップも多くなり、最近では俺にべったりだ。なんでも彼女には家族がいないらしく、俺のことを兄のように思っているのでは、とのこと。その話を聞いては、俺も彼女のことを無碍には扱えなかった。
「ありがとう、ミレイナ」
「えへへっ! どういたしましてです!」
頭を撫でてやると、まるで猫のように目を細める少女。
その姿を見ているとどこか心が和んだ。まるで、本当の兄になったかのように。
「あの、レクロムさん。お願いがあるんですけど、いいですか?」
「ん? どうしたんだ、急に」
さて、そうしているとミレイナがモジモジとしながらそう言ってきた。
俺は首を傾げて、訊ね返す。すると少女はふっと、一度息をついて――。
「――もし、良かったら。わたしを旅に連れて行って下さいませんか?」
そう、口にした。
俺は声を発することも出来ずに、彼女を見つめる。
ミレイナはそんなこちらをジッと見つめて、こう続けた。
「わたしのお母さん、どこかの奴隷商に連れて行かれたらしいんです。それを追いかけて、お父さんも村を出て行ってしまいました。わたしは、二人を探したいのです」――と。
それは、想像以上に過酷な生い立ちだった。
俺は何も返せずに、静かにうつむくことしかできない。
「ミレイナ――」
「――なぁんて! そんなの無理ですよね。気にしないでください、嘘なので!」
それでも、俺がなんとか声を絞り出そうとした瞬間だった。
少女はあっけらかんとそう笑ったのである。
「嘘……?」
「はい、嘘です。大丈夫ですよっ!」
こちらの問いかけに、ミレイナはとても明るく答えた。
だけど、その表情はどこか無理をしているように思えてしまう。
彼女の口にした言葉は、どこまでが本当で、どこまでが嘘なのか分からなかった。それでも俺には、彼女の言葉が――。
「――さて。そろそろ帰りましょう! レクロムさんっ!」
しかし、その思考を遮るようにしてミレイナは立ち上がった。
そうだな。この話は、また今度にしよう。
「それじゃ、帰るか――」
思いながら、俺も立ち上がった。
その時だった。
「――きゃああああああああああああああああっ!?」
村の入り口の方から、女性の悲鳴が聞こえてきたのは。
俺とミレイナは、突然のことに肩を弾ませる。
「マスター。今のは……」
すると、これまで空気を読んで黙っていたアディアがそう言った。
俺はその声に頷き、駆け出す。嫌な予感がした。
「待って下さい、レクロムさんっ!」
「ミレイナはそこで待ってろ! すぐに戻ってくるから!」
追ってこようとする少女にそう言って、俺は前を向く。
平穏な日常に起こった異変。
それに俺は、若干の焦燥感を抱いていた――。
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