3.選択の理由
「レクロムさんっ! 見てください、こんな大きな魚が釣れました!」
「おぉ、凄いな。こっちも負けてられないな」
「えへへっ!」
ミレイナは一匹の魚を示しながら、満面の笑みを浮かべた。
俺はそれを見て、やや大げさに感嘆の声を上げる。しかし少女にとってはわざとらしさなど関係なかったらしく、照れくさそうに笑うと走って行ってしまった。
そして、ジッと集中した表情で釣り糸を垂らすのである。
「意外と、面倒見がいいんですね。マスター」
「そんな風に言うなよ。別に、特別なことしたわけじゃないだろ?」
その様子を眺めていると、腰元の聖剣がぽつりとそう言った。
少し心外だと思いながら俺は、自分の釣りに集中する。けれども、アディアの話はまだ終わっていないらしく、続けざまにこう言うのであった。
「面倒見がいいと言えば、魔王軍との戦いを選ぶなんて思ってもみませんでした。先日、自分は魔族と敵対したいわけじゃないと、仰っていませんでしたか?」
「あー……」
その言葉に、俺は言葉にならない声を漏らす。
たしかに言っていた気がするが、今回ばかりは事情が異なるのだ。それをいかに説明しようか、それについて考え込む。すると思い出されるのは、一昨日の長老との話だった――。
◆◇◆
――エルフの長老リガドは、俺を勇者と呼び頭を下げた。
その姿や仕草は、すでにすべてを知っているかのようにも思われる。けれども、その小恥ずかしい呼び方はどうにもなれなかった。
だから、首を左右に振って言う。
「勇者なんてやめてくれ。そんなの成り行きで、何かの間違いでなっただけなんだ。普通にレクロムって呼んでくれたら、それでいい」
「ほっほ、そうですか。では、レクロム殿――お話よろしいかな?」
リガドはそう言うと再び椅子に腰かけ、俺にもソファーに座るよう促した。
こちらが座るのを確認すると、こう切り出す。
「さて。その聖剣様をお持ちということは、貴方は勇者様に相違ないはず――なにか他に、疑問をお持ちなのですかな?」――と。
それに俺は大きく頷いた。
「あぁ、分からないことばかりだ。そもそも、俺は魔族――どうして勇者に選ばれたんだ。それについては、なにか分かるのか?」
「ほっほっほ。おかしいことを仰りますな」
「え……?」
こちらの質問に、リガドは笑った。
首を傾げていると、老エルフは静かにこう言う。
「レクロム殿――貴方からは、神々のそれに近い力を感じます。ご自身でそのことに、お気付きないということですかな?」
それを聞いて、俺は眉をひそめた。
「神々の、力だって……? ――魔族の俺が?」
「左様です。そこに種族など関係ない。要は素養の問題なのですからな」
訝しむこちらに、何てことはないといった風にリガドは答える。
そして問題はここからだ、と。そう言いたげに手を顔の前で組むのであった。
「ここから先のことは、儂にも分かりません。おそらくは聖剣――アディア様と旅を続けていれば、自ずと答えは出るでしょう。今はそれよりも……」
彼は重たい眉を持ち上げ、青い目でちらりとこちらを見る。
「……この村の近くにあると云われる、魔王軍の支部について話し合いましょう。レクロム殿も、そのつもりでここへやってきたのでしょう?」
「……………………」
その言葉に、こちらは頷くしかなかった。
どうやらこの老エルフ――なかなかに出来る人物のようだ。
こちらの考えていること、それを的確に言い当てるのだから。しかし、ならば話が早いと、俺はリガドに自分の意思を伝えることにした。
「魔王軍の一件、俺に任せてはもらえませんか?」――と。
◆◇◆
「まさか、ご自分から魔王軍討伐を申し出るとは思いませんでした。いったい、どんな心変わりですか? なにか、変なモノ食べましたか?」
「お前、だんだんと言葉に遠慮がなくなってきたな……」
アディアの態度に思わずツッコみを入れながら、俺は改めて考える。
どうして、自分から魔王軍の討伐を申し出たのか、を。
「……ただ、魔族の悪事は魔族で処罰しないといけない、って思っただけだ」
「ふむ。その心は?」
こちらの言葉に、重ねてそう言う聖剣。
俺は少しだけ黙ってから、言葉を選びつつこう答えた。
「魔王様が言ってたんだ――『侵略とは相手の心を掴むモノでなくてはならない。暴力に訴えてはならない。相手を魅了するだけの希望を与えてこそなのだ』ってな。だから俺は、この間の奴らのやり方は許せない……ただ、それだけなんだ」
あのやり方は間違えている。
あんな力づくで略奪するのは、魔王様の理想とする侵略ではなかった。
だから、出来るなら同じ魔族の俺の手をもってして、それを収めなければならない。ただ単純に、そう思っただけだった。それを勇者として祭り上げられるのは本意ではなかったが、仕方ないことだと割り切るしかない。
「……なるほど。マスターの考えは、理解致しました」
こちらの話を聞いて、アディアは納得を示した。
そして、切り替えるようにこう言う。
「魔王軍支部の在り処は、エルフの皆様が探してくれるとのことです。なので、私たちはしばしの間、この村でゆっくりとすると致しましょう――あ、それと!」
「……ん、どうしたんだ。まだ何かあるのか?」
今後の方針が決定したところで、聖剣はなにかに気付いて叫んだ。
俺はそれに生返事を返す。すると、アディアは一言。
「――さっきから、竿がもの凄くしなってますよ?」
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
俺は驚き、大慌てで釣竿を手に持つのであった。
エリフィナでの日々は、そうやって過ぎていく。
それは俺が魔王軍を離れてから訪れた、初めての平穏と言って良かったのかもしれない……。
面白ければ、ブクマ等。
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