1.エルフの少女
最初の村――アレガを出て、数時間が経過した。
俺とアディアは、ひとまず魔王城がある北へ向かう。アレガ村で貰った地図によると、現在地は世界の中央にあるという人間の王都ガリアを挟んで真反対。南方の地域でも、最も辺鄙と言って良い場所であった。――呆然自失で歩いたとはいえ、ずいぶんと遠くまできたものである。
「それで、まずはガリアを目指すのでしたよね?」
そんなことを考えていると、アディアが今後のことについて確認してきた。
俺はその言葉に再度、地図を広げて答える。
「あぁ、そうだな。世界の中心と言われるぐらいだし、情報収集も出来るだろ」
「そうですね。ところで、一つご提案があるのですが――」
すると、聖剣はさらに重ねてこう言った。
「――各地の魔王軍の拠点を潰しながら、というわけにはいきませんか?」
「は……?」
俺は思わず、間の抜けた声を発してしまう。
そして視線を腰の方へと運び、その声の主であるアディアを見た。
聖剣は至極真っ当な意見を提示した、と言わんばかりの表情――もちろん顔はないが――をしている。こちらの回答を今か今かと待っている、そんな風だった。
けれども、こちらとしてはそんな意見聞けないわけで……。
「却下に決まってるだろ。お前、俺が魔族だってこと忘れてないか?」
当然、こうなった。
俺はあくまで魔王城に行きたいだけであって、魔族と敵対しているわけではない。ガナンとは少なからず因縁があったから戦闘になったが、関係ない奴と争う気はなかった。でも、アディアは融通が利かないらしく――。
「――私は神に創られた聖剣ですよ? その立場も考えてください」
そんなことを言うのであった。
あまりの強情っぷりに、俺はどうしたものかと頭を掻く。
しかしコイツをここに置いていくわけにもいかないし、とりあえずこの話は保留にしよう。そう思った時だった。
「助けてっ、助けてくださあああああああああああああいっ!」
「ん、悲鳴……?」
木々の生い茂る森の中に、絶叫が響き渡ったのは。
俺は首を傾げながら地図を仕舞った。
「声からして、少女のものでしたね」
淡々とした口調でアディアがそう分析する。
それに頷きながら、俺はひとまず道を外れて声のした方へと足を運んだ。
別に無視しても良かったのだが、それをしては良心の呵責に耐えかねないと思った。それに腰にぶら下がったコイツが、後で何を言うか分かったモノではない。
そんなわけで、声のした方へと舵を取った。
すると獣道の奥に見えたのは――。
「ひっ、だ……誰かっ……!」
「ぐへへへ。コイツはなかなか上等な小娘だな」
「エルフの子供――慰み物にするのも、悪くねぇ……!」
――一人のエルフの少女。
それと、それを取り囲むオークの群れだった。
その数は三体。大きな樹を背にした少女を三方から攻めていた。
少女の方はと言えば、背丈はオークたちの半分にも満たない。手には宝石をはめ込んだ杖を持っていたが、あそこまで距離を詰められては魔法を唱えることも出来ないだろう。そのように思われた。
「だ、誰かっ……!」
――ジリ、と。
オークが距離を詰めるたびに、少女の表情が恐怖に歪んでいった。
それを見て、真っ先に声を上げたのはアディア。この聖剣は周囲に大きく響き渡るような声で、こう叫ぶのであった。
「そこの魔物たち、待ちなさい! その少女に手を出したら、この方が黙っていませんよ!!」――と。
……ちょっと待て。
今、この聖剣もの凄く余計なこと言わなかったか?
「あぁん? なんだ、人型がなんの用だってんだ?」
だがしかし、そんなことを考えている間もなく。
三体のオークは、その巨体を揺らしてこちらにやってきていた。
「珍妙な剣を持ってやがるな。これも献上品にするか?」
「あぁ、それがいい」
そして、いつの間にやら俺のことを取り囲む。
近付いてみると良く分かるのだが、オークはやはり大きかった。
人型として平均的な背丈の俺だが、そんなこちらより一回り大きい。筋骨隆々としたその肉体は、威圧感たっぷりだった。まぁ、それでも――。
「何だか、面倒なことになったなぁ……」
「大丈夫です。戦闘能力値は、マスターの半分にも足りません」
――力量差は、火を見るより明らかだったわけだが。
アディアのその一言がまたも癪に障ったらしい。オークたちは、一斉に俺へと攻撃を仕掛けてきた。それをひとまず回避しつつ、俺は彼らに言う。
「こうやって、末端の奴らが悪さするから魔王軍は評判悪いんだよ」――と。
大きくため息をつきながら。
元部下に当たる魔物たちに制裁を加えることにしたのであった――。
◆◇◆
――時間にして僅か数分。
アディアを使用する必要もなく、オークたちは山となっていた。
殺しはしない。とりあえず鉄拳制裁、ということで片を付けることにした。気を失っているだけなので、そのうち勝手に起きるだろう。
もっとも、アディアさんは不満げな雰囲気であったが……。
「まぁ、それは置いておいて。大丈夫か?」
俺は聖剣を無視して、エルフの少女に歩み寄った。
そして、優しく手を差し出す。
「あっ……」
すると少女は、小さく声にはならない音を発した。
どうやら恐怖で一時的に失声しているらしい。それなら仕方ない。
そう思って俺はひとまず、怪我がないか彼女の身体を確認することにした。そして、その時になってようやくそのエルフの少女の容姿に目が行く。
見れば、本当に美しい少女だった。
軽くウェーブのかかった金の髪に、円らな青の瞳。顔立ちはまるで彫刻や、芸術品かのように整っていた。背丈は俺の腰の少し上くらいだろうか。
身にまとうのは、やや泥に汚れた白のワンピース。逃げる途中で失くしたのだろうか、靴は履いていない。裸足だった。
「ありがとう、ございます……」
そして、数秒をかけてようやく少女はそう口にする。
こちらの手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
「お兄さんは、良い魔族――なんですか?」
「ん、まぁ。どうなんだろうな……」
次に飛び出したのはそんな質問。
俺は曖昧な回答をして、お茶を濁すことにした。
ここで元魔王軍だ――なんて言ったら、また面倒くさいことになる。それだけは本当に時間の無駄なので、勘弁してほしかった。
「あ、あのっ!」
さて、そんなことを考えていると、だ。
少女はどこか慌てたようにこう言うのであった。
「わたし、ミレイナっていいます! お願いです――」
それは、少しばかり予想外なこと。
「――わたしの村。エリフィナを助けてくださいっ!」
エルフの村からのSOSだった……。
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