3.一方その頃、魔王城では。
一方その頃、魔王軍では……。
「おい、ガイナ! 予算資料はどこに行った!?」
「右上の棚の中になかったら分からないよ!!」
「む――スペルを間違えた」
魔王城のとある執務室。
そこではレクロムを追い出した他の四天王が頭を抱えていた。
理由は単純である。今までレクロムに押し付けていた事務仕事や雑用が、自分たちの足元に転がってきたためであった。処理能力がそこまで高くない三名は、てんやわんや。右へ左へ、上へ下への大騒ぎだった。
「くそぅ、資料は……これも違う!?」
特に目を回していたのは、有角魔族のリグレス。
三名の中で最も立場が上の彼は必死に指示を飛ばすが、これが思ったようにいかない。予算資料は探してもどこにもないし、何より戦闘力至上主義のリグレスにとっては、予算の計算など出来なかった。しかしやるしかないと、必死に良くない頭を使う。
「あぁ、もう! あれもこれも面倒くさいっ!」
そして次に、何故か憤慨していたのは有翼魔族のガイナ。
彼女は基本的に細かいことが出来ない、あきっぽい性格をしていた。そのため、やる仕事がどれも雑。数はこなしているのだが、そのほぼすべてに不備があった。結果として、それがリグレスの気を逆立てるのであるが、そんなことに気を割ける彼女ではない。
「む――またスペルを間違えた」
最後に、最も役に立たないのは三つ目魔族のニール。
淡々と仕事をこなしているように見えて、彼の作業速度はまさしく亀のそれだった。しかも頻繁にスペルを間違える。魔法をそらんじるのは得意だが、どうにも書くのは苦手らしい。そして、間違えるたびに他二名からのツッコみが飛んでくるのであった。
「む――またもやスペルを間違えた」
「ニール、アンタどんだけ紙を無駄にすれば気が済むのよ!?」
「それはお前も同じだ、このお転婆ガイナ!!」
「なんですってぇ!?」
そんな感じで。
今の魔王軍四天王は、とても機能しているとは言えなかった。
この他にもレクロムがやっていた仕事はたくさんある。領地の魔族が抱える問題の解決であったり、人間側への侵略の作戦資料作成であったり……。
それらはトップである魔王を支えるためのモノ。
そして、その事情をすべて事細かに記憶しているのはレクロムだけだった。
「……いかん。言い争ってる場合じゃねぇぞ」
「そうね。魔王様が起きてくる前に、仕事を片付けないと――」
「――む。書けたぞ」
リグレスとガイナが話していると、ニールがやっと一枚の書類を完成させる。
思わず無言になる二体の魔族。しかし、あまり時間はなかった。
早くしなければ、主が目覚めてしまう。それまでに――。
「――どうした。今日はやけに騒がしいな、それにレクロムはどうした」
と、そう二人が思っていた時だった。
主である魔王――ゲイナーが執務室に入ってきたのは。
漆黒のマントを羽織って、ナイトキャップを被ったゲイナー。長身痩躯、金髪の美男子である彼は、その血のような赤い目をこすりながら大あくびをした。
四天王たちの間に緊張が走る。
何故なら、普段の魔王の起床時間よりもかなり早かったからだ。
完全に夜型の生活を送っているゲイナーは、この昼下がりの時間帯にはまず起きてこない。そう思っていた三名は、息を呑むのであった。
さらに、魔王はレクロムの不在を問いかけている。
それに対して、いの一番に反応したのはリグレスだった。
「いやぁ……レクロムの野郎、どうやら体調不良らしくて~……」
が、完全に視線が泳いでいる。
苦しい嘘だった。そもそも何故に彼がこのような嘘をついたのか。
その理由は、それを聞いたゲイナーの反応を見れば一目瞭然であろう。
「む? 珍しいな。では、レクロムのもとに見舞いの品を持っていかねば……」
そうだったのである。
レクロムの追放は、魔王の指示ではなかった。
というのも他の四天王による独断であり、無許可のもの。すなわち、勝手に彼のことを不必要と切り捨て、組織の機能不全に陥っているのであった。
だから、ゲイナーにはバレてはいけない。
そう思ったリグレスは、大慌てでこう言うのであった。
「あぁ、それは大丈夫ですよ! 俺らが見舞いに行ってきます。魔王様に風邪を移したら申し訳ないって、レクロムの野郎も言ってましたから!!」
「そうですよ、魔王様! 今日はゆっくりとお休みくださぁいっ!」
ガイナも同調する。
そして、ズイズイと魔王のことを部屋の外へ押しやるのであった。
「そうか? ならば、仕方ないな。それにしても、四天王が各々を思いやれるのは素晴らしいことだ。そのまま、力を合わせて侵略を進めるのだぞ」
「はははぁ~……分かりましたぁ……」
すると魔王は意外にすんなりと納得して部屋を出ていく。
リグレスは手を振ってそう言いながら、苦笑いを浮かべていた。そして――。
「――どうする。ヤバいぞ」
主に確実に届かない小声で、他二名にそう言う。
ガイナとニールは彼に近寄り、同じような表情を浮かべた。
「どうするの? 魔王様には、事後承諾って思ってたけど……」
「……む。どうやら、快く思われなさそうだな」
「あぁ、そうだな。どうしたものか……」
三名は悩む。そして、そのまま小一時間が経過した。
そうやって出た答えは、以下の通り。
「魔王様に気付かれる前に、始末するしかないな」
「そうね。それしかないわ」
「む、了解した」
なんとも魔族らしい、力技であった。
そんなこんなで、三体の魔族は各々の配下に指示を出す。
『元四天王、レクロムを打倒せよ』――と。
同時に、それを為した者を『次の四天王に加える』とした。
果たして、魔族総出によるレクロム包囲網が形成されたのである。
しかし、それを当の本人と魔王が知るのは、先の話なのであった――。
もしよろしければブクマ等。
応援よろしくお願い致します!!
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