2.覚醒
『レクロムよ。お前は、この花を見てどう思う?』
『花――ですか?』
魔王城の中庭。
そこに、魔王様と二人でいたことがあった。
その時ふいに、彼は俺にそう訊ねたのだ。庭に咲く一輪の花にかしずきながら。しかし俺にはその意味が分からず、どうにも首を傾げてしまうのだった。
『美しい、愛らしい……でしょうか』
『はっはっは! やはり、お前は面白い!』
『えっ――!? 俺……じゃない。私、なにか変なこと言いましたか!?』
すると、魔王様は大きな声で笑ったのである。
俺はそれに驚き、目を丸くした。そんなこちらに対して、彼は――。
『――その感覚。とても魔族のそれとは、思えないな』
そう小さく言う。
立ち上がり、こちらを振り返った。
そして肩越しに一輪の花を見つめて、こう語ったのである。
『私は、この花を見て可能性を感じるのだ』――と。
俺はそれを聞いて、また首を傾げた。
『可能性、ですか……?』
『あぁ、そうだ。この一輪の花は、あるいは殺風景なこの中庭を埋め尽くす子を成すかもしれない。または、そうならないかもしれない』
『は、はぁ……』
彼の言葉に、周囲を見渡す。
そこに広がっていたのは、魔王様が殺風景と称した空間。
たしかに、そこは光もろくに差し込まない、薄暗い場所であった。でも魔族の世界ではこれが当然の景色で、むしろこの花がイレギュラーな存在。
『………………』
そう思った。だが、どこか腑に落ちなかった。
なにか、それだけではない。そう思われて仕方がなかった。
もしかしたら魔王様が言わんとしているのは、そのなにか、なのではないか。彼の言う『可能性』とは何を指すのか、しかしその時の俺には分からなかった。
『レクロムよ。お前は可能性に満ちている――それが、私がお前を四天王に据えている理由の一つだ』
最後に、魔王様はそう口にする。
それに俺は一礼して答えた。でも、答えは出なかった。
彼の言う俺の『可能性』とは、いったい何なのだろうか。魔王軍をクビになるまで、その疑問は常に頭の中に張り付いて離れなかった――。
◆◇◆
――ガナンは戦斧を振り下ろす。
俺はそれを横っ飛びして回避。アディアを構えて、距離を取った。
「お前がいなければ、オレはすぐに四天王になれたんだ! どうして、オレより弱いお前が先に四天王になれた! ――答えろ、レクロムゥ!!」
狭い洞窟内に、彼の絶叫が響き渡る。
耳をつんざくその声に思わず眉をひそめた。
そうしていると、こちらに聞こえるだけの声を発したのはアディア。
「竜種魔族ガナン、戦闘能力値――急上昇。マスターの戦闘能力値を大幅に上回っています。マスター、ここは一時退却を」
機械的に紡ぎ出されたそれ。
そして、その忠告は正しいもののように思われた。だけど――。
「――いいや。撤退はしない、行くぞアディア!」
「マスター!?」
俺はあえて、それを退ける。
脳裏を過ぎったのは、魔王様が俺に言った『可能性』という言葉だった。
それに思ったのである。ここで逃げては、ガナンではなく俺を選んでくれた魔王様に顔向けが出来ない、と。これはきっと、越えなければならない壁だった。
覚悟を決めて、聖剣の柄を握り締める。
その直後――。
「マスター、この能力値は……!?」
――アディアの驚きの声と共に、俺の意識は加速した。
◆◇◆
アディアは戦慄していた。
自身を引き抜いた魔族――レクロムの戦闘能力値の向上に。
かの聖剣の測定するその値は、状況に応じて変化するものであった。しかし現状において、レクロムにはガナンを超えるファクターはない。そう判断した。
「あり得ない……!」
それだというのに、彼は易々とそれを覆す。
まるで、今の今まで真の力を隠し持っていたかのように。
「こんな、こんな馬鹿げた戦闘能力値――あり得ない!」
聖剣アディアは、逐一それを計測して呟いた。
自身を振るう者の底知れぬ力。それに、恐怖すら抱きながら。
これはいったいなんだ、と――聖剣は考えた。秘められていた潜在能力が、何かを切っ掛けにして開花したのか。あるいは、本当に彼は隠していたのか……。
いいや、どちらでもない。
この湧き上がるような力の感覚は、どちらでもない。
「もしかして、封印されていた……?」
そして、行きついたのはその結論だった。
彼の力は元よりそこにあったモノ。だとすれば、考えられるのはそれだ。
しかし、いったい誰が何のつもりで。
さらには、どうしてこの魔族の力はこんなにも――神々しいのか。
「レクロム、貴方はいったい……」
聖剣アディアはそう漏らした。
しかし、今の聖剣にはその答えを導くファクターが用意されていなかった。
◆◇◆
身体が凄く軽い。
これは、この感覚はなんだ? 決して、聖剣アディアからのモノではない。
俺は疑問を持つが、しかし答えは出なかった。ただそれよりも重要なのは、いま目の前にいる敵を、壁を乗り越えること。
そして俺には、その先にさらなる目的が生まれた。
それは――。
「そうだ。ここでは、終われない……!」
――もう一度、あの方にお会いすること!
いつも優しい言葉をかけて下さった魔王様に、もう一度だけ会いに行く!
どうして、弱かった俺を四天王に据えていたのか。それにもしかしたら、魔王様ならこの不思議な力の理由を知っているかもしれない。
彼の言っていた俺の『可能性』とは、いったい何なのか。
それを知るために、なおさらガナンには負けられない――!
「なんだ、おま――その力は!?」
戦斧を一振りで弾き飛ばし、敵の懐に潜り込む。
不意を打たれたように目を丸くしたガナンは、声を震わせた。そんな彼に俺は一言、最後にこう告げる――。
「悪いな、ガナン。たった今――俺には、行かなきゃいけない場所が出来た」
――と。
そして、その強靭な鋼のような胸板に聖剣を突き立てた。
刹那に断末魔が上がる。黒き塵となって消えていくガナンを見ながら、俺は聖剣に語りかけた。それは互いのこれからのために必要なこと。
「アディア――目的はそれぞれに違うけど、一緒にきてくれるか?」
こちらの問いかけに、聖剣はしばしの沈黙の後に応えた。
「えぇ、もちろん。それに、私は貴方に興味が湧きました」
「そうか。なら、よろしくな!」
それを聞いて、俺はアディアを鞘に納める。
これで決まりだった。俺はもう一度、魔王城へ向かう。
そして、確かめるんだ。
あの方の真意、この力についてを。
俺は洞窟の出口へ向かって一歩を踏み出した。
外の明かりが入ってくるそこは、まるでこれからの俺の未来を示しているようだった……。
もしよろしければ、下記のフォームから評価お願いします。
応援よろしくです!
<(_ _)>