1.初めての依頼を受けてみる
「俺が、勇者……!?」
「うむ。いかにも、その聖剣アディアを抜き放った者こそ、真の勇者」
近くの村へと招待された俺は、そこで改めてそう告げられた。
村長らしき老人は、長い顎鬚を撫でつつ嬉しそうに目を細める。周囲の人々も、なにか期待するような視線をこちらへと向けてきていた。
俺の頬を、冷や汗が伝っていく。正直、焦っていた。
何故かと言えば、俺は人間ではなく魔族だからだ。見た目こそ人型であり、身体能力も人間の平均以上というだけではある。それでも、この赤い瞳は魔族の証。
本来的には人間と対立こそすれど、救う立場にはなり得ない存在だった。
それだというのに、どうしてこうなった……!?
「勇者様! 突然で申し訳ないのですが、この村を救っては下さらぬか!」
「え、この村を……?」
と、こちらがアタフタしている間に話がどんどん進んでいく。
村長は細めていた目をカッと見開き、俺の手を握ってきた。うるうるした円らな瞳――まったくと言って良いほどに可愛くない。そんな姿に、苦笑した。
とりあえず、話を聞くだけ聞いて誤魔化そう……。
「……それじゃ、話を聞かせてください」
「おお! さすが勇者様ですじゃ!」
村人たちは、その瞬間にまた拍手喝采。
なんだろうか。良心が……。
「実はですな、この村の裏にある山――その洞窟に、魔王軍の支部がありますのじゃ。そして、そこには魔王軍四天王の一人がいるとのことでしての……」
「…………へ? 魔王軍の、四天王だって!?」
しかし、その気持ちもその言葉を聞いた瞬間に吹き飛ぶのであった。
魔王軍の四天王が、こんな辺境に? その疑問が、俺の意識を支配した。
さて、そうなると放って置くことも出来ない。俺は当初の予定を変更して、その会話に本腰を入れることにした。魔王軍とは、少なからず因縁がある。
「なんでも最近、新たな四天王に着任した、とのことでしての。今にこの村を破壊して、新たな場所に拠点を移すとのことなのですじゃ……」
「…………ふむ」
なるほど、とそう思った。
つまりは俺の後釜の魔族がいる、ということか。
そして同時に、この村には存亡の危機が迫っているということだった。これは放って置くことは出来ないなと、そう思う。個人的に、自分の後釜にどんな奴が選ばれたのかも気になった。それに、ここの村に来て、なんの間違いか勇者に選ばれたのも何かの縁だ。
助けて、恩を売るのも悪くない。
打算的ではあるが、そう思うのであった。
「分かりました。それじゃあ、行ってきますね」
「よろしくお願い致しますじゃ!」
そんなこんなで。
俺は軽い気持ちで魔王軍の討伐に赴くのであった――。
◆◇◆
――その道中のことである。
一直線に魔王軍の支部へと足を運んでいると、聖剣アディアがこう言った。
「マスター。貴方、人間ではありませんね」――と。
その声に感情はないように思えたが、しかしどこか怪しむような響きがある。
俺はそれを素直に受け止め、小さく謝罪の言葉を口にした。
「悪いな。実は俺、魔族なんだ」
「……そう、ですか」
するとアディアは何かを考え込むような、そんな色を浮かべる。
そして、しばしの間を置いてから――。
「――ですが。神の導きを感じました。貴方は勇者で間違いない」
そう言った。
それに思わず俺は吹き出してしまう。
「お前、自分の言っていることの意味を分かってるのか? さっきも言ったけど、俺は魔族だ。人型だけど、この赤い瞳が何よりもの証拠だろ」
すると、アディアは剣のくせにムッとしたらしい。
少し強めの口調でこう言い返してきた。
「私は悪くありません。何故か神の力を宿している貴方が悪い」――と。
それは、どこか拗ねる子供のようでもあった。
俺は「分かった、分かった」と、そうあやす様に言って行く先を見る。魔王軍の支部だという洞窟は、もう目と鼻の先だった。ここまで順調なのはどうにも不思議だったが、考えても仕方ないだろう。
そう思い直して、また一歩を踏み出した。
「むぅ……」
そんな、膨れっ面になったような聖剣の声を聞きながら。
◆◇◆
そして洞窟の中に足を踏み入れた瞬間だ。
肌に、ビリビリと痺れるような感覚が伝うのが分かった。
それは圧倒的な敵を前にした時、無意識のうちに覚える危機感。生存本能だと言ってしまえば良いだろうか。少なくとも、それに近い何かを抱かされた。
「これは、予想以上だな……!」
こんな辺境にいる魔族のコトだ、と。
そう高を括っていたが、それは間違いらしい。
この先にいる魔族は――どうやら、単純な戦闘能力なら俺より上。元四天王の身で恥ずかしいばかりだが、それは変えようのない事実だった。
元々、俺が魔王様に認められたのは戦闘能力ではなく――。
「――ほほう? これは、珍しいお客様だ……」
そう思っていると、奥から声が聞こえた。
地を這うようなそれは次第に近づいて、姿を現わす。
そいつは、竜種の魔族だった。
筋骨隆々な二メイルを超える肉体に、強靭な鱗を身にまとった身体。
その外見は、まさしく強者といった雰囲気であった。戦斧を背負い、一歩また一歩とこちらへ迫ってくる。俺はアディアを構え、そいつを待ち受けた。
「これはこれは、元先輩ではないですか――お久しぶりです」
「ガナン、お前だったのか……」
竜種魔族――ガナンは、恭しく礼をする。
そして、ニタリと笑った。
初めから対話をするつもりなど、ない。
そんな空気を感じさせる、不気味な微笑みであった。
「悪いですけど、古い存在には消えてもらいましょうか――ッ!」
ガナンは言って、戦斧を振り上げる。
これが、俺とアディアの初めての共闘。
そしてそれは、一つの伝説の始まりでもあった……。
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