「たいざいにん 参」
燃えろ、滾れ、我等七騎、人にあらず。我等七騎、生者にあらず。
殺せ、殺し尽くせ、憎悪の限り焼き尽くせ。快楽の限り嬲り殺せ。
我等七騎、穢れに穢れた邪悪な血を宿す者。我等七騎、原罪を犯す者。これ即ち、
────“七つの大罪”也。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!!なんでだよ……俺達死なないんじゃねぇのかよォ!」
燃えろ。
「あぎゃあぁああ!!あぢぃいいぃい!!!」
燃えろ。
「おい!おまえ!!……やめろぉ!なんだよこれどうなってんだよ!なんで、なんで既に死んでる俺達がっ!だれか、だれかぁぁ!!」
燃えろ。
「ぁぁぁぁぇぁあがぁぁあ!!!焼けるぅううぅ焼けるうぅううぅおぉおおがぁぁぁ!!」
全て、燃えろ。
ここが地獄だと?……笑わせるな。決して洗いきれない罪を犯した者、存在自体が罪だった者、生まれ落ちた時から罪を背負っていた者……
凡百異質の罪共が無様にも群がっているのが無限地獄のはず。それがなんだこの有様は。まるで自分達の罪を償っているようではないか。自分達が救われると信じているようではないか。ああ、忌々しい!貴様等にはもはや罪を償う権利すらない!
救済など夢のまた夢。本物の無限の炎に消えるがいい……
『ンン〜実にいい!貴女の炎こそ、この偽りの地獄を終わらせるに相応しい!まさに終焉の炎也!ミス・憤怒。流石です流石です。見惚れてしまいます。ンンンンン、ンン。』
「貴様等……!ここで何をしている!」
『ああぁあ???鬼の類ですか。厄介々々。私折角惚れ惚れしていたのニ………………頭に来ちゃいますンンンン!』
「あがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!やめろぉおお!俺の内蔵を引きずり出さないでくれぇぇぇぇ!!!!」
そうだ。もっと、もっと殺す。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね!
この程度の罪で救われようとするなど吐き気がする。
……駄目、足りない。もっと殺さないと……全ッ然収まらない!
『よいしょっと。これで……何人目だっけ?はぁ、退屈。リーダー、もう次行こうよ。僕、早く女王様に会ってみたいな。』
『グルァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』
『ああ、落ち着けよ全く。あ〜あ、いくら暴食だからって犬はないでしょ犬は……』
どこだ……どこにいる…………
許さない……必ず殺す。その忌々しい身、芥に還してやる……
『行きましょう。ここはもう用済みです……』
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ベルさんは部屋のベッドに腰掛けた。僕もベルさんの隣に腰を下ろす。
「……お前の正体はな、」
ベルさんが溜息をついてから言いたくなさそうにこちらを見るので、やはりあんなことは言わなければよかっただろうかと少し後悔した。
「……お前の正体は、わりぃ。言えねぇ。」
「あぁ……」
残念だったので、思わずこちらも溜息。今までの人生、大前提、人間として生きてきたのに、それさえ否定されてはもう訳が分からない。みんなと同じような、というか……僕なんてどっからどう見たって人間じゃないか。それが何で今更……
「そんな顔すんなよ…………わかったわかった。んじゃこうしよう。これからの修行で、お前が俺を超えることが出来たら教えてやるよ。」
「え?……いや、何言ってるんですか。僕はベルさんの実力なんて知らないけど、無理ですよ。体格も全然違うし、何よりベルさんは『戦の神』って言ってたじゃないですか。そんなのに人間が勝てるわけ……」
「だからお前は人間じゃねぇよ。」
すぐに割って入られた。キッパリと、なんの躊躇もなくあっさり否定された。
「まぁ、そういうこった。此処には日付とかいうもんはねぇ。充分に寝て休んだらまた上にあがってこい。修行についての詳細はそこで話すことにする。」
それだけ言い残すと、ベルさんは行ってしまった。まだよく分からないが、僕は彼のことを冷徹だと思った。たまに明るいトーンで、友好的な雰囲気になったかと思えば、全く近寄り難いオーラむき出しになっていて、こちらが失言をするようなことがあれば、それこそ殺されてしまいそうだった。まぁ、もう死んでいるのだけれど。
「ああ、言い忘れてた。」
ベルさんが頭をかきながら戻ってきた。
「どうしたんですか?」
「あの、あれだ。あんな言い方して悪かったな。」
あんな言い方とは、さっきの事だろうか。ベルさんもカラミアさんも、急に僕を軽蔑し始めた。レミアさんはそうでもなかったけれど、僕を蔑むようなあの目は、正直心痛かった。
「いいですよ。別に気にしてませんし。」
半分嘘をついた。意外と申し訳なさそうにベルさんが謝るので、思わず嘘をついてしまったという感覚に近い。まぁ、実際もう過ぎた事だし……それよりもさっきからずっと気になるのは、やはり自分の正体のみだった。
「……そうか。じゃあ、後でな。」
「はい。」
そうしてベルさんは階段を気だるそうに上がっていった。それを見送った後、色々考えようかと思ったが、疲れていたのかすぐ眠ってしまった。
……また、不思議な夢を見た。ふわふわしていてよく覚えていないが、内容的には……いや、内容どうこう以前に、ただ一つの景色が、僕の前で広がっている夢だった。これだけなら平凡かつ、中身のない夢だが、その景色がまた、なんとも言えない感覚を僕に植え付けたと同時に、僕はその景色に対するデジャブを感じざるを得なかった。
美しい緑を放つ草原、優しく吹き抜ける暖かい風、足元には、空に浮かぶ雲のような白い霧が漂っている。僕の視線の先には、赤子を抱いた女性が佇んでいて、静かにこちらを見て笑っている。
風に揺られる女の長い髪と、女に抱かれて眠る赤子の寝顔……女の顔はよく見えなかったが、口元は辛うじて見えた。やはり微笑しているようである。僕はこの景色を、見せつけられているように思った。だが、それに対する不快感などあろうはずもなく、ひたすらに涙が出そうになった。あまりに美しすぎるからだ。目に映るもの全てが懐かしく感じるこの感覚が、デジャブを引き起こしていると思うのだが、全くもって思い出せないどころか、このデジャブは気のせいなのではないかと感じるほど、記憶の宛がない。
僕はそこで何か言おうとする。女に向けてなのか、赤子に向けてなのか、その両方に向けてなのか、ただの独り言なのか。言おうとするところで、目覚めてしまった。夢から覚めたあとは、映画のワンシーンを見ただけのようなものなのに、何だか凄く長い間夢をみていた気がした。同時に、やるせなさもあった。
そのせいか僕はひどく寝ぼけていて、ここが家じゃないことに驚いてしまった。悲しいのはそのあと、「僕は死んだんだった」とあっさり受け入れてしまったことである。まるでなんの未練もないようにすんなりと認めてしまった。
さて、僕はゆっくり起き上がり、ベルさんに言われたとおり、上に上がろうと階段に足を踏み入れたが、さっきまでなかった蝋燭が壁に取り付けられている。真っ暗だった階段は蝋燭の灯りに照らされて、良く見えるようになった。誰が付けたかと言われれば、あの人しかいないだろう。意外と面倒見のいい一面も持ち合わせているんだなと感心したところで、上が騒がしいのに気づく。僕は胸騒ぎを覚えて、階段を駆け上がっていった。
上にあがると、玉座のカラミアさんが戦慄していた。ベルさんも驚きを隠せないような表情をしていて、拳を強く握り締めていた。
「何か……あったんですか。」
恐る恐る僕が問うと、少し間があってから、ベルさんが若干震えた声で答えた。
「なぁ、お前は……死人がもう一度死ぬことがあると思うか……?」
「……え?」
それは、どういうことだろうか。一度死んだら、人間に限らず生物皆そこで終わりなわけで、その向こう側が此処なのだから、一回死んでしまったら、まず生命の概念自体失われると思うのだが……現に、此処にいる人はみんな死んでいるし、罪人ももちろん一人残らず“死人”のはずだ。
「だって、もう死んでますよね?その、不謹慎ですけど……」
「ここの罪人が殺された。」
「え」
すぐに割入ってきたのはカラミアさんだった。鋭い、緊張感のある声だった。僕はそこで思考が止まった。完全に行き詰まった。常識を破壊された。“死人がもう一度死ぬ”そのままだった。
「そんな!誰に、どうやって!?」
「さてな。犯人は七人。いや、六人と一匹か。報告書にはそう書いてある。」
ベルさんは胸元から一枚の紙を取り出し、それをじっと見つめている。紙には、赤黒い血痕が生々しくこびりついていた。
……僕は気づかなかった。漸く、今、気づいた。ベルさんの前で無残に飛び散った肉片。床にべっとりと広がった鮮血。ここの罪人が皆着ている白い衣服が、破れ、血に赤く染まっている。
そうか、こういうことなんだ。僕は残酷で非常な『死』を目にしてしまった。
「報告書の字、汚ねぇよ。」
ベルさんが無惨に言い捨てた。
「ベルさん!」
あまりに酷い有様に、あまりに酷い言葉を吐き捨てたベルさんに、僕は憤りを感じた。叫ばずにはいられなかった。ベルさんはこれを見ても何も感じないのかと思った。
「これじゃあ……読めねぇだろうが…………!」
ベルさんは、泣いていた。大粒の涙が、ベルさんの頬を伝って、地面に音を立てて、一粒一粒、落ちていった。
「ここに来た時が最期だ。体内に爆弾でも仕掛けられたように、報告書を渡して破裂した。」
カラミアさんも、さっきから俯いて一向に視線をあげようとしない。二人とも、よほどショックなのだろう。もちろん僕も心痛い。あまりに酷すぎる。酷い。見ず知らずの罪人の死に悔しさがこみ上げる。この人がどれだけ、ここで罪を償っていたか、報告書をどんな気持ちで渡したのか。僕は彼を、忘れることはできないだろう。
「犯人は!だれなんですか!」
僕は怒りの限り、強く問いかけた。カラミアさんが、漸く顔を上げた。
「私の姉だ。」
────ここから、本当の地獄が始まる。