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プロローグ「たいざいにん 壱」

身体を置き去りにして、意識だけが何処かを彷徨い続けているようだ。足掻く術もなく、ただ落ちていく。ゆっくりと沈んでいく。ああ、僕は、誰だったっけな───

「うそ…………帰るって言ったじゃない……この馬鹿っ……!」

そんな声が聞こえた。その声は震えていて、崩れそうなほど脆く思われたが、僕はその声に答えてやることも出来ず、呆気なく死亡したオチである。僕が死んだことに対する個人的な感情は、精々「もう少しながく生きたかったな」ぐらいの心残りである。あの妖怪のように、凄まじい憎悪によって復活するなんてありえない。どうせ、天国か地獄かもよく分からないところで、ボケェーっと漂うことになるだろう。僕を行かせてくれた、そして、僕が死んだ時悲しんでくれた女の事なんて露知らず。

『罪人、罪人である。判決は……』

『無限地獄である。』

野太い声に何か言い渡されたようである。ん、まて、地獄だと?まてよ、まてまて。それは僕が地獄に落ちるってことか?まさか、冗談にもならない。生まれついた時からキングオブ普通だったこの僕が、いつどこで地獄に落ちるほどの大層な罪を犯したっていうんだ。そうだ、これはなにかの間違い。そう、聞き違いだ。地獄に落ちる心当たりなんて一切ない。いい加減にして欲しいぜ。全く。

しかし、そんなことをグダグダ考えている内に、さっきとは打って変わって、凄まじい勢いで下に落とされていった。

────────────────────────

そこは、紅く、紅く、ひたすら紅い荒野のようだった。

「おい、おい!!起きろ、働け、そして働け。或いは働け!」

「んおおお!?まじで地獄行きかよ僕!?」

びっくりしたじゃないか。だって起きたら目の前に鬼がいるんだぜ?ゴリラの二倍ぐらいはありそうだよ、この鬼。

「喋るな!罪人、喋ることを禁ず。此処は地獄なり。異質の罪人のみが落される、無限地獄なり。此処で無限に働き、働け。貴様等罪人にとって、それが唯一の救いである。」

理不尽という言葉は、此処が語源なんじゃないか、とか下らないことを考える程理不尽である。喋らず働けって今どきのブラック企……ゲフンゲフン。

「そら、行け。まずはあの列に並び、神殿にて、神に顔を見せるがいい。それが終わったならば、貴様の素晴らしい地獄生活が幕を開けるだろう。」

地獄が素晴らしいわけないだろうが!と、突っ込んでやりたかったが、喋っちゃいけないっぽいし、適当にグダグダ列に入ったはいいものの、この列がまた長い。万里の長城ですか?ってぐらい長い。まあいい。これだけ人がいれば、鬼の言うとおり無限に働くなんてことになったとしても、少しぐらいサボってもバレないだろう。あわよくば適当なところに隠れて永遠にばっくれるなんてのも、いいのかもしれない。

しかし、何も無いなここは。本当に地獄だったとして、もう少し派手でもいいんじゃないか?見た所働いてる奴もいなそうだし、此処は恐らく、地獄に落ちたばかりの奴等が、その「神」とやらに顔を見せるためだけの地点なんだろう。ああ、神か。めちゃくちゃ美しい女神であれ。

列の進みは意外と早かった。止まっている時間は殆ど無いくらいで、段々と神殿らしいものが見えてくる。何も無い更地に随分と大きい神殿を構えたものである。そして、案外すぐに神殿の入口まできた。二人の鬼が威圧感のある仁王立ちで立っている。

「待て。」

ここからは一人ずつ入っていくようである。何だか緊張してきた。

「……行け。」

僕の番が来た。入ればいいのね。

入ればすぐに長い廊下が続いていた。壁にはよく分からない生き物の頭骸骨や、歪な武器が飾られていた。全体的には大理石みたいな造りで、天井のランプは青い火の玉だった。アニメみたいだなぁ全く。今更か。

暫く進むと、また豪勢な扉が出てきた。この先に神がいるのだろうか。少し期待している。美女神を期待している!そして扉は自動で開かれる。赤と金に輝く玉座に、真紅の長い髪と、真珠のように白い肌と、月のように美しい瞳をした女性が座っていた。

「罪人────ひれ伏すがよい。」

僕はひれ伏せと言われてどうすればいいのか分からなかったので、とりあえず土下座した。いや、もちろん、下の方は立ってたけどね?多分バレバレだけどね?というか、いい声してるなぁ……

「良い。っと……死因は…………はっ。ハハハハハハッ!」

うえええ!?死因で笑われたんだが!?

「罪人、口を開くことを許す。これはどういうことだ?」

喋っていいのね。

「いや、妖怪に切られてですね。」

「今どき妖怪に切られて死ぬ男がいるのか!傑作だな!ハッハッハッ!」

めちゃくちゃ笑うじゃんこの人。僕だって死にたくて死んだわけじゃないのになあ……

「笑わせてくれた礼だ。今お前を殺した妖怪、そしてお前が死んだ直後駆けつけた女がどうなっているのか、知りたくないか?」

……つまり、僕が死んだ後の状況。ぬらりひょんがどうなっているのか、黒川さんがどうしているのかってことか?僕の理想としては、大天狗が上手い具合に駆けつけてぬらりひょんも倒されていれば良いんだけど……多分そんなことは無い。

「……知りたいです。」

「フフッ。そうか。んーと、これだ。」

「なっ……」

あまりに酷い景色だった。なんとも言い難い。僕は……クソッ、クソッ!!!街は火の海に包まれ、かつての面影はまるで無い。建物は全て崩れ落ち、空は暗黒に染まり……彼方には、あの八本の柱が、前よりも遥かに大きく蠢いている。

「これが……僕達の街だと……?」

「それで、あの女はこれだな。」

確かに黒川さんだ。神宮寺さんと清水もいる。それ以外には……僕の知人はいない。三人で幼い子供たちを守っているようだ。なんの力も持たない三人の女子高校生が、必死に幼い命を守っていた。これが、僕の死後。大天狗はどうしたんだ。僕はあの札を使わなかった。話合えば分かり合えると思った。僕が甘かった。全部僕のせいでこうなった!クソ!!!クソッッッ!!

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

「フハハハハッ!無様だな人間!無力な人生を呪うがいい!フハッ!」

二人もの女の子との約束を破って、勝手に死んだのがこの様だ。

あの札を使っていればこんなことにはならなかった……いや、まてよ。僕の遺体はどうなった。あの札は万が一のために、いつも持ち歩いていた筈だ。もし、僕の死に黒川さんが駆けつけていたのなら、札を使っていてもおかしくないんじゃないか?……まさか、「札を使ってこれ」なのか?……ウソだろ。

「不幸な人間をあまりからかってやるなよ。全く同情するぜ。同情するが、肯定はしねえ。お前さん、最低だな。」

そう言って玉座の裏から、上半身裸で筋肉質の美男が出てきた。

「ぁぁぁ、ぁぁぁぁぁぁ……」

頭は回るけど、体は震えてるし、うまく喋れない。一刻も早く黒川さん達の手助けをしたい。でも、僕がいって何になる。第一僕は死んでいる。この後悔と絶望を背負いながら、ここで無限に働くのか……?

「ま、ついてなかったんだろうよ。ただの一般人がここまで巻き込まれるとはな。だろ?女神様よ。」

「私は人間に興味はない。いくら無念の死なんてものを遂げようとどうでもいい。死んだ人間は大人しく上か下かで暮らせばいいのだよ。」

もうおしまいだ。なにもかも。ぼくはみんなもやくそくもまもれなかった。ぼくは、よわかった。ああ、ぼくに、わるいやつをやっつける、せいぎのちからがあれば。ぼくは、みんなをまもれたかもしれないのになあ。

「よし。いっていいぞ。ここは無限地獄。異質が落ち、無限に働く、地獄の最下層の更に下。一切の光もささない。」

「ってわけだ。ほら、いったいった。」

……今までのくだりが、何も無かったかのように彼女等は僕を外へと促す。嫌だ、いきたくない。やだやだやだやだやだやだやだ!!!やだぁいああぁあ!!!!

「やだぁああぉあぁあぁああぃあぇあ!!!」

「……まて、ここは異質の地獄。なぜ、普通の人間がいる……?」

……え?

「そういや、流れ作業で気づかなかったな。普通の人間がここに来るなんてありえねえ、お前なにもん……」

「おい、こいつはなんの冗談だ。なぜお前から、あいつの匂いがする!」

なんの話だ。僕がここにいるのはおかしいのか?あいつってなんだ。匂い?どういうことだ。なんでそんな目でみるんだ。さっきまで僕を見下してた癖に、なんで今更怖がるんだ!

「この汚らわしい悪魔め!去ね!」

やめろ、そんな目で僕を見るな、やめろ、やめてくれ、それは何だか身に覚えがある。どこかで、遥か遠い昔にその眼差しを向けられた覚えがある……!やめろ、やめろ、やめろよ……!

「冥界は節穴か!此処に異質ではなく災厄を齎すとは!」

男も、女も、僕を見て声を荒らげる。

「違う!僕は!!人間だ!!御門一縷、ただの人間なんだよぉ……!」

「黙れ!悪魔め……!今ここで絶えるがいい!」

違う、違う!違う!なんで、なんで、やめてくれ、僕は人間だ、人間なのだ。普通の普通に普通な人間なのなのなのだ。人間だ。違う違う。堕天なんてしらない。知恵なんてしらない。王なんて分からない……!

「はいはい、そこまでそこまで。」

後ろから呑気な女の声が聞こえる。

「災厄を見逃す気か!レミア!」

「いいじゃない。面白そうだし、ウチらで面倒見てみない?」

面倒を、見る?だと?

「はじめまして。私はレミア。そこの赤いお姉さんの秘書みたいなものかな。あの筋肉バカもそんな感じ。」

「え……あなたは、僕が怖くないの……ですか……」

「ええ、怖いわ、頭がおかしくなりそう。あなたは本来ここにいてはいけない。いえ、どこにもいてはいけない。でも、私は貴方を責めないし、蔑まない。…………後悔しているんでしょ?お友達、まもれなかったこと。ちょっと盗み聞きしちゃった。」

呑気な女は、僕に優しく語りかける。でも僕を怖がっているのは、あの二人と変わらないらしい。現に、手が震えている。僕も、人のことを言えたものじゃないのだけれど。

「ベル、カラミア、条件付きでこの子を生き返らせて上げるのはどうかしら?」

「正気かお前!そんなものをまた現世に解き放つ気か!?」

「この子、若しかしたら、『消滅』を防げるかもしれない。もしこの子が本当にあいつなら、可能なはず。」

消滅?なにが消滅するんだ。

「大丈夫、この子は優しい心を持っています。だから、闇にのまれることもないはず。託しましょう。この子の秘められた力に……!」

「駄目だ!そんなことしたら……!」

男は必死に講義する。それほど僕は危険なのだろうか。もう、何が何だかわからない。僕はただ、みんなを助けたいだけなのに……

「いいだろう。この男は私達が預かる。」

玉座から立ち上がって女が言った。

「正気か!?」

「ああ、『消滅』を防ぎうる切り札として、この男を甦らせる。」

「カラミア……!」

僕を、甦らせる……!僕は生き返ることが出来るのか!?

「条件についてだが、それは私がつける。いいな。」

「ええ。」

「御門一縷。お前には……」

「人間を辞めてもらう。」

その言葉を聞いて、僕は、甦り、みんなを守ることが出来るなら、喜んで人間を捨ててやる。そう思った。

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