15 第13話 下手な芝居をする者たち
今話は、(冒頭のちょこっとを除き)クリードとフェリアがメインのお話です。
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その金属音は、開け放たれた窓の向こうではなく、その反対側から聞こえた。
そして、消えた。
たくさんの人の気配。
不安がよぎる。
一体、何が起ころうとしているのか?
関係は、無い、はず。
私はただのハーフリング。
本当なら自由奔放に生きる者たち。
束縛は性に合わない。
どうして、こんなじれったい気持を味わっているのか?
物音は、まだ、立たない。
◇◇◇◇◇◇
その者の行動は一瞬だった。
2人が何かを言う前に、すでに席に座っている。
クリードは表情を変えずに、テーブルの下で左手で印を切った。
(複製音声移動、頼みましたよ、ミルフェ)
(分かったわ、我が主。任せて)
クリードが小声で唱えたのは、精霊魔法。
ここで生じる音を、彼方の対象の下に届ける魔法。
クリードが指定したのはソルフェリノだった。
「すまないね、お二方」
商人然とした男が声をかける。
見た目は中年の商人だ。
しかし、瞳に映る色だけがどうしても彼の素性を隠し切れていない。
「どちら様でしょう?」
「単なる商人だよ。ジェイドだ」
「ジェイド殿ですか?如何なるご用でしょうか?」
「この宿の主人曰く、我が商隊の護衛に加わる者たちがここに居るはずなのだが?」
「はて、何のことでしょう?」
「おかしなこともあるものだ。……そう言えば、君たちの名を聞いていなかったな?何と言う?」
「私の名はケリーと申します。私は彼女と共に二人、気ままに旅をしております。他人様を護衛出来るような実力などとてもとても……二人で道楽旅行をしているだけのしがない者どもでございます」
「なら、隣に座っている女性の名は何と言う?……ケリー殿ではなく、本人から自己紹介をお願いしたい」
フェリアは真面目である。どちらかと言うと嘘をつくのが苦手だ。アドリブに弱いというのが真実であろう。
あからさまに困った表情をしている。
「……ふ、……リアと申します。く、……ケリーと、お……二人で、旅行を楽しんでおります。決して冒険者などという職業ではありません」
ジェイドの目が細まる。
「ケリーに、リアか。怪しいものだな」
テーブルには、4人分の料理と、空席が2つある。
「料理は4人前、まあ、事前に私が頼んでおいた分があるのだが、それでも3人前ある。さらに、空席が2つ。後二人、仲間がいるのではないかな?」
クリードはポーカーフェイスを崩さない。
「滅相もございません。今まで別のお客様と楽しくお食事を頂いていたのですよ。つい今し方、そのお客様は食事を終えられましたので、立ち去られたのですよ」
「にしては、あまり料理が減っていないような気もするのだが……ならば、一つ確認させていただこうか?その二人連れ、君たちと同様の男女のカップル、ではなかったかな?ふぇ……失礼、リア殿」
つい今し方まで座っていたのは、カイルとソルであった。その通りだったため、フェリアはそのまま答えてしまった。
「……確かそうであったと記憶しております……」
「リア!違いますよ、男性二人連れの間違いです。……うちの者が勘違いしておりまして、申し訳ございません」
クリードの額にじわりと汗が染みだす。
ジェイドはその様子を見逃さなかった。
「おや、なんだかお疲れの様子ですな?疲れが顔の表情に出ているのではないか?」
「分かってしまいますか、これは失礼いたしました。二人、のんびり諸国巡りをするのは良いのですが、路銀の方が心許なくなってきておりまして、いかがしたものかな?と。なのに、リアがですね……これは失礼、愚痴を申してしまいました」
「ケリー殿も大変だな。わしも、若い頃はいろいろとあったものだ……まあ、苦かった青春時代には戻れはせんし、戻りたいとも思わんがな。……そうだ、ケリー殿もお疲れのようだ。気晴らしに、うちの若いもんに余興の一つでも披露させよう。……トルカ、こっち来い!」
ジェイドが呼びこんだのは、一人の気弱そうな青年だった。
……つまり、すでにジェイドの部下がこのあたりに居るということでもある。
「ジェイドさん、ぼくにご用ですか?」
「トルカ、例のアレをやって差し上げなさい」
「ええっ?アレは、危険ですよう。確かに、面白いって言ってくれますけど、一部の方には大不評ですよう」
「ここに居らっしゃるのは、諸国巡りをされている、普通の旅人の方々だ。高位の精霊魔法使いとかじゃあない」
「ならいいんですけどお」
これから、トルカがやろうとしているのは、ポルターガイストを用いた大道芸だ。
確かに、なごむことは和むだろう。
ただし、とても大きな問題点が1つだけあった。
「じゃあ、やっちゃいますよー狂える精霊たちの乱舞」
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クリードが苦しみだした。
実は、このポルターガイスト大道芸は、精霊の力を大規模にあべこべに行使することによって成立する。
精霊魔法使いでなければ、精霊を感じ取ることはないため、単なる賑やかしとなるのだが、精霊使いにとっては、とてもはた迷惑な行為となる。
精霊力をかき乱され、酔ってしまうのだ。
レベルが高いほどその悪影響を顕著に受ける。
しかして、クリードはのたうち回るはめになったのだ。
本来なら、レジストしてしまえばいい。
抵抗すれば、事は生じない。
しかし、抵抗すれば、抵抗したことが分かってしまう。
つまり、袋小路だったのだ。
「ケリー殿、いかがされましたかな……よくありませんな。トルカ、やめなさい」
フェリアはおろおろしているばかりで、ジェイドがほくそ笑んでいることに気付かなかった。
トルカがポルターガイスト大道芸を止めた瞬間、クリードの感じていた苦しみが消えていた。
「だ、だいじょうぶですか?」
「いえいえ、実は私、持病がございまして、突然、胸が痛みだすことがありまして……、トルカ殿の芸と重なったのは、まったくの偶然ですので、どうぞ御気になさらず」
クリードの言い訳がどんどん苦しくなる。
「おや、これは不愉快にさせてしまったようだね。申し訳なく思う、謝罪しよう」
ジェイドの言葉にその意思は全く込められていなかった。
「本当に申し訳ありませんでした。あなた様のようなお方を不快にさせるようなつもりはなかったのです」
一方、トルカは真剣に謝っていた。
「こんなに苦しまれるなんて、相当高名な精霊魔法使いだとお見受けいたします。本当に……」
真剣に謝っているせいで、余計なひと言まで飛び出している。
確かに、ジェイドの狙いであった、まさにその一言。
「ち、違いますよ。私は一介の道楽者、魔法なんてこれっぽっちも使えたりしませんよ、ね、リア」
クリードは焦ってしまったようで、フェリアに話を振ってしまう。
「……そ、そうですわ。ケリーが精霊魔法使いだなんて聞いたこともございませんわ。彼が魔法を使う場面なんて見たこともありませんの」
その時だった。
宿の主人が、
遅れていた、
野菜料理を持ってきたのは。
「おう、ソルたっての要望の、野菜料理だ……って、ソルはどこに行った?」
しかも、ご丁寧なことに、オーダーした人物の名前まで口にするという至れり尽くせり。
目の前の商人然とした男は、おかしさが止まらないようだ。
確実に、彼は分かっている。
分かっていて、愉しむ。追いつめる。
「このテーブルには、料理がこれで5人分並んだな、主人」
「はい、な、なんでしょう?」
主人の口調がおどおどしたものになる。
「トルカは除くとして、このテーブルには、4つ料理が並んでいたな?」
「ええ」
「そして、ここに居ない者の名を呼びつつ、5つ目の料理を出した」
「その通りでございます」
「ここに居るケリー殿は、わしがこのテーブルに合流する前にもう二人いたが、食事を終えて立ち去ったと言った。……どうして、いま、ソルという名の者に対する料理を持ってきたのだ?」
主人は、顔いっぱいに?マークを浮かべ沈黙する。どう答えたらいいのか分からない様子であった。
「質問を変えよう。ここに居る女性は、本当は、ソルという名の者か?」
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
次話投稿は、8/5(土)夜の予定です。
なお、次回、第14話は、第12話から接続するカイルとソルのシーンが中心となります。
本話の続きは、第16話にて