12 第10話 夕暮れに思う
私は、また、一人になった。
開け放たれた窓の向こう、静かに水を湛える湖を渡る風が私の部屋まで届く。
夕暮れの湖に冷やされた風は初夏にしては心地よい。
私を、部屋を、例えば、この世界全部を、黄昏色に染めていく。
ぼーっと、黄昏色の空を見上げる。
ぽつんぽつんと雲がある。
まだ、星が瞬くには気が早すぎた。
道標となるようなものは、無い。
胸には、大粒の水晶のペンダント。
以上、それだけ。
生きるためだからと、
流されるように冒険者たちと共に歩んだ。
歩んでみた。
共に、という表現は使わないでおこうと思う。
あくまで、私はお客さんだ。
彼らには報酬を支払わなければならない。
彼らのために働いて返す?
現状認識としてはそうだ。
******
彼らのことを考える。
クリード
クリードは私と最も長く話してきた。
と言っても、その半分以上は説明だ。
何も知らない私にこの世界のことを懇切丁寧に教えてくれる。
教師と生徒のような関係性。
その丁寧な物腰には好感が持てる。
以上
フェリア
最初に話しかけてきた小娘。
私が持つ、水晶のペンダントに対して不信感を持っている。
もちろん、私に対しても不信感を持っている。
だが、あれも結局根っこの部分は甘ちゃんなのだと思う。
真面目。
それだけで済んでしまう。
相手をするような価値はない。
ソルフェリノ
とにかくちょこまかと付きまとうハーフエルフ。
とにかく、場を白けさせないようにするように振舞っている。
その上、隙があれば、私のことを聞き出そうとしてくる。
私自身が、自分のことが分からないため、幸い、重要な情報は漏れていない。
気付けるはずがない。
最も警戒しなければならない相手。
末恐ろしい。
カイル
ヴィンテファーラントのリーダー
お人よし
なぜか私に話しかけてくるときにどもる確率が高い。
いわゆる爽やか好青年だ。
彼には、裏回しの才能はないのだろう。
周りを明るく引っ張っていける……?
逆に、この面々では彼以外にはパーティーリーダーが思い浮かばない。
そういう意味では適切なのだろう。
何かと私の気を引こうとしている。
確かに、彼であれば難しいことを考えずに、一緒にやっていけそうな気がする。
確かに、彼に好意を抱かされている私がいる。
私は、彼らと共にどうしたいのか?
このメンバーとずっとやっていくには、邪魔者がいる。
でも、まだ、出会って3日しか経っていない。
時間はまだある。
まずは明日。
1日1日を積み重ねることでしか、先には進めないのだと、
この時の私は、まだ、そう思っていた。
******
夕食を取るために、下に降りる。
特に示し合わせてはいなかったため、ヴィンテファーラントの面々はいない。
「空いてる席に座ってください!どこでもいいですよ!」
明るい従業員に言われ、適当な席に座る。
「お客さん、魚料理にしますか?肉料理にしますか?」
どうやら、最低限の好みは聞いてくれるようだ。
どちらかに固定してしまうと、苦手があった場合にトラブルとなるのだろう。
「アラカルトもあるけど、別料金よ!」
今の私はまだお金を持っていない。
「魚料理でお願いするわ。名物なんでしょ?」
「そうよ!うちのは今日取れたてのを使ってるから、おいしいよ!」
「それは楽しみね」
しばらくすると、魚料理とパンと飲み物が出てきた。
普通においしかった。
一人分にしては量が多かった気がする。
他のテーブルからもちらほらと「今日はサービスデーかい?」とかいった声が聞こえてきた。
「ん。まあ、今日は特別よー」
ちょっと声量を落として対応していた。
そして、泊り客ではない、料理目当ての常連に小声で何かを囁き、何かを渡していた。
ちょっと酔っ払っているのか、常連のおっちゃんが大声で返していた。
「そりゃあ、残念だが仕方ねえなあ!」
私には関係のないことだろう。
気にしないようにした。
そして、私が食事を終える頃、カイルが下りてきた。
「が、ガーネット。食事うまかったか?」
「ええ、魚料理がおいしかったわ」
宿屋が出した料理なのに、カイルは我が事のように喜んでいた。
「うん、この宿にしてよかった!」
この宿は常宿であって、選んだわけではないような気がするのだが、その辺はいいのだろうか。
「ところで、あ、明日、僕と一緒に、買い物しよう!うん、そうしよう!」
確かに、明日はおそらく暇なんだろう。先の話で、少なくとも明日1日はゆっくりするとなっていた。
「身を守るためのちょっとした武器はないとダメだ!」
自分に言い聞かせるように、一方的に言葉を重ねている。
「街道沿いだから、武器や防具も売ってる。でも、そんなに持ち合わせが無いから、まずはいざという時の武器にしよう!」
「ええ、分かったわ。明日、あなたと一緒に武器を買いに行けばいいのね」
「……お、おう。そういうことだ」
「なら、朝食後、入口の所で待っていればいいかしら」
「あ、ああ。よろしくな!」
「ええ、こちらこそ」
何だか、背伸びしているようで、かわいいなと、不意に思ってしまった。
◆◆◆◆◆◆
時間は遡って、ヴィンテファーラントが到着する日の、まだ到着していない午前中のこと
一人の商人然とした男が、シースリプレスにやってきた。
「いらっしゃいませ、シースリプレスによう……こ……そ?」
いつもと同じように、出迎えのあいさつをしようとした従業員の声が途中からおかしくなっていた。
「この宿の主人はどこだ?」
今にも剣を抜いて斬りかかりそうな剣幕を、必死で押し殺して尋ねる。
街道から外れた宿の午前中、周りに人はいない。
出立する客は既に出てしまい、泊る客は少なくとも午後以降だ。
連泊する客も、すでに街に繰り出したか、部屋でぐうたらしているか。
そんな奇跡的な時間帯だ。
最も都合がよい。
「こ、こちらにどうぞ」
そう言って、案内をすると、その従業員はすぐにいなくなった。賢い。
「主人、冒険者への依頼ができると聞いてやってきた。頼めるか?」
恐ろしい雰囲気を醸し出しながら、主人に尋ねる。
「え、ええ。冒険者もよく利用する宿ですから、承りますが……」
その男の醸し出す雰囲気に呑まれてしまったのか、主人の口調がやたらと丁寧になっていた。
「内容は、セイフェルからカレジスタットまでの護衛。むろん、商隊のだ」
主人は、若干ほっとした表情を浮かべた。
雰囲気は恐ろしいのだが、言っていることはここまではまともだ。
「食事はこちらで支給する。報酬は1人当たり2000G出そう。募集人数は4~5名だ」
食事等が商隊持ちであれば、それほど悪い条件ではない。『ついで』と考えれば、ある意味お得だ。区間設定が憎い。
「ただし、条件がある」
その商人然とした男は鬼気迫る表情でその先を続ける。
「一つ目は、この依頼はヴィンテファーラントに受けてもらうこと」
主人は混乱した。
「ヴィンテファーラントというパーティーはこの宿には泊っていませんが?」
「でも、この宿に泊るんだろう?」
確かに、彼らがこの町に滞在する場合は、決まってシースリプレスに泊る。
「確かにそうですが……」
「なら、問題ない」
「二つ目だ。必ず、彼らに受けさせること。他のパーティーはお断りだ」
そう言って、金貨の詰まった袋を机の上に置いた。
「成功報酬だ。辞退は受け付けん」
「そんな……もし、彼らがうちに泊りに来たとして、受けるかどうか分かりませんが……」
「受けさせるのだよ」
「……」
「気にするな。相手を選んで話しさえすれば、問題はない」
「そして、三つ目だ。まあ、これは善意から言っておく。守る必要はないが……、
明日の夕食は営業しない方がいい。泊っている宿泊客への夕食の提供は必要だがな」
「…………」
「返答は聞かぬ。明後日の朝に商隊を引き連れて宿の入口に向かうので、よろしく頼む」
そう言って、商人然とした男は主人のいる部屋から出ていこうとする。
「……言い忘れていたが、明日の夜、主人、あなたは必ずここに居るように」
最後に付け加えて、彼は去った。
◆◆◆◆◆◆
宿の主人は、従業員の女の子に言う。
「明日の夕食は、仕入れの手違いで営業できないと、今日の夕食を食べに来た客に伝えといてくれ。宿泊分はどうにかするから、宿泊客には伝えなくていいぞ」
「え?結構、仕入れましたけど?」
「その分は今日、使ってしまえばいい。それに」
「それに?」
「明日は休暇をあげよう。色々溜まってるんだろう?」
「休みくれるんですか?やったー」
急に臨時の休みを貰えた女の子は、嬉々として仕事に戻っていくのだった。
◇◇◇◇◇◇
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