11 第9話 湖岸の町 依頼を受ける者
モンスターに襲われることなく、セイフェルの北の草原を歩き2日目、遠くに町が見えてきた。
あれが、セイフェルの町なのだろう。
確かに、規模としては村ではなさそうだった。
町の東西を貫くように街道が走っている。
私たちが歩いているのは街道ではなく、単なる道だ。とは言え、この道もセイフェルの町の北側にまっすぐ向かっている。
「向こうの方に見えるのがセイフェルです」
クリードが解説する。
「セイフェルの町は、フィーテスオルトの東の要衝となります。ここより西は妖魔の森で国家間の緩衝地帯ですね。北東方向に向かうと、フィーテスオルトの首都となるトランジェントを経てアルメルドミジル。バイエル湖に沿いつつ南東方向に向かうとウィースランテと言う国につながります」
それらの国の名前を聞いても、気になることはなかった。
「(なにも反応なしかにゃ)何か仕事が見つかるといいにゃー」
路銀が心許ないと聞いている。
この町でカレジスタット方面への護衛の仕事を受けなければならないとも聞いている。
「その辺はあまり心配はしていません。昨日も話したかと思いますが、妖魔の森を抜ける商隊は少なくありませんし、この区間だけ護衛を厚くするというのも一般的です。簡単に事は進むと思いますよ」
クリードが心配無用と付け加える。
「ま、なんだ、この見た目じゃ、あそこにたどり着くのは夕方だから、探すとしても明日だな。も、もしかすると初めての街かもしれないだろ?あす1日ゆっくりしても路銀は尽きないよな?」
「それは当然です。豪遊するようなお金はありませんが、ゆっくりするぐらいなら問題ありません」
金銭管理はフェリアの領分なのか、すぐさま返答していた。
あの場所で生まれ育った私は、外の世界を知らなかった。
町の向こうに広がる大きな湖も初見だった。
「大きな湖が広がっているのね」
「ええ、ちらっと名前を出しましたが、バイエル湖と言います。東方では最大の湖ですよ。湖そのものは穏やかなのですが、モンスターが出没するため、船で湖を渡るようなことは通常されません。さらにはこのあたり一帯の湖岸線が遠浅のため、そもそも大きな船が接岸できるところが無いのです」
「とにかく、陸上を移動しなければならないということね」
「ええ、地面があれば戦いやすいですからね。湖上だと、戦う行為自体が危険となります」
確かに、船の上での戦闘は不利なことこの上ない。
いわゆる海賊系の技能が無いと、足手まといにしかならないのだ。
「それでも、セイフェルの町には漁師を生業としている人たちもいますので、魚料理もこの町の名物となっているのですよ」
「たしかに、魚料理はあまり食べたことはないわ。楽しみね」
「お、おう、じゃあ、僕がおごってやるよ!」
「よろしくおねがいするわ」
そして、私とヴィンテファーラントの一行はセイフェルの町に入って行った。
******
すでに、そろそろ日が落ちる頃合いだ。
「人頭税は取らないのね」
町の入口には門番らしき武装した人間が2人ほど立っていたが、税の類を取られることはなかった。
「草原の中の町ですからね。この町で金銭を払わない限り税は発生しません。払いたくなければ、この町を避けるようにちょっと大回りすればいいだけですからね。無駄なことはしないのですよ」
確かに、湖のある南側以外は草原が広がっている。
西側の森も、森から出てくる妖魔の類から身を守るためであろう、若干離れた所から始まっていた。
少し北に回れば簡単に迂回できてしまう。その北側に立っている衛兵は2名だけだ。つまり、端から人頭税を取ろうという概念が無いのだ。
「この町では、物品の売買を行うときは、少なくとも必ずそのどちらか一方が登録していないと捕まります。登録すると、登録料及び、売り上げの何割かが税として徴収されるという仕組みとなっているのです」
「ふーん、なるほどね」
税は登録した者から徴収するので、登録の必要のない冒険者等からは直接税を取られることはないということだ。その分、売り手が価格に上乗せすればそれでいい。
冒険者たちにとってはいい町のようだ。
その分物価が少し高くなるのは受け入れるべきコストである。
「じゃあ、いつものやどにれっつごーなのだ」
ソルフェリノが先陣を切って走っていく。
「この町にひいきの宿があるの?」
「ええ、私たちヴィンテファーラントは、東方~中原地方を主な活動範囲としています。そうなると、カレジスタット~セイフェル間の商隊護衛は外せない仕事となります。ですので、この町にはよく訪れるのですよ」
「でだな、居心地のいい宿ってのが自然と決まるんだ」
どうにもカイルは会話に割り込みたいようだ。
「シースリプレスという名前の宿よ。さざ波の意匠の看板が目印」
どうにも黙っているのが気まずいらしく、フェリアが最後の補足を行った。
「そうなのね」
ソルフェリノは器用に人ごみの中をひょいひょい避けていく。
「アレで神官ですか」
「ええ、あれでも神官です」
「僕も頼りにしてます」
「不本意ですが」
東西を貫く街道筋に出て、さらに路地を南に入る。
路地の突き当たりに目的地があった。
2階建ての建物にはさざ波の意匠を用いた看板が掛かっていた。
賑やかな街道筋から少し離れているため、静かで雰囲気がある。
「いらっしゃいませ!シースリプレスにようこそ!」
店員らしい快活な少女が元気に挨拶をくれた。
「3部屋空いてるか?」
「空いてますよー。って2部屋じゃなく3部屋?」
「そうだ。ちょっとハーフリングの女の子を拾ったんでな、+1部屋になる」
「そうですかー、承知しましたー。いつものところとその隣も空いてるから、そこでよろしくー」
簡単なやり取りで、宿は取れたようだ。
街道筋ではないため、飛び込み客等は少ないのだろう。
ちらっと、こんな立地で問題ないのだろうかと思った。
「おっと、カイル!マスターが呼んでたよ!うちに付いたら俺のところに来いってさ」
「了解だ。荷物置いたら、すぐ向かうって伝えといてくれ」
宿に着いた瞬間に宿の主人に呼ばれるというのはどういうことなのだろう。
流れるように処理されていくことがらに巻き込まれ、
不自然に思ったことが無かったことにされていた。
◇◇◇◇◇◇
ヴィンテファーラントの面々はそれぞれ、男性と女性に分かれて部屋に入る。
この宿ではお決まりとなっている部屋だった。
何の変哲もない2人部屋。
なお、今回連れてきたガーネットはさらに隣の部屋だ。
まだ、誰かと一緒に泊るのは難しいだろうという配慮である。
そして、カイルは荷物を置くと、すぐさま1階に戻り、受付横の主人の部屋に行く。
「来たか、カイル」
「なんだい?おやっさん」
「お前たちに仕事の依頼がはいっとる」
「は?」
「カレジスタットまでの商隊の護衛だ」
「え?」
「受けるよな?」
カイルは全く気付かなかったが、宿の主人は手のひらを握りこんでおり、必死で脂汗を隠しているようであった。
「そりゃあ、渡りに船だけど……」
「明後日出発で、道中の食費は向こう持ち、依頼料は一人当たり2000Gだ」
内容としても申し分ない。
ただ、宿の主人の話しぶりは性急だった。
「いいよな」
「ええ、受けますよ」
カイルがそう簡単に返事をすると、宿の主人の緊張がほぐれる。
「依頼人は明後日の朝にうちに来る予定だ。依頼料は依頼人からもらってくれ」
エネミーブレードは普段は鞘に収まっている。
今は、2階の部屋に置いてある。
さすがに、いつもの宿の主人に話を聞くだけなのに、大剣を背中に差したまま行動する訳にもいかないのだろう。
もし、刀身が青白く光っていようとも、誰も気づかない。
そう、誰も気づかなかったのだ。
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ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
次回投稿は、7/29(土)夜を予定しています。
9/22 シースリプレスの店員と主人の名前を追記、末尾の区切り記号を追加