117 第18話 黒い水の出る所へ
アーズ達は、サザンケープ湿原にやって来ていた。
カレジスタットからは半月の旅程であった。
最初のうちはよかった。
ただ、乗合馬車に揺られていればよかったのだ。
ただ、それもサウスタールの町までであった。
***
ところで、サウスタールの町は、町と言う名前はついているものの、規模としては村であった。
いや、主要な産業がないため、村と言うのもおこがましいようなものであった。
主要な産業と言えば、この街を通過していく商隊への補給やその他諸々の、宿場としての機能のそれがほぼすべてであった。
「にしてもぅ、本当に何にもないんだねぇ」
乗合馬車に揺られてやってきたネヴィの言葉であった。
「この町は、この先、サザンケープ湿原からラストダスト山地を超えるための必要物資の確保と英気を養うために作られた町です。この先は、山を越えて隣の国に入るまでひたすら気分が滅入るような旅程になりますから。なので、こちらの街道は乗合馬車も商隊も少ないんです」
返したのは、採取のために同行してきた青年であった。
名をマリウスと言う。
特に字はなかった。
だが、さすがに塔に所属している魔術師であった。
真言魔術師ではあるが、フィールドワークに出ることが許されている段階で、常識のある人物である。従って、このあたりの地勢にも詳しい。
「そういう話を聞くと、北回りの妖魔の森を経由する街道の方が往来が多いという話も現実味を帯びるんだな。時間が掛かるうえに、この先の旅程がひどいんだ、そりゃ、人気は出ないな」
明瞭な回答に、さすがのアーズもすんなりと状況を把握している。
「少々のリスクは犯したところで、旅程は短い、危険な所は路面は整備されていて、質のいい護衛を雇えれば、気にはならないってところかな。むしろ、時間短縮の方が重要なんだろう」
「えっとぉ、ラザ、久しぶりにしゃべったかなぁ?」
もちろん、ラザが何もしゃべっていないわけではないのであるが、意味のある会話にこうやって参加したのが至極久々であったことを目ざとくネヴィが拾っている。
「おいっ!なにいきなr……」
「ネヴィは、そういうことは言わなくていい」
ちなみに、彼らが乗ってきた乗合馬車はこのサウスタールの町が終点であった。
何もない町ではあるが、乗合馬車の運行協会の支部があった。
いくつかの施設も整っており、馬車や馬、御者の取り回し機能が整備されている。
……ここから湿地越え&山越えをするための必要物資を確保するために、カレジスタットからサウスタールまでの馬車が結構な頻度で運行されているのだという。
この町まではカレジスタットの勢圏にあり、お上の意向もあって一定数の馬車が運行されているという話であった。
「では、この町で1泊して準備を整えてから、デプスストロウの群生地帯に向かいます。皆さんもそれなりの装備の準備をお願いします」
サウスタールの町に到着後、マリウスから4人に対しての指示である。
「えっとだな、レニ、どういうことだ?」
「向かう先は、足元が非常に悪い。なので、足回りが平地用だと大変なことになる。なので、湿地用の装備を仕入れる必要がある」
アーズが、レニに確認を取っていた。マリウスの言葉に具体性がなかったのだ。
この先に待ち受けるものが分からない状態でそれなりの準備と言われても、対応のしようがない。
「えっとぉ、そんな装備に帰るためのお金、持ってたかなぁ?」
ネヴィの心配ももっともであった。
「大丈夫。マリウス、経費で落ちる、よね?」
レニの言葉に、マリウスは苦笑しながら答えていた。
「仕方ないですね。皆さんの装備の更新に僕も付いていきます。必要だと判断したものについては僕の方で購入いたします」
「おー、太っ腹ぁ」
「もちろん、僕の方で必要でないと判断したものについては、みなさんが購入してください」
青年の、いや、マリウスの言も聞かず、ネヴィはすでに防具屋の方に走っていっていた。
***
「うぅ……本当に必要最低限しか認めてもらえなかったですぅ」
「そんなの、当然。マリウスは、塔の受付をできる人材。金勘定とかは十分うるさい」
「僕としては、彼らの金銭感覚を認めるわけにはいかない立場ですから」
「「…………」」
翌日、サウスタールの町を出発した一行であったが、5人のうち3人がしょげていた。
単純な話である。
マリウスの言の通り、本当に必要なもの以外は一切経費として落とされなかったのだ。
実際、各人に対して、沼地用のロングブーツ各1足ずつ、それだけが支給されていた。
鎧装備との兼ね合いもあり、胴長ではなくハイサイブーツである。
特に魔法のかかっているようなものでもない。
ちなみに、まだ足元も確かなのでいつもの装備のままである。
「右前方から、ジャイアントリザードが3匹。これは狙ってきてるな。迎撃するぞ」
街道から外れて湿原を進み始めると、途端にモンスターの襲撃が始まっていた。
4人+1名の彼らであれば、どうにかさばけるぐらいの難易度の敵ばかりであった。
事実、遭遇したジャイアントリザード3匹も無事、彼らの手によって仕留められている。
「これぐらいなら、俺達でも十分に対処できるな」
「強い敵が出なくて助かってますぅ」
「……そもそも、レニ達に対応できないようなモンスターが出現するのであれば、依頼されてないから」
「それもそうだな」
レニの認識は、本来は間違いであった。
冒険者の力量を示す統一的な指標はなく、依頼の難易度を正確に把握するためのプロフェッショナルもいない。
ただ、このデプスストロウの樹液を採取するクエストに関しては、ルーチンであり、カレジスタットの塔においてその難易度はすでに把握されている。
そして、その難易度は、『初心者冒険者でも問題ない』と言うものであった。
だから、初心者冒険者たちでも対応できるモンスターしか出現しない。
***
「なんだこれ!」
「あ、足が重いぃ」
「あー、きつい。やっぱりきつい」
「これで、モンスターの襲撃に遭遇したらどうすればいいんだよッ!」
「遠距離攻撃でどうにかしないといけないですね。ですので、早期発見が重要になります。皆さん、警戒のほどよろしくお願いしますね」
サザンケープ湿原を進み、すでに足元は泥状になっていた。
サウスタールの町で購入したロングブーツを履き、モンスターではなく大地と格闘している。
地面は黒く、普段嗅ぎ慣れない臭いがたちこめている。
「嫌な臭いですぅ」
「臭いな。求めるものはまだ先なのか?」
「もう少し先になりますね」
「うぇぇ……」
マリウスは普段と変わらぬ口調で対応しているが、その表情は硬かった。
分かっていても慣れないものはあるのだろう。
レニも最大限顔をゆがめている。
他の3人に至っては言わずもがなであった。
「後ですね、ここでは絶対に火の気を出さないでください。確実に僕達死んでしまいますから」
「えーと、そうだった。なので、主戦力はネヴィの信仰魔法になる」
「えぇー、レニにマリウスの真言魔法は使ってくれないのですかぁ?」
「基本的な、魔力の矢を使用した場合、引火する恐れがある。実際、魔力の矢を放った瞬間にどっかんしたという話を聞かされた」
「ですので、この依頼の成功率は100%ではないんです。たまに、塔の魔術師と依頼を受けた冒険者、セットで戻ってこないという事態も発生しています」
「「「うああ……」」」
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
本年も、よろしければ拙作にお付き合いいただければと思います。
次話については、引き続き未定とさせていただきたく。