115 第16話 順調な人、どうしようもない人
カレジスタットでは、乗合馬車は単なる荷台だけのものと、荷台に屋根が付いたものが主に走っている。
都市間を運行するしっかりとした構造の馬車は、町中ではごくまれであった。
と言うのも、カレジスタットでは区画毎に立ち入ることができるものを分けているためである。
立ち入り資格の変わる区界では、乗合馬車は原則もしくはいったん停車して乗客の資格情報を確認する。
乗客は乗ったまま、衛兵らに市民証や滞在証などを提示すればいいので、下手にきっちりとした馬車に乗るよりかは、普段使いでは簡易な荷馬車の方が適しているのだ。
とは言うものの、例外はある。
アーズ達は、その例外に当たっていた。
「これが、塔行きの乗合馬車なのか?」
「そう。これでいい。3人共乗って?」
「これじゃあ、塔まで何も見えないですぅ」
「閉じ込める気、なのか?」
「塔へ行くというのは、そういうこと」
その乗合馬車はボックスタイプであった。
上部に明かり取りの開口部があるが、四方は完全に板張りで窓はない。
扉も、外側から鍵が掛かる仕様で、内側からは開けられないという徹底ぶりである。
「このまま連れ去られてもおかしくない状況じゃないのか?」
その上、乗客はレニ達4人のみであった。
彼らが疑心暗鬼になるのも仕方ない。
「塔への道程において、機密区域を通過するの。だから、塔行きの乗合馬車は特別製で周りが見えないようになってる」
「なんでそんな所を通らなきゃいけないんだ?」
「そう言う所に塔が立ってしまっているので仕方がない。我慢して」
「仕方ないな……」
がたがたがた……
ひたすらに馬車は進み、やがて止まった。
「…………」
扉が開かれる。
彼らの目の前には、塔の入口があった。
「ここが目的地の塔。降りる」
「いいのか?」
「良いも悪いもない。早くしないと、折り返してしまうからさっさと降りるの」
レニを先導に、4人が馬車から降りた。
馬車は元来た道へと引き返していく。
ここは目隠しのあるロータリーのような形をしている。
4人からは元来た道の方は見えないようになっていた。
「どんな所なのか分からないですぅ」
「いちおう、ここもカレジスタットの街の中。なので気にしなくてもいい」
「目の前に聳えている塔の上からなら、見晴らしは良さそうなものなんだけどな」
「……窓が無い」
男性陣が見上げているが、その天辺は見えず、窓も見当たらなかった。
「じゃあ、さっさと手紙渡しちゃいましょぅ」
「とりあえず、入った所に受付がある。こっち」
引き続き、レニが先導して塔の中に入る。
入ってすぐの所に、受付のようなカウンターがあった。
見るからに真言魔術師然とした若者が座っている。
「魔術師協会にどういったご用でしょうか……あ、セレニティア先輩、お戻りになられたんですね?」
「……今は、レニなの」
「……???え、えーと、で、どうしました?」
「ネヴィが、協会宛の書状を持ってる」
「???」
受付に座っている青年が、疑問符を浮かべ続けている。
どうにも、レニの立ち位置と言うのが理解できていないのだろう。
「ネヴィ、例のもの、出して?」
「えっとぅ、これ、なんですけどぅ」
ネヴィが、その青年の前に書状を出す。
もちろん、正本を、であった。
さすがにここでカマを掛けたりと言ったことはしない。
「少し拝見いたしますね……分かりました。何も分かりませんが、上に上げさせていただきますね」
若干、顔色を変えていた青年が、確かに話を通すと約束した。
「じゃあ、どのくらいかかりそう?」
「……とりあえず、明日の夕刻ぐらいに何らかの結論、もしくは、見立てがつけられると思います。で、せ……レニさんはこの後どうされますか?け……」
青年が言葉を続けようとして、レニが止めていた。
これ以上、3人に彼女自身のことを知られたくないのだろう。
「わーわーわー、なら、明日の夕方、またここに来る。ので、中央広場までの往復の乗合馬車の通票を、お願いしたい」
「?……あ、はい、ちょっと待って下さいね。たしか通票はこの辺りに……これですね。えっと、発行時の手順は、こうして、あーして、こうやって、で、4人分だから……できました」
青年からレニが色の違う通票を2枚受け取る。
「とりあえず、今日はこれでいい。じゃあ、また明日来るのでよろしく」
「えっと、ありがとうございました?」
「どういたしまして?」
やり取りの間、男性陣2人はただ、無言であった。
彼らの出る幕は、ここにはなかった。
***
「あー、緊張したな。おかげで、何も言えなかったぜ」
その後、中央広場の近くにある安宿を見つけ、1階にある酒場で落ち着いた後のアーズの第一声がこれであった。
「場違いだった。冒険者を続けるなら、ああいう所にも慣れないといけないのか?」
「ラザは職業盗賊なのよねぇ?なら、街中での情報収集のためにも、街中にある施設なら、気後れせずに入れるようにならないと皆が困ると思うよぉ?」
「そ、それは……」
ラザのぼやきに対しては、ネヴィが至極まっとうに刺している。
職業盗賊としての仕事と言えば、ダンジョンでの罠関連、不意打ち等の警戒、街中での情報収集等がそれに当たる。
人工物に関する各種アクションを取るというのが、職業盗賊としての役割であった。
ちなみに、呪術詩人の場合は主に聞き込みとかの対人スキルが中心となり、狩人の場合は天然物に対するアクションを取るというのがその役割である。
戦士、神官、精霊魔術師、真言魔術師には、そういう役割は求められないし、賢者スキルには対人は含まれない。
専ら、町中では職業盗賊が輝く……はずである。
「でぇ、ネヴィはじゅんちょーにミッションをこなしているんですけどぉ、アーズとラザの方はどうするんでしょーかねぇ?」
ネヴィが男性陣をチクチクとやっているが、彼女が受けたクエストは所詮小間使いである。
何もしなくても物語は進行するのだが、男性陣の方は探索型。
情報を得なければ進まないのだ。
「アーズの方は確か、フォルティアと言う吟遊詩人を探すって依頼でぇ、ラザの方は、シャルトって職業盗賊をギルドに勧誘するって依頼だったわよねぇ?」
「「あ、ああ」」
「どう、順調なのぉ?」
順調な訳が無かった。
フォルティアについても、シャルトについても、オストハーフの街で集めた以上の情報はまだ何も得られていない。
そもそも、彼らは、まだ情報収集すらしていなかった。
「順調も何も、フォルティアって譲ちゃんはこの街で仕事してんだろ?じゃあ、こっからが本番に決まってんじゃねーか。さっさと見つけて、手紙渡して、……また、あの依頼人に会えないかなあ……」
「……見つけても、すぐに手紙渡すのは駄目。渡すか渡さないか、判断材料を集めて報告して、その後」
「……お、おう、そ、そうだったか?ま、いいじゃねーか?話聞けば何か分かんだろ?」
アーズは、これからだと言い放った。
「シャルトなんてハーフリング、どうやって見つければいいのか、皆目見当がつかない」
ラザはすでに白旗を上げていた。
「まず、情報を集めないと……と言うか、ラザは覚えてないの?」
(((オストハーフの酒場でラズフェルドがいろいろお漏らししていたの、もしかして完全に忘れた???)))
ラザにはどうにも職業盗賊としての適性は皆無ではないかと、周りの者たちが思うのだった。
ちなみに、女性陣はラズフェルドとアーズ達の会話を直接は聞いていなかったのだが、乗合馬車の中、暇を持て余す間にアーズ達からその顛末を詳しく聞かされていたのだった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
体調不良、キガ死、その他もろもろありまして、なかなか更新できないでおります。
次話も見立てが立っておりませんが、連載自体は続けてまいります。