110 第11話 紙切れ1枚に求めすぎ
「快適な旅路だったな。もうセイフェルの町か」
「馬車から風景を眺めながら12日、それだけでセイフェルに着いた。着いてしまった」
「やっぱりぃ、冒険者稼業って最高だよねぇ」
「…………」
4人の目の前には、ちょっとした町が見えてきていた。
御者の男が話しかけてくる。
「お客さん方、次の町の出発は翌日になっちまうから、宿は各自で手配してくれな」
アーズは快適な旅路だと言っていたが、実の所は代金前払いで人並+α程度のグレードであった。
彼らがどこの馬の骨ともつかないものであったことから、高級どころからはことごとく門前払いを食らってしまったのである。なので、御者の言葉遣いはご丁寧とは縁遠いものになっていた。
それでも、駆け出しの冒険者が日柄ただ馬車に乗って町の間を移動するのは前代未聞であるのは間違いなかった。
御者の言葉に他の客たちは分かった風に頷いていたが、そこで文句を言い出したのはネヴィだった。
相変わらずである。
「えー?運賃にセイフェルでの滞在費は含まれないのですかぁ?」
「すまんが、点検整備に、その他もろもろの準備があるんでいったん入庫しちまうから、セイフェルでは別途宿を取ってもらう決まりになってんだ。この町じゃあ、高い宿と言っても方向性の違うのがあるからな、好みの宿を取ってもらうことになってんだよ……って、説明聞いてなかったのかい?」
どうにも浮かれていて何も話を聞いていなかったことが容易に想像できる。
「てっきり、カレジスタットまでオールインだって思ってたんですよぅ」
ネヴィは白紙手形に無制限の期待を込めていたのだが、その夢は儚く打ち砕かれることとなった。
「……おいおい、他にも費用別途があるんだが、大丈夫か?」
「え゛……」
御者のさらなる一言にネヴィが固まった。
いや、固まったのはネヴィだけではなかった。アーズとラザも固まっている。
レニはさすがに固まることはなかった。
そもそもレニはカレジスタットの塔で研鑚を積んだ真言魔術師である。
カレジスタットのルールはそれなりに知っている。
もちろん、その他の町のルールとかもある程度は知っている。
……レニがカレジスタットのことについて他のパーティメンバーにレクチャーしていなかったというのが、驚きの事実であった。
「属人的な費用については代金には含まれないからな。この後、カレジスタットの入街税についても含まれていないんだが、は、払えるよな……」
「だ、だいじょーぶですぅ……?」
「入街税って、何なんだ?」
ネヴィとアーズの言葉に御者の男が唖然とする。
「お客さーん、目的地はカレジスタットなんすよね?」
「ああ、そうだ!」
「カレジスタットに入るには税金納めないといけないってことぐらい知っててくれよ!」
「オストハーフとかじゃあ、そんな物掛からなかったぞ?」
田舎者丸出しのアーズの言葉を、御者の男は一刀両断する。
「国がちげーんだから、ルールも違うに決まってんだろ?カレジスタットの場合はな、黙ってても人が来まくるってんで、税金とってそれでも来たい奴だけに抑えてんだよ。あそこには何でもあっから、皆目指すんだな」
「……おい、レニ、金はあるか?」
御者の男に続き、今度はレニが唖然とする番になった。
「少しならある……と言うか、パーティーの共有財布はないのに、アーズは何を期待してる?」
「……そうだっけか?はっはっは……」
「もしかして、アーズはお金、ないの?」
「少しならあるさ、少しだけならな……」
アーズの言葉に至極まともな質問で答えたレニにアーズがさらに追い打ちをかけるなか、ネヴィは自己ちゅーな言葉を御者の男に投げかけている。
「とにかくぅ、今日のお宿を取らないといけないのよぅ。えっと、おじさん、安くて食べ物がおいしくて寝込みに襲われる心配のない宿に案内してくれないかなぁ?」
「こちとら、明日の出発でてんてこ舞いになるんだよ!そんなの自分たちの足で探しな!ともかく、明日の朝、またここに来てくれや。そしたら、カレジスタットへ馬車を出すからな」
客商売である所の御者も、さすがにネヴィの言葉にかちんと来たようだ。知ったこっちゃないと突き放した回答を返す。
「えー」
「どうする?別れる?レニは別れたい」
レニが逃げ出そうとするが、アーズが動物的な勘を持って止める。
そもそも、同一パーティーがそれぞれ別の宿に泊まるという方がおかしい。
「駄目に決まってるだろ?とにかく、近くの安宿に行くんだ」
「大丈夫なんでしょうねぇ?」
「そんなの、知るわけないだろ?俺はこの町は初めてなんだからな」
「……つらい。なんでこんなパーティーにいるのか、本当につらい」
至極もっともなレニの呟きであったが、ずるずると流されてしまったレニにもその一因があるのだった。
◇◇◇◇◇◇
人騒がせな者達が立ち去り、御者の男は明日の出発の準備を始めていた。
手際良く、慣れた手つきで事に当たりながらも、同僚には愚痴しか話せるものがなかったようだ。
「何だよ、あいつら、あんな紙っぺら1枚でいい気になりやがって……」
「よう、どしたよ、そんなにぶつくさ文句言って?そんなんじゃ幸せも逃げちまうぜ?」
別便の準備をしている男が、会話を拾った。
「つーてもな、文句の一つも言わなきゃやってられないぜ」
「そんなにひどい客乗せてんのか?」
「ああ、おのぼりペーペー冒険者の御一行よ。……ちくしょー、向こう行ったらふっか……うがー」
「え?お前さんの今回の担当って一般行程だよな?だったら冒険者が気軽に払える額じゃないだろ?しかも、オストハーフからカレジスタットまでの通しだろ?」
「ああ、そうだよ。結構たけーぞ?なんだけどな、オストハーフの豊穣神の神殿へのつけ回しの証文で乗ってきやがった。だから、代金そのものは確実に回収はできるんだが、そいつら、どうやらいいとこを何軒も断られた末に仕方なしにここを選びやがった。そんなんだから、態度って奴が……」
「……それでも、まとまった代金回収できるんだから、そりゃ上客じゃねーかよ。羨ましい」
「オストハーフの豊穣神神殿相手に、そんなにふっ掛けられねーさ。エレニア司祭長、こういう時に限ってものすごくこえーんだよ。絶対信仰する神さん間違えてる。絶対商売神の司祭だよあれは」
「あんまりそういうこと言うとどこから伝わるか分かんねーぞ?」
「おーこわ。せっせと明日の出発の準備すっかね。半日しかないから大変だっつーの。ところで、今回の妖魔の森の護衛担当ってどいつになってる?」
「…………あー、他の商隊との合同だが、『盾持つ者』になってるな」
「まじかよ。今回は勝ったな」
「本当に、今回のお前さんは運がいいぜ。こんな調子じゃ、さらなる奇跡も起きるんじゃねーか?」
「……まさかな?それはないだろ?さすがに、あれまで起きたら、奴らには足向けて寝られなくなるな?幸運の使者って奴だよ。尊大だがな」
「そっか、お前さんは彼女のファンだったか。まあ、あれが起きるのはいつか分からんよ」
作業をする二人の下に、息せき切って小姓が飛び込んで来たのはその直後だった。
その瞬間、御者の男の眼の色が変わった。
「2名だ!2名チャレンジだ!」
御者の男の叫びともつかないオーダーを聞き、その小姓は身を翻してもと来た道を戻って行った。
「まさかな……ははは……」
「これでチャレンジ成功してたら、まじもんだぞ」
「……久しぶりに、彼女の歌を聞きてーよ。頼む、成功しててくれ……」
御者の男の下に朗報が飛び込んで来たのは、その直後であった。
◇◇◇◇◇◇
結局、彼らにとって特筆すべきことはセイフェルの町では何も起こらなかった。
ただ、近くにあった安宿に彼らは泊まり、なけなしのお金をさらに減らすだけだった。
セイフェルの町の特産品である湖の魚料理も堪能せず、物取りが侵入することもなかった。
もちろん、宿の従業員が寝込みを襲うこともなかった。
少しだけ年を重ねて、以前のような出迎えの挨拶が恥ずかしくなってできなくなっても、今度は名物女将としての絶対的な地位を築いている女性に出会うこともなかった。
だから、彼らは、シースリプレスにいたハーフリングの母娘に出会うこともなかったのであった。
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次話投稿は、6/23(土)の予定となります。