109 第10話 エレニアの講話
本話では1人称視点が含まれています。ご注意ください。
「うふ、うふふふぅ……」
「ネヴィ、気持ち悪い」
明けて翌日、今日はネヴィがいくつかの書類を受け取る日だ。
おかげで、朝早くからネヴィのテンションがおかしなことになっている。
「遊んでやるぅ、道中、お貴族様ごっこやってやるぅ……」
「やめて。せめて、快適ぐらいで勘弁して。悪目立ちしたくない」
レニが必死で止めている。
元来、レニは目立つのが苦手なのだ。
彼女はそこそこであればいいと思っている。
「これで、見知らぬ世界に旅立てるな!」
「……どうすればいいんだよぉ……」
アーズは空熱血で、ラザは落ち込んでいる。
アーズはカレジスタットあたりで目的のハーフリングに出会うものと信じ込んでいる。
ラザは、結局自身で情報を咀嚼できずに、分からずじまいのまま今日を迎えた。
「じゃあ、行ってくるからねぇ」
この世の春を謳歌しに行くような感を醸しながら、ネヴィは意気揚々と神殿に向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
調べ物を行う時間は終わった。
手紙を長々と書く時間も終わった。
1日の間を開けたのは、このペンダントをどうするか、その依頼を手紙に認めるため。
シャルトは、私にこのペンダントを託して去っていった。
フォルティアの……ガーネットの下にある本物と対を成す精巧なレプリカ。
それは、本物の力のごくわずかを封じている。
たった少しだけど、それでいて、本物のペンダントが最終最大の効果を発揮させなくさせている。
重要な重要な、世界を揺り籠に微睡ませる為のちっぽけな鍵。
だから、封印しなければならない。
どこに封印すればいいのか?
封印できるだけの揺るぎはどこにあるのか?
この近くにはないけれど、それだけの熱量が凝った場所ならしばらく前に出来上がった。
死者の積み上がった丘の上。
それだけでは不浄すぎるけど、
聖転させれば、その強大なエネルギーがこの力を覆い隠してくれるだろう。
その方法を認めて、出来得る者たちに後を託す。
……もちろん、彼らではないですよ?
ただ、こういう仕事は英雄がやると得てして失敗してしまう。
フラグが立ってしまうから。
歴史がそれを雄弁に物語っているから、だから、私は彼らに依頼する。
英雄の対極にいるような彼らなら、必ずや失敗しない。
誰も注目しないから、横やりは入らないと、そう確信する。
……そういう事情が無ければ、なんであんなのに依頼するっての?しないに決まってるじゃない!
朝の礼拝の時間になった。
今日は私が講話をしよう。
ええ、もちろん彼女はまだ来てないわ。
大聖堂の、女神像の前に進み行く。
豊穣神様の像は今日も柔和な笑みを浮かべたままだ。
表情を変えることはない。
私も、表情を変えることなく、下級司祭たちの姿を捉える。
胸元から、件のペンダントを取り出す。
しゃらんと微かな音を立てて、聖堂の光を内に湛えた大粒の水晶がさらされる。
その光はただただ透明で、どんな色にも輝かない。
「さて、皆さん、このペンダントを見て、何か感じる所はありますか?」
ほんの少しざわめくが、意志ある声は還ってこない。
還ってくるはずがないと、私は知っている。
その力を感じることは、私にもできないのだから。
その空気を代表するように、最前列にいた高司祭の一人が口を開く。
「司祭長様、私共には何も感じられません。それは聖なるお力なのですか?それとも邪なる力なのですか?」
私の求める模範回答。
教科書通りのお手本だ。
そして、教科書通りの講話を始める。
「力、ではないのです。皆さんは、私が取りだしたペンダントだから、そして、そのペンダントについて問いかけられたのだから、何らかの力があるのだと考えた」
「それではいけないのでしょうか?」
「世界は、力ではないのです」
「善き神の慈悲は、力によって照らされるものではないのです」
もちろん、善き神の中にも力を至上としている一派はあるが、私たちはそうではない。
豊かさを、力で求めてはいけない。
力による豊かさ、それは強奪であり、搾取に他ならない。
……力を至上としている善き神と言うのは、単なる邪神の裏返しにしか過ぎないのだから。
そんな事を言ってしまえば、私が命を狙われる立場になってしまうので口が裂けても言えないもどかしさはある。
……話がそれてしまった。
「善き神の慈悲は、富める者、貧しき者、聖なる者、悪たる者、そのすべての者に平等に与えられるのです」
「今日の糧をお与えになる、豊穣神の御心に寄り添い、祈りを捧げましょう」
「「「捧げます」」」
私も女神像の方に向き直り、水晶のペンダントを握りこみながら祈りを捧げます。
朝のお勤めです。
できれば、この祈りによって少しでもこのペンダントが聖なるものとしての役目を果たしてくれればと願いながら。
***
十二分に祈りを捧げた後、もう一度司祭たちの方へと向き直る。
「このペンダントですが、このペンダントそのものには力はありません」
「では、なぜ今ここでこのペンダントを私共にお示しになられたのですか?」
「これは、鍵なのですよ」
「鍵?」
「ええ。このペンダントはレプリカ、すなわち偽なる物です。しかし、偽なる物は真なる物の裏返し。このペンダントがある限り、真なる物はその効果を現さないのです。ですから、これは、鍵なのです」
「では、その鍵をどうされようとするのでしょうか?」
「封印を」
私の一言で辺りが騒めいた。
封印……それは、神々の秘奥に連なる行為となる。
普通、封印と言うのは、力ある、世に出してはいけない物に対して実施するのが常だ。
「鍵を、封印されるのですか?」
「ええ。私たちの力では、封印できるのは鍵のみ」
「本体を封印しなければ意味が無いのでは?」
「真なる物の力は、私たちの手に余ります。しかし、鍵であれば力はなく、しかし、真なる力を封じることができるのです」
水晶のペンダントの本体は、彼女が持っている。
だから、私が手にすることはできない。
手に入れようとしてもいけない。
その行為は、災厄を呼びこむことになってしまうから。
彼を相手にすることなんて不可能だ。
「では、どのように?」
「虚空の祭壇に」
さあ、無名の者たちが、力のない物を封印するのです。
講話はこれで終わりですね。
……やはりといいますか、呆れかえると言いますか、グィネヴィアは来ませんでしたね。
◇◇◇◇◇◇
「では、こちらがカレジスタットの真言魔術師協会にお渡しする物ですね」
昼前になって、やっとエレニアの下にネヴィがやってきた。
まずは、封蝋のある筒状の物が渡される。
「確かに受け取りましたぁ」
「で、こちらが免状ですね。2通用意しましたから、適切に利用するように」
「こ、これがそうですかぁ、えへへ……」
司祭長の前だと言うのに、ネヴィの表情が緩みっぱなしだ。
「この封蝋は、資格のある者でないと解くことはできないようになっています。また、途中で紛失したり、故意に何らかの悪意を持ってどうにかしようとした場合は、私の方にシグナルが届くようにしてあります。もし、私にシグナルが届いた場合は、……十分な覚悟をしておいてくださいな」
その脅迫ともとれるような警告も、ネヴィの耳に届いているかどうかは微妙であった。
ただ、ネヴィのような利に聡い者なら、どうすべきかは本能で悟っているだろう。
「それでは、行く路の先々に豊穣神の慈愛の心が遍く届かんことを」
「承知いたしましたですよぉ」
ホクホク顔でオストハーフの豊穣神の神殿を後にするネヴィの顔には、信仰心なぞ欠片も浮かんでいなかった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
エレニア司祭長の講話の部分につきましては、
エレニアさん視点の1人称といたしました。
次話投稿は、6/9頃を予定しております。