108 第9話 ラザは一人きり
明けて翌日。
今日は、ネヴィの受けた依頼に関する進展のない日だ。
ラザにとっては今日が勝負の日である。
アーズにとっては……昨日のラズフェルドの大盤振る舞いでどうでもいい日になっていた。
アーズはすでに、セイフェル、カレジスタットのいずれかにたどり着ければ依頼は達成できると思い込んでいる。
そして、そのことばかりを考えて完全に上の空であった。
彼がパーティーリーダーなのだが……。
***
「じゃあ、今日はぁ、一日英気を養う日と言うことでぇ、かいさーん」
酒場の食事スペースで朝食を皆で取った後のネヴィの一言である。
アーズは心ここにあらずで、その一言を聞いてもいない。
ので、通ってしまった。
「じゃあ、私は街に出るからねぇ」
「なら、部屋で本を読むことにする。邪魔しないで」
ネヴィは町中に姿を消し、レニは自分の部屋に引っ込んでしまった。
残ったのは、アーズとラザの男二人だけであった。
「お、おい、よかったのかよ?」
「何がだ?」
ラザがアーズに詰め寄っている。
「俺の受けた依頼はどうすればいいんだよっ」
「そんなの自分で考えろよ、仮にもラザは職業盗賊だろうが、お前がそういうのは最も得意だろう?」
アーズの返した答えは確かに正論だった。
街での情報収集、職業的には、職業盗賊は最も得意とする分野だ。
だから、俺たちの出る幕はない。
それがアーズの論拠だ。
そこに、パーティーリーダーとしての自覚は微塵もない。
適材適所とはよく言うが、アーズの場合は面倒なことは無理。と言う理由だけだった。
「そもそも、お前の受けた依頼内容が全く分からないのに、素人の俺たちがどう首を突っ込めって言うんだ?」
こういうときだけやたらと弁が回っている。
「ちくしょう!困ったら泣きつくくせに、こっちが困っても知らんぷりかよ!」
「逆切れされても、出せるものは何もないな。とりあえずさっさと行ってこいよ。ここにいた所で、何も助けは来ないからな」
最後までアーズはラザを突き放していた。
「うわああ!!!」
ラザは泣きながら酒場を飛び出していった。
「ったくよお、もうお子ちゃまじゃないんだから、自分の行動に責任ぐらい持てって言うんだよ……」
自身の行動に責任を取っていないくせして、他人の行動の粗だけはほじくるアーズだった。
パーティーリーダーとしての器は到底感じられない有様であった。
***
とは言うものの、ラザも大概であった。
「ちくしょう、なんでこんな目に合わなきゃいけないんだよう」
泣きながら職業盗賊ギルドを目指している。
あくまで、この事態となったのは偏にラザのミスによるものなのだが、そういったことは念頭になく、ただただ今の現状を嘆くだけだった。
反省と言う言葉は見当たらない。
「冒険者になったら財宝見つけて、うはうはの人生を送れるんじゃなかったのかよお」
愚痴の内容がひどい。
そもそも冒険者と言うのはならずものやまともな職に着くことのできない者達の掃きだまりだ。
吟遊詩人たちが甘く囁くのはほんの一握りの者たちの物語。
盛りに盛って、あたかも冒険者になればすぐにこんな目に会えますよと、地獄へと甘く誘う。
そんな夢物語を、場末の酔客は面白く聞くだけだ。
面白く聞ければ、おひねりを投げる。
面白くなければ、何もやらない。
面白くするために盛って嘘を重ねて、だって物語だからとほらを吹く。
真に受けるものは単なる馬鹿だ。
で、ラザはそういう馬鹿だった。
不幸なことに、馬鹿はラザだけではなく、アーズ、ネヴィと揃っていた。
故郷では役立たず3人組と陰口を叩かれるぐらい、どうしようもない者たちだった。
だから彼らは、半ば追い出されるように故郷を離れセイフェルにやって来ていた。
ラザもアーズも自ら旅立ったと勘違いしていたのではあるが。
「はあはあ……サブマスはいるかよ!」
しばらくして、息を切らせたラザが職業盗賊ギルドに辿り着いていた。
「なんだい朝から騒々しい、って、ラザ坊かい。……ん、んんっ……あー、グラザールさんですね?どうしました?もう、当てを付けてこられたのですか?」
当のサブマスは窓口業務でラザの目の前にいた。
一瞬、地が出ていたが、窓口としての応対に瞬時に切り替えていた。
「そ、そんなの無理……と言うか、俺、依頼内容何も聞いてないんですけど」
「聞いていない……ですか?私は、革の小袋の中に依頼内容を記したメモと入れておいたとお伝えしたと記憶しておりますが?」
ラザの言に、しれっとサブマスが返す。
「え?」
「よもや、私の言葉すらお忘れになられていたとでもいうのでしょうか?」
確かに、サブマスはそう言っていた。
ラザが完全に忘れており、その上帰ってきた小袋の中身を今の今まで全く確認していなかったのだ。
「う……」
ラザが冷や汗を流している。
「仕方ありません。懇切丁寧にお話しいたしましょうか?グラザールさん?」
「よ、よろしくお願い……します」
サブマスにじろりと睨まれて、何とか丁寧語を絞り出したラザであった。
「説得してもらいたいハーフリングの名前は、シャルト=ブリージングっていうんですよ?ご存知ですか?」
「しゃると……聞いたことが無いんですけど」
どうやら、ラザの頭からは昨晩の話はすでにすぽんと抜けてしまっているらしい。
「……この辺りではそれなりに有名なハーフリングではあるんですけど、やっぱりグラザールさん程度ではお知りにならないんですね……」
「す、すみません。その、シャルトって言うハーフリングはそんなに有名なんですか?」
「若いのになかなかの手練れだって話ですよ?活動範囲は、カレジスタットから東のこの一帯です」
「……範囲が広すぎないか?」
「それは当方の関知するする部分ではございません。彼はどちらかと言うと戦闘や戦場での仕事が得意であると言われておりますので、そういう所を回っているとの一般認識となっております。ですので、一所にはいないのです」
「じゃあ、どうやって探し出せばいいんだよ!」
ラザがサブマスに対して大きな声を出している。
立場的にそんなことは決して許されないのだが、どうやらサブマスは心が広いようだ。
「それは、情報収集を行い、彼が滞在している確率の高い所をしらみつぶしに回っていく、もしくは確度の高い情報を収集して彼のいる所を特定して狙い撃ちする。と言う方法を取るしかないのでは?」
「そんなんじゃ、いつになるか分からないんですけど」
「ええ、それはこちらでも把握しておりますので、この依頼に期限は設けておりません……ただし、組合費は毎年払っていただくものですので、……分かってるわね?」
サブマスは言外に期限を設定していた。
1年後である。
それまでには、何らかの結論は出るだろう、そう見込んでいるようだ。
にしても、気の長い依頼であった。
「あ、ああ、わ、分かった」
「では、頑張ってください」
結局、今日もラザはろくな情報を得ないまま職業盗賊ギルドを後にするのであった。
……対象の名前とか、その他もろもろ、それなりに情報は渡されているのだが。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
次話投稿は、5/27(日)の予定です。
(執筆状況次第では繰り上がりの可能性も少しだけありますが……)