104 第5話 依頼が、積み重なる
「まあ、謝ってもらったし、キミにお願いしたい依頼のこと、話してあげる」
職業盗賊ギルドの出納係の女性がグラザールをねぶるかのような口調で話し始めた。
「依頼の内容は簡単。あるハーフリングに、うちに入るよう説得すればいいだけよ。期限は設けないわ。出来るだけ早くやってくれればそれにこしたことはないけどね」
「なんで、俺なんだ?」
「そんなの、ちょうどここにいたからに決まってるじゃない?この、う・っ・か・り・さ・ん?」
「何かを取ってくるとか、誰かを暗殺するとか、そういう類の物ではないんだよな?」
「ウッドランクのペーペーにそんなこと頼める訳ないじゃない?彼を探し出して、交渉すればいいだけよ?ほら、何の危険もない、簡単な依頼じゃない」
「た、確かにそうだが……」
どうやらラザはサブマスの口車に乗せられているようだ。
ここで、ちょっと立ち止まって考えてみてほしい。
対象となるハーフリングは、組織に属しないフリーランスである。
つまり、組織に属さなくてもやっていけるだけの実力を持っていると言うことだ。
そんなハーフリングを見つけることすら困難なのに、その上、組織に加入させろとか、どれだけ無茶を言っているのか?
そして、そんなことに全く気付かないラザのお里が知れると言うものだ。
「なら、受けてくれるわね?……まあ、受ける以外の選択肢を用意していないんだけどね♪」
とは言うものの、嵌められている時点でそんな事をラザが考える必要はなかったようだ。
「お、おう」
「じゃあ、契約成立ということで、これ、手付金」
サブマスが、中宝石が1つ入った革袋をラザに渡した。
ラザから掏り取られていた中宝石の入った小袋を。
「報酬は、成功報酬として中宝石1つを用意しているからね。……それから、依頼の内容はさっき渡した革袋の中に手紙として入れておいたから、帰ってお仲間さん達と確認すればいいわ。じゃあねえ?帰り道は浮かれてるんじゃないわよぉー」
「あ、ああ、期待して待っててくれな!」
ラザはそう言い残して職業盗賊ギルドを後にするのであった。
***
グラザールが出て行ったあとのギルドにて。
出納係のサブマスが深いため息をついていた。
「本当に、ラザ坊はダメダメだよねぇ。あれじゃあ、職業盗賊として絶対に大成しないわあ。……どうしてあんな子に育っちゃったのかしらねぇ……」
窓の外に目を向けているが、何も見つめてはいないようだ。
「目鼻のきく職業盗賊なら、その場で確認もするだろうし、より依頼を遂行しやすいように情報を仕入れようとするもんだよ。だって、潜りのハーフリングをギルドに入れさせようとしてるんだったら、ターゲットの情報を最も持ってるのは、入れさせようとしているギルドそのものだろうに。そんなことすらラザ坊は気付かないんだろうかねえ。ま、明日にでも聞きに来たら安価で情報を売ってやるにしても、来るのかねえ……」
ひとしきりラザに対する愚痴を吐き出した後、一呼吸ついてから彼女はその裡に隠していたものを吐露する。
「にしても、今頃、あいつはどうしてんだろうかね?
……シャルトさあ、そろそろ意地張るのやめて、うちに来てくれよ……」
彼女の遠い目は、どこも見つめてはいない。
ただ、今ここにはいない、ハーフリングに思いを馳せているのだった。
******
二人がいなくなった安酒場で、アーズとレニがのほほんとしていた。
「なんだか、暇だな!」
「冒険者って、こんな感じなの?」
何でもポジティブにしようとするアーズに、レニが尋ねている。
「どういう意味だ?」
「いつも、こんなにドタバタしてるの?疲れない?」
「それが楽しいんだよ!いつだってわくわくしている方がいいじゃないか!」
「……やっぱり、暑苦しいのね」
「おうよ!それが俺だからな!レニも楽しめばいいんだよ!頭空っぽにして、感じてみろよ!ほら、楽しいだろ?」
「魔術師が頭空っぽにしてどうするというの?馬鹿でしょ」
あんまりなアーズの答えにレニが眉を顰めている。
「はあ、なんで、こんな所にいるんだろ」
レニがぶつくさ文句を言っているが、結局はここに居続けるのだ。
彼女とて、今の環境を捨てる気はないらしい。
そんな二人に怪しい影が近付いて来ていた。
ウェーブのかかった紫色の長い髪、大きく胸元の開いたナイトドレス、見せつけるようにたわわに実った大きな胸。どこから見ても立派にフェロモンを出しまくっている妖艶な女性だ。
「あらぁ~、坊やたち、暇そうにしているのねぇ?」
二人の視線がすぐさま胸元に吸い込まれていた。
一人はガン見している。
もう一人は100%敵意のこもった視線で少しでも削ろうとしているかのようだ。
……もちろん、視線だけで胸が削れることはありません。
「何の御用ですか?」
「あらやだ、そこのお子ちゃま魔道師ちゃんは気にしなくていいのよぉ?そっちの頼りがいのあるお兄さんにご用があるの」
とりあえずその女性はレニのことは無視する腹積もりらしい。
「お、おう、俺に頼みたいことがあるのか?な、何でも言ってくれよ!」
「お兄さんなら、そう言ってくれると信じてたわ。(チラッ)」
あからさまである。
そして、お約束である。
アーズも大人の色香にはイチコロであった。
隣で睨んでいるレニのことは全く見えていない。
「う、うぉっほん!し、仕事の依頼ってことで、いいんだよな!」
「ええ、そうよ?お兄さん。かーんたんな、おしごとのお願い。もちろん、報酬だって用意してるわよぉ?」
「(ごくり)」
アーズの下心が傍目から見ても分かるぐらい唸りを上げている。
「この手紙をね、フォルティア=ホワイトハートってハーフリングの女の子に届けるだけの依頼」
「手紙、届ければいいのか?」
「届けるかどうかの見定めもお願いしたいわね」
「見定め、だと?」
「手紙はここにあるんだけどね?彼女自身が、この手紙を渡すに値するかどうか、その判断もしてちょーだい?」
「訳が分からないわ」
「そこのちっぱいは黙っておきましょーねー」
「うぐぐ」
依頼人の女性は、レニに口出しされたくないようだ。
「判断基準はあるのか?」
「フォルティアを偽りのゆりかごの中に閉じ込めておきたいのなら、この手紙は無用の長物ねぇ」
「それだけなのか?」
「それだけで十分なのよぉ。で、結論が出たら海シャチ亭の主人に報告してもらえればいいわぁ」
「け、結論……完了報告ではないのか?」
アーズはさすがにラザほどうっかりしてはいなかったようだ。
どうにか、依頼人の言葉尻を抑えることに成功している。とかく、ぎりぎりであることは確かだが。
「ええ、彼女に渡すかどうかの判断を、その材料と共に報告すること。手紙を渡すのはその後ね。……渡すべきでないと判断した場合は、主人に預けてもらえればいいわぁ……では、この依頼、受けて下さるかしらぁ?報酬は、前金で500G、成功報酬として2000Gを約束するわぁ」
「ああ、その依頼受けよう」
横で苦い顔をしているレニを後目に、アーズは即答していた。
「じゃあ、これが前金になるわねぇ。そして、渡すべき手紙はこれよ…………もちろん、中身を見ようとするのはイケナイことよぉー?」
机の上に小さな宝石が5つと、分厚い封筒が置かれた。
「もし、その手紙を失くしてしまったら……代わりはないから、覚悟することね」
その言葉を最後に、その女性は席を立ち、去って行った。
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次話投稿は、3/25(日)もしくは、4/1(日)を予定しています。