102 第3話 言いすぎたら畳み込まれた
エレニア司祭長にどんどん絞られているネヴィであったが、それでも冒険者の端くれである。
どうやら、今回の話の具体的な所を何一つとして話されていなかったことに気付いたようだ。
「で、メンバーを説得するにもですねぇ、今回の依頼がどのようなものかを聞いておかないことにはですねぇ、何も出来ないのですぅ」
「ふう、冒険者としてはどうにか及第点と言ったところでしょうか。先のまま逃げ帰っていた場合、それはもう、楽しいことになっていたのですよ?」
「は、はうう」
エレニア司祭長はネヴィのなけなしの勇気を評価はしているが、それでもその手を緩めない。
逆に、やっと本題に入ることができるとウキウキしていた。
ネヴィにとっては災難以外の何物でもない。
まあ、結局はブーメランであるのだから、甘んじて受けなければならないのだが。
「いくら駆け出しとは言え、冒険者と言う特殊な職業で身を立てようとしているのです。もっと、流儀と言うものを勉強しなさいな」
どこの高司祭が冒険者のイロハを語っているのか?
その後しばらく、エレニアの説教がネヴィを蹂躙するのであった。
「……とまあ、説教はここまでにしておきましょう。ここまで白目を剥かずについてこれたご褒美に、今回の依頼についてお話しいたしましょう」
どうして、依頼の話がご褒美となるのか?
依頼者として、依頼の話をするのは義務のはずなのだが、どうにも優位な立場と言うものをエレニアは維持したいのだろう。
確かに白目は剥いてはいないが、ネヴィのヒットポイントはほぼゼロだ。
「簡単な配達ですよ。カレジスタットの『塔』まで手紙を1通届けてもらえればそれでいいのです」
「手紙の配達ですかぁ?」
エレニアの言葉に、ネヴィの頭の中には?が浮かぶ。
確かに、初心者パーティーに対して依頼するのなら、妥当な線ではあるかもしれない。
オストハーフからカレジスタットまでは遠い。片道でも20日以上かかる。
でも、今まで散々言っておいて、それだけ?とネヴィは思ってしまった。
「ええ。付け届けもありますので、単純な手紙ではありませんよ?ただし、今回はまあ気楽なものと考えてもらって結構ですね」
「気楽、ですかぁ?」
更に、気楽と言われてさらにネヴィは混乱する。
したのだが、次のエレニアの一言で全てが解決した。
「配達にかかる諸経費はすべて私の方で持ちますよ」
「すべて……ですかあ」
さすがにエレニアの言っている言葉の意味が分かったのだろう。
現金なもので、一気にネヴィの顔色が元に戻って行く。
……元を通り越して、にへらぁといった感じになってしまった。
「でもぉ、私達持ち合わせがないんですよぉ?どうしたらいいですかぁ?」
とは言え、駆け出しの冒険者が大金を持っているわけがないのだ。
いくら旅の諸経費を持つといわれた所で、建て替えだと辛いものがある。
「もちろん、別に2通の手紙を認めておきましょうか。3通は出しませんよ」
「2通あれば十分ですよぉ」
満面の笑みで、ネヴィは頷いていた。
『付け』るための書面だ。
「でもぉ、どうして私達なんですかぁ?生業としてる者に頼んだり、大事な物ならもっと実力の高い冒険者に頼むものなんじゃないですかぁ?」
さすがに心配になったのだろう。
あれだけ言われたのだから、不安にもなろうと言うものだ。
ネヴィがエレニアに確認している。
対して、エレニアは苦笑いを浮かべて答えた。
「さすがに、業者に頼みたくはないですよ。今回の手紙はそう言うものですから。で、あなた達にお願いする理由ですが、単なるインプレッションですよ」
「え?」
インプレッションといわれてネヴィは再び目が点になっている。
「私が来客とお話している時に聞き耳を立てるような貴方ですから、これから都合のいいように動いてくれるかと思いまして」
「………………」
「万が一、失敗してしまったら、……その時は、まあ、ご想像通りのことになって頂くだけですし♪」
「ひ、ひえええ」
「すでに、貴方は私に対して負い目を持っていますからね。よろしくお願いしますよ」
確認をしたら、やぶへびになってしまったのだろうか?
それでも、ネヴィは挫けなかった。
「ほ、報酬は……」
しばらく考えるようにして、エレニアが軽く笑いながら告げた。
「分かりましたよ。成功報酬としてあなた達パーティーに対して1000Gお渡しいたします。さらに、あなたが今までに犯してきた罪に関して水に流しましょう」
「ほ、ほんとですかぁ」
「豊穣神の名に誓って、約束いたしましょう」
明らかに、その言葉でネヴィのやる気が一気に上昇していた。
「わ、分かりました。この依頼、必ずエレニア様のご期待に添える形で成し遂げて見せましょう」
どれだけ彼女はやらかしていたのだろうか?
その言い過ぎた言葉にエレニアが反応した。
どうにもこの言葉を待っていた節がある。
会心の笑みだ。いや、ネヴィから見れば痛恨の笑みだろうか。
「そう言ってもらってありがとうございますね。では、この依頼の完遂条件についても触れておきましょうか」
「へ?か、完遂、条件、ですかぁ?」
ネヴィの目が点になっている。
もう何度目だろうか?
エレニアに上げては落とすを繰り返されてしまっている。
……手紙を配達して終わりなら、エレニアはわざわざ『完遂』と言う言葉を選択しないだろう。
「私の期待に添える形で成し遂げると宣言頂きましたものね。ですので、その条件をお教えしておこうかと思いまして」
「手紙を渡すだけじゃない、のですかぁ?」
そして、まさしくその通りとなった。
エレニアからの続く言葉には、ネヴィを打ちひしぐに十分な破壊力があった。
「ええ、違いますよ?手紙を渡せば、確実にカレジスタットの真言魔術師協会は動きます。その後の顛末の、そのすべてを見届けて私に報告する。完遂の判断は私のジャッジによりますから、途中経過の報告は大歓迎です。報告した時点で完遂していないと判断しても中間報告ですから、引き続き完遂まで動いて頂ければそれで構いません。その代わり、報告にかまけて成すべきことを行わなかった場合はその時点で失敗扱いとさせていただきますよ」
「うわぁ」
「それでも、今回の報酬はあくまで手紙の配達に対してのものですから、その後の依頼については別途依頼元から報酬を貰ってください。なお、手紙の配達に対する報酬はカレジスタットの真言魔術師協会に委託しておきますから、手紙を渡した時点でひとまずお金は入手できますからね」
エレニアが怒涛のラッシュを決め切った。
要は、エレニアが満足しなければ完遂しないということである。
この依頼にどれだけの意味があり、どれだけの時間がかかるのかはエレニアの胸の中にだけ既に存在している。
「は、はいぃ」
そして、ネヴィは頷く他に選択肢はなかったのだ。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
次話投稿は、来週後半あたりになるかと思います。