100 第1話 巻き込まれるのは行いが悪いから
100話目の投稿(キャラクター紹介除く)及び、新章開始です。
思えば遠くまで来ました。
その日の、オストハーフの豊穣神神殿の司祭長のお茶くみ当番に当たったのは、グィネヴィアと言う名の若い女性だった。
少々呼びにくい名前らしく、親しい者からはネヴィと呼ばれている。
まあ、何だ、お茶くみ当番も立派な(?)勤めの一つなのだ。
だから、手を抜いてはいけない。
手を抜くと罰が当たる。
「はあ、今日はついてないですぅ」
ネヴィは、愚痴りながらこなしているので、手を抜いているのだろう。
普段は着ないらしく、着こなせていない神官服を身につけ、お茶を運んでいる。
「私が当番のときに、なんでエレニア司祭長に来客があるのよぉ」
慣れない手つきだ。いかにも危なっかしい。
ネヴィが司祭長の部屋の前までやってきた時、不幸にも中の会話が聞こえて来てしまった。
どうやら、興味津々の様子で聞き耳を立てている。
下級神官らしくない行動だ。
いや、そう言うものなのか?
「どうして……どうして、貴方は僕にその事実を知らせたんだよ。いっそのこと、知らなかった方が良かった……いや、もっと、もっと早く知っておくべきだったんだ!……分からない!どうしてなんだよ!」
そして、部屋の中から鈍い音が響いてくる。
誰かが、壁を殴ったのだろう。
ネヴィはその音にびくっと肩を震わせたが、お盆に載せたお茶を落とすことはなかった。
どうやら、彼女は悪運が強いらしい。
中の会話が続く。
「貴方からの手紙には、『赤い髪の彼女は、ヴィンテファーラントと共にシースリプレスに泊まっていた』と書いてあった」
「そうね、確かにそのようなことを書いた覚えがあるわ」
「貴方が悪い訳じゃないってことは分かってるんだ。だって、それが何を意味するかなんて、分かっていないよね?」
「シャルトく……違うわね、シャルトさん、貴方、一体何を言おうとしているの……かな」
「僕は知っているんですよ。その赤い髪のハーフリングの少女の名前」
「え?私の方でも分からなかったのに、どうして、貴方が……」
「彼女の名前、ガーネット=ブリージングって言うんです」
扉の向こうでは相変わらず、ネヴィが聞き耳を立てている。
ただ、その表情は険しい。
どうやら、彼女のスキル構成では、中の会話のすべてを聞きとることができないようだ。
「お、おもしろそうなこと、話している気配はあるのにぃ、か、肝心なところが聞き取れないですぅ」
結果、彼が、壁を殴った後の会話はそのほとんどを聞き取れなかったようだ。
ところで、早くノックしないとそのお茶、冷めてしまうのではないだろうか?
だが、そんなことに構う余裕など、内側にも外側にもなさそうであった。
「も……もしかして……そ、そういう、ことなの?」
エレニア司祭長の声が上ずっている。
その後に続く、シャルトの声は到底外からは聞こえないほど弱弱しいものだった。
「ああ、フォルティアは僕の妹だったんですよ。もちろん、両親とも同じ、実のね」
「…………」
その言葉を聞いたエレニアは固まるしかなかった。
***
「あー、完全に何にも聞こえなくなってしまいましたぁ」
外では、ネヴィが残念がっていた。
とは言え、最後までお盆の上のお茶を溢さずに潜り抜けたのは何かの才能だろうか?
普通は、このような会話がされている場合は物音を立ててしまい、途中で台無しにしてしまうものなのだ。
「じゃあ、お茶、持って行きましょうねぇ」
ネヴィが扉をノックする。
中の雰囲気が一気に変わっていた。
シリアスな空気が一瞬で追い払われる。
「エレニア司祭長、お客様にお茶をお持ちいたしました」
「お勤め御苦労様です。入ってくださいな」
許可を出すエレニアの言葉を受け、ネヴィが入る。
ネヴィが来ているそれよりも何段も高級な司祭服に身を包んだエレニアの向かい側には、ハーフリングの青年がいた。
(豊穣神の神殿にどうして、無神論者がいるのですかねー?個人的な知り合いかなー?)
ネヴィが声に出さずに訝しみつつ、お茶を出す。
「うーん、僕、確かに熱いのは苦手ですけど、なかなかの温さですね」
シャルトは、出されたお茶にすぐさま口を付けると、乾かぬ間にじと目でネヴィを見ている。
「……確かに、温いわね。……確か、あなた、グィネヴィアと言ったかしら」
エレニアもネヴィの方を見やる。
「申し訳ないけど、今度は淹れたてのお茶を持ってきてもらえるかな?」
「し、承知いたしましたぁ」
そそくさとネヴィが司祭長の部屋から出ていった。
***
お邪魔虫がいなくなり、雰囲気が少しだけ柔らかくなった室内で二人の会話が続く。
「ごめんなさいね、気を悪くさせてしまったかしら?」
「気分は良くないけど、別に、彼女のせいで悪くなった訳じゃないし、今更だね」
「うう……」
「でも、肝心の所は聞かれなかったんじゃないかな?僕は小声で話したし、見たところ、彼女がどこかのスパイとかには見えなかったからね。ちょーっと、好奇心が強すぎる娘って言ったところかな」
「本当に申し訳ないわ。心清らかな神官としてはあまり褒められた姿ではありません」
「それを貴方が言うかなあ……まあ、いいや。彼女が戻ってくる前に一つ、渡しておきたいものがあるんですよ」
「え?あの【風渡りの】シャルト=ブリージングからのプレゼント?どきどき」
「急に英雄マニアのエレニアさんになりましたね……このペンダントです」
「何々、水晶のペンダントですねえ。見たことが……あ……る……?」
「セイフェルの東の草原地帯のとある小高い丘で拾ったものなんですけど、エレニアさんに渡さないといけないと思いましてね」
「ち、ちょっと待って?いま、思い出してみるから……シャルト君と、フォルティアちゃん絡み……診療所……え?もしかして、これ、もしかするの?」
「おそらく、エレニアさんが考えたその物ではないですよ?僕は他人の物は盗まない主義なので」
「フォルちゃんから盗んだ訳じゃないのね」
「当たり前ですよ。どうして愛する妻の物を盗らなきゃいけないんですか?」
「それもそうよね……にしても、よく似ているわね。精巧なレプリカ?」
「だと思いますけど、僕には正直このアイテムが何なのかは分かりません。ですけど、僕がこのまま持ち続けるべきじゃないと強く思ったので、信頼のおけるエレニアさんに託しますよ。後は、どうにでもしてください」
「分かりました。このペンダントは私が責任を持ちましょう」
***
「もう!なんでこんなに時間が掛かっちゃうのよぉ」
ネヴィはぶつぶつ文句を言いながら淹れ直したお茶を運んでいた。
結局、お湯を沸かす所からやり直しになってしまったのだ。
「こんなことより、仕事したいよぉ」
なら、今やっていることは仕事ではないのか?
ともかく、再度エレニア司祭長の部屋の前に立つ。
ネヴィがノックすると、すぐに返事があった。
(ああ、もう修羅場終わっちゃったんだろうなあ)
何とも神官にあるまじき不埒なことを考えながら部屋に入ると、穏やかな二人に迎えられる。
「あ、あちち。やっぱり、ちょっと苦手だけどお茶は熱くないとだめだよね」
「そうです。やはり、お茶はこう、冷ましながら飲むものと相場が決まっていますからね」
しばらくして、お茶を飲み終わるとシャルトが席を立った。
「じゃあ、僕はこれで失礼するよ。例の件は、くれぐれもよろしくお願いするね」
「確かに承りましたわ。豊穣神の加護が、行く先の道を照らしてくれるよう、お祈りいたします」
「ああ、……って、僕はハーフリングだからね。お気持ちだけ受け取っておくよ」
「……それでも、私はお祈りさせて頂きますわ」
彼はそう言い残してオストハーフの豊穣神の神殿から立ち去った。
「今の男の人、何かかっこいい感じがあったけど誰だったんだろぅ」
ついぞ、ネヴィは彼の名前を聞けなかったのだった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
次話投稿は、未定です。書けたら載せます。
ちょっと、今精神状況が悪いので、先が見通せません。