9 第7話 出発 ソルの追及(2)
ソルフェリノって、いったい何者なのか?
作者すら彼女がマスコットにしか見えない。
朝食を終えた私とヴィンテファーラントは、そろってウリンの宿屋を出発していた。
永い滞在だったのだろう。彼らの出立準備は万端だった。
「ま、まあ、次の町であるセイフェルまではゆっくり歩いても2日でたどり着く距離だからな。そ、そんなにかっちりした準備をする必要はないんだ」
とは、カイルの言である。その言葉で、これから私たちが向かうのはセイフェルであることが知れた。
「が、ガーネットも、無理はしなくていいんだぞ。病み上がりなんだしな」
病み上がりと言う訳ではなかったが、少なくとも寝込んでいたのは事実だった。
「分かっています。それに、こまめに休憩を取っていただいているので、今のところ大丈夫です」
どうにも、昨日まで寝込んでいた割には、私の体がおかしい。
確かに、朝食を人の3倍は取った記憶があるが、それだけでこんなに動けるものだろうか。
「のどかですねぇー」
「ええ、のどかだわ」
「こういうのもいいものよん」
何かと話しかけてくるカイルを除くと、道中、ほかの3人とはあまり話をしていない。
季節は初夏、じんわりと汗をかきつつ、草萌える草原の道を行く。
道と言っても、石などで舗装されているような街道ではなく、村と町とを結ぶ馬車の轍が重なってできたようなものだ。お世辞にも歩きやすい路などではない。
「こ、こう見通しがいいと、大型のモンスターとかが近付こうとしても、遠目でも分かるから対応がしやすいんだ」
「なので、皆さん、のんびりされているんですね」
「そ、そういうことだ……おーい、もうちょっとしゃんとした方がいいんじゃないか?」
カイルが他のパーティーメンバーに注意らしきものをしている。
「問題ありませんよ、カイル。このあたりは凶悪なモンスターは出ない。そうですよね、フェリア」
「その通りよ。凶悪なモンスターはセイフェルの北の草原ではなく、南西方向に広がる妖魔の森に生息しているの。このあたりならやって来てもはぐれワイバーンぐらいだから、周囲に気を配りさえしておけばどうとでも対応できるわ」
「そうよん。このあたりはのんびり旅のスポットなんだよん。だから、のんびりしていても問題なっしんぐ」
すぐに3人から問題ない旨の反論がやって来ていた。
そうか、このあたりは何も出てこないのね。
「ですから、この辺り一帯の草原には特に名前が付けられていないんですよ、ガーネットさん」
「そうなのね」
これまで、カイルが私に話しかけるのを見ていただけのクリードが話しかけてきた。
「単純にセイフェルの北の草原とだけ呼ばれています」
ふと気になって聞く。
「セイフェルとウリンの間の草原、なんて言わないのね」
「ウリンはこの草原の中にある村で、ずっと北の方までこの草原は続いています。ですからそのようには呼ばれないのですよ。そもそもウリンと言う村なんて大きな地図には乗らないようなマイナーな村ですから」
確かに、目覚めた日、ウリンと言われても何も分からなかった。
その後、セイフェルの北と言われておぼろげに、遠くまで来たんだなと思ったことから、私自身はこのあたりの生まれではないらしい。
見通しがいいものの、所々小高い丘のようなものが連丘のごとく続く個所もあった。
「あの丘の向こうからモンスターが突然現れるとかということもないの?」
「そもそも向こうに見える丘と今いる道は相当離れていますから、あの丘の向こうからモンスターが現れても、見えてからここまでやってくるまでそれなりに時間が掛かります。よく見れば、この道は丘から離れたところを通っているでしょう」
「確かにそのとおりね、本当にこの道は安全なのね」
「ぜ、絶対っていうことはないが、あ、安全なんだ」
私とクリードの会話にカイルが割り込んできていた。
「ええ、分かったわ」
会話に加わっていなかった女性陣はと言うと、フェリアは、少し離れて周囲の警戒をしながら歩いていた。どうやら、カイルに言い返したものの、気になって真面目に対応しているような風だ。
ソルフェリノは私たちの周りを行ったり来たりしながら、草原そのものを楽しむ風だった。
いったい、ソルフェリノってどういう存在なのだろうか?
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どう見ても、ソルフェリノは何も考えていないように見える。
しかし、恐ろしい。
朝食の時も、無邪気に尋ねるように見せかけて、着実に私のことを聞き出そうとしていたようにも見えた。
心の奥底で、彼女に対する警戒信号が鳴っているような気がする。
『奴は我の邪魔をする者』なのだと。
そんなことを考えてしまっていたからなのか、ソルフェリノが私に話しかけてきた。
「がーちん、のんびりできてるー?」
がーちん、……ひどいいいようだ。
「気は張っていませんが……何か用ですか?」
「特に用はないよん。ひまなだけー」
ひまねー、ひまだー、ひまなんですぅーー
こういう場合は、本当は相手にしない方がいい。のだが、つい聞いてしまった。
「あなた、何なの?」
「なにって、そるちゃんですよー。こう見えて、クリードのお目付けなんだよ~」
側を歩くクリードを見ると、苦笑しているだけだった。こんなことを言うのは日常茶飯事なのだろう。相手にしているような感じではなかった。
「カイルのお目付けではなくて?」
「カイルぅー?カイルはねー、リーダーだからお目付けなんていらないんだよ~」
リーダーだからお目付け役はいらない、それはまるで、『彼は一般人だからお目付けをする必要が無い』という意味に聞こえた。
実のところ、ヴィンテファーラントにける役割分担というものをまだ聞いていなかった。
少なくとも、職業盗賊をメインとする者はいない。
では、その他の職業は?
前衛はどう見ても2人いる。
カイルとクリードだ。
2人とも、金属鎧を身につけ、剣を持っている。カイルは両手遣いの大剣で、クリードは、片手用の直刀だ。カイルは力で押すタイプ。クリードは技巧派もしくは何らかの隠し玉持ちだろう。
後衛は残りの2人。
ソルとフェリアだろう。
フェリアは見るからに魔術師、真言魔法使いで間違いないだろう。動きやすい服装にしているが、テンプレの魔術師然としている。
ソルが分からない。
身軽な格好で飛び回っていることから、職業盗賊っぽい雰囲気がありありを感じられるが、それならヴィンテファーラントが私を誘う理由がない。
カイルの超絶かどうかは分からないお人よしが発動して、そういう体で私を救おうとして嘘をついたのかもしれないが、それはそれで薄気味悪いとしか言いようがない。
ならば、……神官か、精霊使いかはたまたその両方か?
エルフの血を引いていることから、精霊使いとしての能力はあるだろう。自由そうな感じも1つの形としてはありだ。
ただ、冒険者である以上、戦闘時に失った生命力を回復する手段がなければ、すぐに壊滅してしまうだろう。カイルやクリードあたりがサブ職業として信仰魔法を修めている可能性は十分に考えられるが、使用頻度を考えると、メインの神官がいてもおかしくはない。確かに、精霊使いでもある程度の実力があれば生命力を回復させることは可能だが、戦闘中の使い勝手が信仰魔法に比べて悪いのだ。
で、ソルが神官?
「ソルは神官なのですか?」
あまりにおかしな考えに至ってしまったのか、つい口に出てしまった。
「おー、がーちん一発で当てちゃったねー。ですよー、そるちゃんが神官なんですよー。ヒールだって使えるんだよ~」
「うそでしょ……」
「うそかほんとかは、その時になってのお楽しみー」
ソルフェリノが私の目の前でくるっと回り、低く屈んで上目遣いになるようにして私の顔を覗き上げた。
うっ、この女、何ともあざとい表情をする。そして、彼女は私にだけ聞こえるような小声で嘯いた。
「ねぇ、あなた、本当は使えるんでしょ?ヒール」
すぐさま、身を翻して戯れに戻る。
「うそうそー、ハーフリングは種族特性として信仰魔法は使えないんだよねー!大きな街についたら、ギルドで職業盗賊の手ほどきを受けてもらったらいいよー」
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ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
次回の投稿は7/25(火)夜を予定しています。
9/22 本文を少しだけ修正(精霊魔法にも生命力を回復させる魔法があるため、追記しました)・前書きを追記