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プロローグ

 今日、圭介は夢を見た。

 だが、肝心の内容が思い出せない。良かれと思って買った強力な目覚まし時計が彼の意識を揺さぶっている間、脆い記憶は砕け散り、すっかり形骸化し、今や何かに心地よくて楽しい夢だったことしか記憶に残っていない。

 もしかしたらバレンタインデーチョコを貰った夢だったかもしれないし、もしかしたら好きな女の子の水着姿を夢見たのかもしれない。本当のところはもう分からない。きっとどうやっても思い出すことは出来ないだろう。ないものを見つけるのは不可能なのだ。

 意識が完全に復旧してからしばらく時間が経つと、次第にこの夢がなんだったのか、という好奇心と、激しい喪失感に見舞われた。

 思い出さなくてはならない。かなり大切なことだったような気もするが、いま頭の中を叩き割ってみたところで、有力な情報が得られるかどうか。何度も繰り返すが、ないものを探すのは不可能だ。それが夢が夢たる所以であり、夢なのである。


 殆ど体に掛かっていないタオルケットを足で蹴り上げると、うだるような夏の暑さが体をすぐさま圧迫した。世界が歪んで見えるほど暑いというわけではないが、湿気を存分に含んでいる外気は決して快適というわけではない。

 圭介はすぐに布団をしまい、ワイシャツに着替えた。アイロンをかけたはずなのに妙にしわのよったワイシャツは圭介の苛立ちを増長させたが、どうしようもない。

 そのまま圭介は洗面台へと向かい、短い髪をすすぎ、ドライヤーを引っ張ってきた。

 そのとき、鏡に映る圭介の顔は驚くほど緩んでいた。無駄な脂肪が少ない彼の顔は、笑うと頬骨が強調される。他人からすれば特に気にするほどのコンプレックスには見えないが、本人は気にしていた。鏡でこの顔を見るたびに、顔が引きつる。これはいつものことだった。妙なことに今日は違った。少しばかり自分の未来を認めてやってもいいような。そんな気がしたのだ。

「今日からは、いいことがありそうな気がする」

 ドライヤーを操作する圭介の手は彼の想像を超えてスムーズに動いた。まるで自分の手じゃないみたいに。ドライヤーを手に持ってしばらくは、この手が余りにも当たり前に動くので気に留める機会がなかったが、どう見ても確かな異常である。圭介は生まれてこの方、まともにドライヤーで髪をセットなんてしたことがなかったはずだった。ならばなぜ、こんなにも器用にドライヤーを使いこなしているのだろう。

 母親が圭介を呼ぶ声が聞こえた。圭介はもう壊れそうなくらい音をたてるドライヤーを止め、めんどくさそうに返事をした。セットされた髪で食卓に向かい、テーブルの上に置かれたおかずのハムを二枚ほど口に含み、その塩気を口に含んだままトーストをくわえた。ラフな格好で家を出た。

 世界が歪んで見えるほど暑いわけではなかった。夏という季節が運ぶ風は決して快適なもののではなかった。


 今思い出した。


 やらねばならないことが、ある。


 さっきまでずっと見つめていた、春奈の顔を見て、圭介はそう思った。

「春奈」

「何?」

「覚えてるか?」

「…うん」

 ここから、はじまる。


|4ever×JANP!!《ふぉーえばーじゃんぷ》

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