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9 マーティ、チームメンバーと最初の練習をする

「ふうん」


とその時、何人かが妙な表情をして彼の顔を見た。

 見られた当の本人はと言えば、一昨日以来の事態の訳の判らなさに拍車をかけられた気分である。

 そもそも自分は、生産中止となった「サンライズ」ビールの横流しのために来たはずだった。

 だがその相手が当の生産もと、クロシャール社だとは思ってもみなかった。更に、その取引の方法がベースボールだ、ということはゆめにも考えてもいなかった。

 代表に招かれて食事をした翌日、取引用のベースボール・チームのメンバーと顔合わせをしている今この瞬間も、やはり何だか、これが本当のことのような気がしない。何処かから誰かが「いやあ冗談だよ」と看板でも持って出てそうな気がして仕方ない。


「へえ。これがあんたの言う、『大投手』かい? ストンウェル」


 ベースボールのゲームに参加するメンバーが九人であることは、過去も現在も変わるものではない。その時々、その場所によって、ルールが多少変わることはあっても、これだけは変わることはなかった。

 青々とした芝生が周囲に植えられたグラウンドには、そのメンバーの数よりは何人か多い数の男が勢揃いしていた。

 グラウンドに着いた時、マーチ・ラビットは宿泊先で渡されたユニフォームに着替えた。それは深い青を基調としたもので、不思議なことに、前日の「盛装」同様、彼の大きな体にぴったりと合うものだった。

 疑問には思ったが、そういうこともあるのだろう、とマーチ・ラビットはとりあえず考えることにした。

 正直言って、彼はもう、昨日からのめまぐるしい出来事に頭がついていかないのだ。だったら、とにかく目の前の出来事を一つ一つ片付けていくしかないのだ。

 それにしても、「大投手」とは。


「お前そんなこと言ってたのかよ?」


 マーチ・ラビットは、エッグ・ビーダーに向かって嫌そうな顔をして怒鳴る。言われた本人は、ふふん、と口元を上げた。


「だって、そうだろう?」

「知るかよ、俺が」


 周囲の男達も、ふうん、と首を傾げ、いぶかしげな視線を彼に送る。そんな目をされたって。彼自身も困るのだ。

 だいたいベースボールなど、あの惑星に居た頃も、帰ってからもしたことはない。TV中継を見ることは時々あったが、プレイをしたことはないのだ。


「俺はあんたの方が先発にはいいと思うぜ? ストンウェル」


 腕組みをした一人が、ビーダーにぽん、と言葉を投げた。その言葉にマーチ・ラビットは驚く。


「お前投手なのかあ? ストンウェル」

「まあね」

「だったら、お前が投げればいいじゃないか。何も俺を引っぱり出さなくても」

「俺だけじゃ、負けるよ」


 あっさりとビーダーは言って、その厚い肩をすくめた。


「相手は何せ『サンライズ』だぜ? 一人の投手だけで太刀打ちできますかって。監督~説明してくださいよ~」


 ビーダーはベンチに向かって思い切り声を投げた。

 はっとしてマーチ・ラビットはその方向を見る。気配は無かったのに、中で人影が動いた。

 のっそりと、中から小柄な男が気だるげに現れた。


「何だねストンウェルよ… せっかくいい気分で寝ていたと思ったのによ」


 ひどいなまりだ、とマーチ・ラビットは思う。

 言葉そのものはは基本的には変わらないのだが、発音ががらがらだし、レーゲンボーゲンでは聞かないアクセントである。


「う。また酒くさい。呑んでたんですな? 最後のメンバーが揃ったんですぜ? しゃんとしてくださいや」

「…ふん、わしの勝手だ。最後も何も、決めたのはお前さん等だろうに」


 確かに、その「監督」はひどく酒くさかった。


「別にいいじゃんかよ。監督がアル中だろーが何だろーが、要はは勝てばいーんだ勝てば」


 相棒と同じくらいの年頃に見える、ボタンを二つ三つ外して着たユニフォームの背番号に7を付けたやせぎすな男は、そう吐き捨てる様に言った。


「そうは言うけど、テディベァル、君、本当にそれで勝てると思っているのか?」

「はん? 思わねーけどよ」

「…不謹慎な…」


 難癖をつけた5番の青年は、何でこの場に居るのか、と思う様な、それこそ「青白い」インテリにマーチ・ラビットには見えた。テディベァルと呼ばれた青年が髪をくちゃくちゃにかき乱しているのに対して、その栗色の髪もきっちり整えている。

 何となく言葉を無くしてマーチ・ラビットが見ていると、ぽん、とビーダーは少し上にある彼の肩に手を置いた。


「奴らはああ見えても、結構な打者なんだぜ?』

「ああ見えてもって何だよ」


 やせぎすの男は腰に手を当てて、ひどく大きな声を投げる。色あせた金灰色の髪は水気というものをまるで感じさせない。火を点ければ一発で燃え尽きてしまう様な気がする。


「吠えるなよテディベァル、お前の声はでかすぎるぜ。ちなみにこっちはミュリエル。ちょっと前まで、学校の先生だったんだぜ」

「…もしかして、このチーム、って寄せ集め…」


 マーチ・ラビットはそうつぶやいてため息をついた。もっとも自分自身にしたところで、「寄せ集め」の意識はあったのだが… それにしても程がある、と思わずにはいられなかった。



 だがしかし、「練習」はそれどころではなかった。

 酒好きらしい監督は、テディベアル以上の大声を張り上げると、その場に居た「選手」達に向かってグラウンドに散れ、と命じた。


「ほれ走れマーティ!」


 ビーダーはばん、とマーチ・ラビットの背中を叩いた。


「何やんだよ」

「ノックだよ。とにかく、あの監督が打って来る球を、ひたすら受けて、投げて返せ。それだけだ」


 言われるままに、とにかく渡されたグローブを手に、彼はグラウンドに駆けだした。


「よーく身体、動かしておけよ」


 ビーダーは前傾姿勢でボールを待ちかまえる体勢をとる。何が何だかマーチ・ラビットには判らないが、確かに前から来るものを取ろうとするなら、その体勢は妥当だ、と彼は思う。

 だぁぁぁぁ、という声と共に、キン、と音が響く。

 ざっ、と左側に居た、8の背番号をつけた青年が走った。強い打球は、ぱん、と乾いた音を立てて、青年のグラブに治まる。さっとその球を8番は左手で投げた。


「遅いんじゃウィンディ! 名前負けか?! もっときびきび動かんかい!」


 はい! と8番のウィンディは目をかっと広げて返した。

 その調子で、監督は時には奇声を発しながら、ノックを送り出していく。マーチ・ラビットはその様子を大きな目でしばらくじっと観察していた。すぐに自分の所へ来る様子は無い。

 よく見ると、監督の、やや赤く焼けた腕は、細いのだが、実に筋肉質だった。足もまた、一見ふらふら歩いている様で、実はそうではない。わざとそうしているのではないか、と彼は見てとる。


「おっと!」


 ワンバウンドさせた打球を、ビーダーは器用に正面で取る。そしてさっと体勢を立て直すと、一瞬にやりと笑った。振りかぶって、すっ、と彼の腕が空気を切り裂く。

 マーチ・ラビットははっとした。ビーダーの投げた球は、まっすぐ、監督の正面へと向かったのだ。

 けっ、と言う監督の声がマーチ・ラビットの耳には届いた様な気がした。


「なめんなよ若造!」


 コーン、と乾いた音が響く。監督はその球を真芯に捕らえた。

 元の送球が速かったせいだろうか、打球もまた、勢いよく、投げた方へと向かってきた。

 頭上を過ぎていくか、とマーチ・ラビットは思った。

 だがその時だった。


「取れ! マーティ!」


 ビーダーの声が耳に飛び込んだ。彼は思わず飛び上がっていた。

 何故そうしたのかは判らない。ただ、気がついたら、足が大地を蹴っていた。腕が打球に向かって伸びていた。

 ぱん、と伸ばした左手の中で音がする。

 地面に足をつくや否や、彼は左足を踏み出し、大きく振りかぶっていた。

 わぁ、と声が周囲から上がった。

 今度は監督はバットには当てなかった。マーチ・ラビットの投げた球は、監督のバットを狙うにしては、ひどい大暴投だったのだ。

 大暴投も大暴投だった。

 げげ、とテディベァルは思わずひん曲がる口もとを押さえていた。ミットを手にした小柄な青年は開けた口が塞がらなかった。

 彼の投げた球は、監督の背後のスチールのネットにめりこんで、そのまま離れなかった。


 結構な距離があったはずなのに。

 正直言って、そこまで飛ばすことができるのかどうかも判らなかった。なのに。


 なるほどねえ、と長身の3番は納得した様に何度もうなづく。

 当のマーチ・ラビットはグラブを持った方の手で、自分の肩を思わず押さえる。痛いのか、とビーダーは問いかける。いや、と彼は答えた。


「ぼーっとしとるんじゃないわい! 次!」


 監督の檄に皆はっとする。どうやら考えに沈む時間はなさそうだった。


 ノックに始まった練習は、整理運動やら打撃練習へと続き、途中に昼食をはさんで、夕方まで続いた。

 昼食に届けられたランチボックスは、クロシャール社からの差し入れだった。しかしさすがに久しぶりの運動量に、さすがに普段はよく食べるマーチ・ラビットも食欲がわかなかった。


「何だよそんな身体して。食べないんだったら俺もらうぜ」


 そう言ってテディベァルは彼のランチボックスからチキンを一つ奪う。何となくその調子に、彼はふと相棒のことを思いだしていた。一体あの相棒は、自分が今こんなことをしていると知ったら、どんな顔をするだろうか。

 とりあえず最初に打球を捕って投げてしまった後は、驚く程身体がスムーズに動くことができた。

 身体を動かすこと自体は日常茶飯でも、それはスポーツではない。動かし続けることではないのだ。スイッチを入れるにはタイミングが必要だった。


「んでもよ、あんたやっぱり投手なんだな」


 馴れ馴れしい口調で、テディベァルは彼に話しかける。


「さあどうだろうな」

「なーにを今更」


 へへへ、という顔で、4番をつけた男もばん、と彼の広い背中を叩く。しかしややその張り手は力が強かったようで、マーチ・ラビットは思わず口をつけかけたドリンクを吹き出しそうになった。


「おいトマソン、あんた力が強すぎるんだよ」


 テディベァルはでかすぎる声でそう言う。


「ああ… すまんすまん」


 牛の様な男だな、とマーチ・ラビットは頭をかく男を見て、改めて思った。

 午後の食事休憩の後、また練習は続けられた。午前ほどの勢いはそこには無かったが、気のせいか、午前中よりは皆の調子に真面目なものが彼には感じられた。


「それにしても、ラビイさんのコントロールは何とかしてくださいよ、って感じですよ」


 小柄な2番をつけた、捕手のヒュ・ホイは肩をすくめた。


「これじゃあ僕、いつか殺されちまいますよ」

「なるほどそれは困ったことじゃな」


 監督はそう言うと、お前はしばらく的当てでもしとれ、とマーチ・ラビットをキャッチ・マシンの方へと回した。

 コントロールねえ、と彼は頭を引っかき回す。おさまりの悪い明るい色の髪の毛は、ますます乱れる一方だった。

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