孤独な少女の心は、何を想う②
雅哉の言葉に、クラスはまたシンとした空気に包まれる。また、真尋は彼の言葉の意味を確認するように呟く。
「行方、不明……?」
雅哉は、その呟きに答えるように続けた。
「そうだよ、良汰は……去年の二学期の修業式の日、泉水に話があるからってあいつを探しに行って、そのまま……消えたんだよ」
興奮した様子の雅哉を、近くにいた友人が落ち着けるように背中をさする。
雅哉は、少し間を置いて言葉を吐き出した。
「もう、同じ目にあって欲しくないんだ。誰にも、消えて欲しくないんだ、これ以上、友だちを失いたくないんだよ……。悪い、今日は俺弁当一人で食べるわ」
雅哉は、どこか居心地の悪そうな、しかし寂しそうな瞳をして教室を出ていった。
静かになった教室に、しばらくして少しずつ人の活気が戻ってくる。
「昼食の場所、変えるか。詳しい話、聞かせてやるよ」
一緒に残された友人の一人が、声をかけた。
それから移動した中庭、その中のベンチの一つに雅哉が一人腰掛けていた。
「雅哉」
友人の一人が声をかける。雅哉が顔をあげて、真尋たちの存在を認めた。
真尋は、一歩前に出ておそるおそる雅哉に声をかけた。
「あの、教えて、欲しい……僕のいない頃に、何があったのか。どうして結氷がみんなに避けられてるのか」
「泉水のことは知ってるし、クラスメイトだ。教えてやってもいいんじゃないかと思ってる」
友人の言葉に、雅哉は呼吸を整えるように一つ息をつく。
「わかった」
一言、そう言った。
■ ■ ■
行方不明になったという少年、良汰――守火良汰は、雅哉の親友だった。
春と呼ぶにはまだ幾分かの寒さの残る、新入生たちが真新しい生活に胸を踊らせるはずの時期のこと。それは、起こった。
美しい容姿はしていたものの、素直で明るい結氷は男女問わず友人も多かった。しかし、その日教室にやってきてた結氷は、酷く冷たい表情をしていた。
挨拶をしたり体調を心配したりする言葉をかけてくるクラスメイトたちに結氷はちらりと瞳を向けると、窓ガラスを、思い切り叩いた。
バンッという大きな音に驚き、反射的に目を閉じる。そして目を開いた先の光景に、皆一様に凍りついた。
――窓ガラスが、凍りついている。
結氷の掌の触れた箇所を起点として、窓ガラス、いや窓ガラスのみでなく窓のそばの教室の床までもが、一瞬の間に薄い氷の膜に覆われていた。
「なんだ、これ……」
誰かが呟く。その間も、パキパキと小さな音を立てながら床を天井を、透明な氷が覆っていった。
ポツリ、と小さく結氷がつぶやく。
「もう、あたしに近寄るな」
小さいけれども凛としたその冷たい声は、クラスメイトたちの耳に確かに届いた。
それが、結氷が人々との関係を拒絶した瞬間だった。それから、クラスメイトたちが結氷を避け出した。
そんな中、良汰だけが結氷の傍を離れなかった。
一人でいる結氷に話しかけたり毎日挨拶をしたり、そんなことを続けていく中で、誰とも関わらないはずの結氷も良汰だけとは会話をし、またその中で些細ながらも笑顔を見せることもあった。
傍から見れば、良汰は確かに結氷に惚れていた。そして、元来世話好きな性格のようでいつも困った人を見かけると相談に乗っている姿を目にするのも常だった。だから、例えどんなことがあろうと結氷を見放すことができなかったのだろう。
そんな風に、結氷は完全にクラスから孤立することはなく日々を過ごしていた。
十二月二十四日、二学期の修了式の日。
雅哉と良汰は文芸部に所属していた。冬休み中に部活動はなく、今年最後の部活を終えた頃にはもう外もすっかり真っ暗になっていた。
廊下は、煌々とついている電気が窓ガラスに反射し、眩しい空間が出来上がっていた。
玄関まで来て、さぁ帰ろうとなった時に良汰は雅哉につげた。
「忘れてた、今日は結氷と帰る約束してたんだ。悪い、先帰っててくれ」
結氷と良汰の関係は周知の事実であるし、何よりもクリスマスイブということもあって、二人が共に過ごしたいということも頷ける。
雅哉は廊下を戻る良汰を笑顔で見送った。
それが、最後に良汰の姿が目撃された瞬間だった。
翌日、雅哉が課外に来ることはなく連絡が取れなくなっていた。
最後にあったはずの相手であろう結氷は、何も答えなかった。
ただ、それから結氷はクラスからも、学校からも、完全に孤立した。