関係は、唐突に始まる③
「泉水さん、助けてくれてありがとう」
と、結氷はバッと真尋の方に振り向いた。その顔は、驚愕と戸惑いに満ちていた。
「ありがとうですって? 助けた? 違うわよ、考えても見なさいよ。あなたはあたしのせいであんな目に遭ったようなもんじゃない。あれは、あたしを追ってきたモノ。あなたはただちょっと巻き込まれただけ。それなのにお礼を言うなんて筋違いにも程があるわ」
「だから、関わるなって? 巻き込んでしまいそうで危険だから」
「みんな大体あたしが自分達て違うってだけであたしを避けるようになったわ。どうせあなたもそうなるけど何も知らない転校生くんだから一応教えてあげただけよ。とにかく、もうあなたはあたしに関わるべきじゃないのよ」
結氷は強く言った。真尋は、そんな結氷を見て返した。
「泉水さんは、優しいね。ただ少し人と違うからって、そう自分や周りを否定しなくてもいいんじゃないかな、なんて」
アハハ、と真尋は苦笑しながら言った。
結氷は、そんな真尋を見てポツリと言った。
「秋月くん、人はね、自分と少しでも異質な存在を真っ直ぐ受け止めることは出来ないの」
「そう、かな?」
呟く真尋に結氷は言った。
「秋月くんは、なんか違うみたいだけど、ね」
少し、結氷がうれしそうだと真尋には見えた。
「真尋、でいいよ。みんなそう呼んでるから。それと、さ。僕は、真っ直ぐ受け止められるよ、君のこと」
真尋は平然と言った。結氷は一瞬ポカンとした表情で真尋をみて、しばし真尋の表情を観察した。
「そういうの、天然で言うのなら、あなた女の敵ね」
キョトンとして自分を見る真尋に結氷ははにかんだ笑みを向けた。
それは、晴々とした、花の様な笑み。真尋はその結氷の笑顔に思わず見とれてしまった。
「あたしも結氷でいいよ。……じゃ、また明日ね、真尋」
そう言って、今度こそ真尋の前から立ち去った。
ポツンと一人残された真尋は少しして現実に立ち返り、急いで帰路へと着いた。
脳裏には、先程の結氷の笑顔が張り付いてなかなか消えなかった。
■ ■ ■
「おはよう」
一瞬で、うるさいほどの声の波が静まりかえる。
クラス中の人々の視線が痛いほど自分たちに向いていることを、真尋は感じながら目の前で今しがた朝の挨拶を発した結氷に返す。
「おはよう、結氷……さん」
真尋の言葉に、再びクラスがほんの少しだがざわめきを取り戻す。
結氷は真尋の言葉にふわりと微笑むと隣の自分の席へと腰をつけた。
それは、初めて結氷とまともに会話を交わしあった次の日の朝のこと。
だんだんと人の騒がしさがもどってきたころ、担任が入ってきて今度は正常な静けさが教室に広がる。
静かな室内で、周りに聞こえてはいないかと思ってしまうほど、真尋の心臓はうるさいく脈打っていた。
そっと結氷に視線を向ける。
彼女はいつも通りに本を開き、机に向かっている。
長い黒髪に隠されたてよく見えないが、結氷が小さく笑みを浮かべていることが分かった。彼女の纏う空気は、いつもの刺々しいものなどではなく、いたずらが成功した子どもなような、そんなもののように真尋には感じられた。