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祝言と変性の日

 ねっとりとした感覚に包まれた後、混濁した視界と意識が徐々に正常化されてゆく。

 浮いているような、落下しているような不確かな感覚が長く続いたため、平衡感覚に狂いが生じて思わず倒れてしまう。

 そうして、正常化された八尋の視界に映し出されたのは、夜の草原で八尋に押し倒されているユマの姿だった。

 

 余りにも現実離れした突然の事に、目を丸くするしかできない八尋。

 今は、ユマを押し倒していることに対してドギマギとすることすらできない。

 現状起こっている事に対してただ、呆然とするしか出来ていない。


 「びっくりさせちゃったね。ごめんね。でも、怖がらないで。大丈夫だから」


 押し倒している様な状態のユマに抱きしめられ、耳元で囁かれる。

 耳朶を叩く声に段々と落ち着きを取り戻していく八尋。


 「ああ、うん。びっくりした。ユマはほんとに、神様だったんだね」


 八尋のその言葉に、くすりと笑うユマ。吐息が耳に掛かって、思わず八尋の身体がぞくり、と震えた。

 

 「私は神様なんかじゃないよ。この世界で生まれて、八尋の世界に婿探しに旅立った、ただのユマ」


 そう囁きながら下半身を絡ませてくるユマ。その絡ませてくる感触に八尋は違和感を覚える。無数のロープを巻きつけられるような感触。眉を潜ませて、どうなっているのかを見ようとするが、ユマに抱きしめられている為、八尋は下半身の違和感を確かめることができない。


 「ね、ねぇ。ユマさん?何だか凄く足に色々巻きつけられている気がするんだけど、気のせいかな?」


 「ううん、気のせいじゃないと思うよ。私が根と茎を巻き付けてるんだもの。これから祝言をあげて、初夜を迎えるんだから。その準備をしてるの」


 「ゆ、ユマさん?根とか茎って何?何がどうなっ……!?」


 上体を離して、自分の下半身の異常を目視で確認する。と、そこに映ったのは、奇妙な光景だった。

 白くて綺麗だったユマの足。ワンピースから覗いていたそれは、大輪の薔薇のような植物に変わっていた。薔薇から伸びる触手のような茶色と緑色の管。それが八尋の下半身に巻きついている。

 これが根と茎なのか、と八尋は即座に理解した。と、同時に異形となったユマのその姿について唖然としていた。


 「また驚かせてごめんね。これが私の本当の姿なんだ。世界を跨ぐとき、ええと、世界渡航っていうんだけどね。それをやる時に、どんなものでも性質変化が起こるの。私の場合は、『人間と同じような姿になる能力』と、『異世界の文化や風習が見ただけで全部理解できるようになる力』を覚えたこと。でも、元の世界に戻る時やっぱり変性があって、元の状態に戻るのね。得られた知識はなくならないけど、能力自体はなくなるの。だから……」


 これが私の本当の姿、と小さく笑うユマ。人間の女の子じゃなくてごめんね、と呟く姿は、どこか寂しそうに八尋の目には映った。

 だからだろうか。八尋は異形のユマを抱きしめていた。


 「いいよ。人間じゃなくても。僕はユマが好きだよ」


 やや強く抱きしめて、ユマの耳元で今度は八尋が囁いた。

 じわり、とユマの目に涙が浮かぶ。


 「そんな、優しい事、言っちゃダメ、だよ」


 少し鼻声になったユマの声。


 「八尋くんの想像と、きっと違うから。きっと私、すごく酷い事、しちゃう……んだからっ」


 ユマが八尋の胸で泣きじゃくる。それをあやす様にして、彼女の頭を撫でる八尋。ユマと祝言をあげることが、どんな酷い事につながるのか想像がつかない八尋は、ただ「好きな子が泣いてるのは嫌だな」という理由で慰めていた。

 やがて、落ち着きを取り戻したユマが、ぽつり、ぽつりと説明を始めた。


 曰く、彼女たちは食肉植物魔族という種族だという事。名前の通り肉食だそうだ。彼女たちの言う祝言とは、異世界から連れ帰った婿と契りを交わし、子を身籠ることだという。

 それだけを聞くと、何ら酷いことだという感じはしない。問題はその次ににあった。

 彼女たちの種族は、株分けで増えるのだが、精を胎内に受けて受精することで、それを行うための核を作るのだそうだ。そして、その核が分裂を行い、実際に株分けを行う為には、受精後にすぐ、たっぷりと養分が必要だという。


 要するにだ。端的かつ、悪い言い方をすれば。

 彼女たちの種族は、オスを余所から貰ってきて、エッチした後すぐ食べることで子供が産めるようになる、ということだ。


 その説明を聞いて、困った顔をする八尋。

 普通ならば、激昂して取り乱し、「近寄るな化け物!」と暴れて逃げるという反応をとりそうなものだが、何故か彼は違った。

 その説明を聞いてもなお、ユマを抱きしめ、頭を撫でているのだ。


 「どうして、八尋くんは怖がって逃げないの?私が向こうで知った、貴方たちならきっと化け物扱いするはずなのに」


 尋ねるユマに、八尋は少しだけ悩んでから答える。

 分からない、と。


 「けど、もしかしたら。世界渡航、だっけ?それの所為で、僕も何か変わったのかもね。『怖がらなくなる能力』とかさ」


 それを聞いて、更にユマは泣き出してしまった。

 婿として連れ帰ってはみたものの、八尋たちの文化・考え方を知って、自分たちの祝言に罪悪感が芽生えてしまったらしい。自分の姿を見て、八尋が怖がって取り乱すなら、またそこで残酷になれた。でも、それは適わず、優しくされてしまった。それでまた、辛くなって、泣いてしまった。

 祝言をあげなくちゃならない、と自分の本能が訴える。それに、ここで彼を逃がしたとしても、他の肉食魔族が彼を襲うかもしれない。

 ならばいっそ、やはり自分が、と真実を伝えてみた。これで怖がってくれれば、自分を嫌ってくれれば楽に祝言ができる、と。それでも八尋は優しいままで、もうユマは堪らなくなってしまった。

 

 彼女の本能は、まぐわい、食べろと囃し立てる。本来知らないはずだった感情と、理性がそれを拒否する。それでもう、どうしていいか分からずただ八尋の胸の中で泣くばかりのユマ。


 確かに、八尋は自分で言ったとおり、世界渡航の影響で、彼の中の何かが変性してしまったのだろう。八尋は、そんなユマを見て、常人ならば絶対にそうしない筈の選択肢を選んでしまった。


 「いいよ、ユマ。祝言をあげよう?僕らの子を作ろうよ。だからさ……」


 美味しく食べてね、と。

 彼女に口付けを落とした後、彼はそう囁いた。

 それで彼女の理性は終わってしまった。


 彼に囁かれて、後押しされてしまった本能の奔流に負けて、彼を貪った。

 触手のように根と茎を使って、互いの衣服を破り捨てる。

 雁字搦めに巻き付いた下半身は一つの生物みたいに密着し、そして蠢いていた。

 溶け合ってしまう様な音が、草原に響き渡る。

 月明かりの下、あらゆる意味において、ユマは八尋を貪っていた。


 そうして、夜が明ける頃。

 彼の頭を抱きしめながら泣いているユマの姿がそこにはあった。

 また、優しい言葉を聞かせてくれるような気がして、彼の頭だけはどうしても食べることができなかった。しかし、それ以外は全て食べてしまった。

 株分けを行うのに十分な、いや、むしろ過剰なまでに溢れんばかりの養分が彼女の中に渦巻く。

 朝日に照らされながら、彼女の眷属たる苗が周囲に発生していく。

 あるものは大きな蕾をつけ始める。

 あるものは樹木として急激な成長をしていく。

 

 そうして太陽が真上に昇る頃。

 草原だった場所に、一つの森が出来上がってた。

 八尋が居た世界の、神社の周りを取り囲む鎮守の森にそっくりな森が。

 

 木漏れ日の中で、ユマは泣き腫らした顔をして伏せていた。

 その胸に八尋の首を抱きしめて。


 彼との子を成せたのは喜ばしいことだ。彼の肉を貪り、その生命の躍動を自分の身体の中に感じることが、種族の本能としての幸福感を伝えてくる。

 それでも、優しい八尋がいなくなった世界が悲しくて。

 八尋の命を奪ってしまったことが悲しくて。

 ユマはそのまま三日三晩泣き続けた。


 その、三日目の晩の事だった。

 いつの間にか意識を失っていた彼女は、八尋に抱きしめられる夢を見ていた。

 

 (目が覚めたら、きっとまた泣いてしまう)


 そんな風に感じながら、目を開けたユマは予想していたのとは別の意味で泣いてしまった。

 夢ではなく、確かに八尋に抱きしめられていたのだ。


 「起きるのが遅くてごめんね。おはよう、ユマ」

 

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