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夏祭りの日(3)

 ユマの返事を聞いた八尋は翌日、それはもう一生懸命に演舞の練習をした。

 それほど難しい演舞ではないため、普通に、それなりに取り組めば2、3日で十分踊れるようになるのだが、今日の八尋は勢いが違った。

 普段滅多に見られない、一生懸命な八尋の姿を見て、演舞を教えている神主さんや他の婿衆の友人たちは「コイツどうしたの?」という様な表情をしていた。が、当の八尋はそんな周りの様子を気にするでもなく、ただ夜祭を好きな子と一緒に周りたい一心だけで練習をしていた。



 そして、客人祭当日。

 水垢離によってお清めをした後、揃いの衣装を纏った婿衆達が神社にて奉納の演舞を行なった。

 演舞直前には、どこでユマが見ていてくれるのか気になる八尋は辺りをきょろきょろと見回していた。が、やがて人混みの中に発見したユマと目が合う。ユマがにこり、と笑顔をくれてからはやる気に満ちた表情で演舞に集中して取り組む事ができた。


 その甲斐あってか、演舞が終わった後、ユマの下へと向かった八尋は


 「八尋くんっ。カッコよかったよ!約束通り、今夜はデートだね」


 と、ユマに褒めて貰ってデレデレとしていた。ユマとの待ち合わせを決めた後、よほど嬉しかったのか、非常に高いテンションのまま、一次帰宅をした。


 それを見ていた友人のひとりが怪訝そうに呟く。


 「ん?八尋の奴、何ひとりではしゃいでんだ?酔っ払ってんのか?」



 夜。

 提灯に明かりが灯り、笛や太鼓の祭囃子が町中に響き渡る。

 出店屋台もここからが本領発揮といったところで、ソースの焦げる匂いや、炭焼き鳥の匂いがあたりに立ち込める。

 一度シャワーを浴びた後、再び婿衆の衣装に着替えた八尋は、待ち合わせ場所である神社の麓へとやってきた。

 何度も鏡を見てチェックもしたし、汗もしっかり流した。出てくる前に歯も磨いたし、身嗜みはちゃんとしてるはず、と思いながらも、まだ気になるのか前髪をいじる八尋。


 そうしていると、そっと左手を包む柔らかく暖かい感触。

 急にばくばく、と早くなる鼓動を表情に出さないようにしつつ、そちらを見る。

 麦わら帽子越しに、小さく微笑みながら見上げてくるユマの姿がそこにあった。


 「お待たせ、八尋くん。今日もエスコートよろしくね?」


 可愛らしくお願いするユマの姿に、ドキドキさせられっぱなしの八尋。


 「う、うん。精一杯楽しもうね!」


 好きな子と一緒に夜祭を周るというのはかなり定番の男子高校生憧れのシチュエーションであるため、それを思い切り満喫するべく、手を繋いだまま屋台の並ぶ道を歩き始めた。



 「は~。満喫したぁ。お腹ももう一杯~。八尋くん、今日はホントにありがとね。すっごく楽しかった」


 神社の回りを囲む鎮守の森。

 その森の中に、何故かひっそりとある小さな社にも提灯の明かりが灯っている。

 その社の前に二人で腰掛けている八尋とユマ。

 八尋の隣で、大満足、といった表情でニコニコしているユマが八尋に感謝の言葉を述べている。


 「うん。僕もすごく楽しかった。女の子と一緒にお祭りを周るの初めてだったし。それに、その……」


 やや、言葉に詰まる八尋。

 ハニカミながら、それでもその先の言葉をきちんと伝えることが出来たのは、その場のムードのお陰だろうか。


 「好きな子と一緒に居るってだけで、最高だった。僕、ユマの事好きだ」


 その言葉を聞いた少女は、2、3度、ぱちくりと瞬きをした。

 そうしてから、「うん……」と小さく呟いた後、八尋の手を取って立ち上がる。

 そのまま、彼の手を引いて小さな社の正面に向かい合う形で立つ。

 告白をした八尋は、何だか今のこの場の雰囲気が、神聖な儀式の場であるような気がして、徐々に緊張で表情を固くしていった。


 夜、神社の境内。

 長い黒髪が綺麗な女の子、その隣には緊張した面持ちの男の子。この場にいるのは二人だけ。

 麦わら帽子に薄緑のワンピースを着たその少女は、そっと少年の手を取り、こう言った。


 「ねぇ、八尋やしろくん。婿においでよ。私と一緒になろ?」


 告白の返事としては、些か意味合いが重くなる内容で返答され、思わず目を点にする八尋。

 そんな彼の表情を余所に、ユマは言葉を続けた。


 「私ね、実はお婿さん探し別の世界から来てたんだ。うん、多分みんながお祭りでやってた奴だよね。それでね、見つけちゃったんだ。お婿さん」


 八尋はどこかぼんやりとした頭で、神事としてのお祭りの伝承を思い出していた。

 別の世界から婿探しに来る、客人神。

 確かに、そんな内容だったと覚えている。

 ユマはノリが良くて、伝承に沿う形で告白の返事をくれたんだ、と八尋はこの時思った。

 

 思ってしまった。


 故に、あっさりとこう返事をしてしまったのだ。


 「うん、僕でよければ喜んで婿に行くよ」


 彼がそう返事をした途端、社の提灯に灯った火が消え、辺りが暗闇に包まれる。

 突然のことに驚愕し、目を見開いて狼狽える八尋。そんな彼をユマはやさしく、ふんわりと抱きしめて囁いた。


 「それじゃ行きましょ。私たちの世界に」


 ぼう、と社の中に青白い光が灯る。

 同時に八尋の視界が歪んだ。何かどろりと濃厚な圧力に包まれて、引き摺られていく様な錯覚を覚える。蜂蜜漬けにされて出荷されるような気がした。

 と、同時に伝承の続きを思い出していた。


 婿を見つけた神様は、幽世で祝言を上げる。そのかわり、町に祝福をくれる。

 確かそんな内容だった伝承の続きを。

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