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チャリノススメ  作者: 黄色
1章:1年夏
4/5

前走3日目

んーすっきり目が覚めました。


暑かったけど今日は寝れたなー初めての前走で慣れないことばかりだから緊張してたのかな。

まあ何はともあれ今日は昨日みたいな迷惑はかけないぞ!ご飯はもりもり食べる!水分補給もこまめに!休むときは休む!まあいつも休んでるけど。

そして今日こそ走ってるときも怒鳴られないようにするんだ!


さあ郡上八幡へ!!







昨日山を下ったので今日は比較的フラットですいすいこげる。そんな距離もないし、午前中で着いちゃうなーと少し余裕で周りを見渡せる。

そんなときに目に入ってきたのが道端に立っている『もも八個五百円』の看板だった。


桃!

食べたい!

しかも安い!


桃おいしいよねえ。果汁が滴るくらいやわらかーく熟したのにかぶりつくのがおいしいよねえ。あっ想像したらよだれが…


しかし本当にそこらに看板あるなーどこで売ってるんだろう?


「タカさーん桃五百円ですって!」

「おーそうだな」

「でも見当たらないですよー」

「まだ先じゃないか?見つけたら教えろよ」

「はい!桃ストップしますね!」


こういうなんでもないところで止まるのを決めるのもトップの特権よね。

先頭を走ってる人はトップといってその日の予定を決めるのだ!一日のコースは決まってるんだけど、どこで休むかとか観光するとかはトップがプランニングできるのです。


うふふもーも!もーも!楽しみだなあ!



しばらく走っていると、道が広くなっている駐車帯にトラックが止まっていた。トラックの横には『もも八個五百円』の看板。


もも発見!!!!!


「前方に桃のトラック発見しました!桃ストップしまーす!!」


意気揚々と後ろのタカさんに知らせ、徐行をして駐車帯に入って自転車を止める。

いそいそとトラックの荷台に並べられている桃を見る。


うへへーどれがいいかなー

とうきうきしながら選んでたんだけど、はたと気がついた。

…八個も食べられなくない?タカさんと二人だし…


選ぶ手が止まって、しばらく考え込んでると


「お嬢ちゃん自転車できたの?」

「え、あ、はい!」


横にいた店のおじさんに話しかけられた。


「すごいねーどこから来たの?」

「えーと…」


この『どこ』は住んでるとこなのか、それとも今日どこから来たのなのか…どっちだろう?


「今日はすぐそこの道の駅からです。福井から走ってて、住んでるのは関東の方ですね」


どう返せばいいか答えあぐねているとタカさんが代わりに答えてくれた。なるほどそう答えればいいのか!


「遠いとこからがんばるねえ。今日はどこまで行くの?」

「今日は郡上まで。観光しようと思って」

「そうかそうか郡上もいいところだから楽しんでこいよ!ほれよかったらこれ持ってきな!これ食べてがんばれよ!!」


と言っておじさんは並んでる桃を二つ取って、タカさんと私に一つずつ手渡してきた。

へ?いいのこれもらって…

急な展開にびっくりしていると、おじさんにお礼を言っていたタカさんに早く礼を言えとせっつかれてしまった。


「おっおじさんありがとうございます!!」


急いで頭を下げてお礼を言うとおじさんは嬉しそうに相好を崩した。


「お嬢ちゃんもがんばれよ!」

「はい!!」


初めて会った人からの思わぬ優しさに心がほっこりとあたたかくなった。

桃大事に食べます!




「いいおじさんでしたねー」


出発の準備をしながらタカさんに話しかけると「ああ」と返ってきた。


「にしてもタカさん慣れてますね。私、なんて答えればいいか迷っちゃいました」

「ああ、走ってるとよく聞かれるからな。けっこう物もらうぞ」

「そうなんですか?自転車ってやっぱり珍しいんですかね」

「まあ珍しいだろうな。あと地方はいい人が多いんだよ。そういう人たちと話せるのも自転車旅の醍醐味だ」


そう語るタカさんの言葉からは自転車の旅が好きだという気持ちが溢れていた。

走ってるときは苦しくて辛くて、なんで先輩たちは車や電車で楽に旅行できる時代に自転車でわざわざ旅なんかするんだろうって、この三日間思ってたけど、こういう自転車の旅ならではの楽しみがあるからかもしれない。

今はまだ自転車なんか捨てて、いっそヒッチハイクとかして車に乗せてもらいたいという気持ちがあるけれど、いつか私も自転車で行くのがいいんだって思えるようになるかな。

もらった桃を眺めながら、そんな風に思った。







あいかわらず怒鳴られながら、先へ進む。街が近いため、交通量が多い。

うえええ怖いよおおお車近い近い!

重い荷物にハンドルが取られてふらつかないように必死にこいで、なんとか郡上八幡に到着した。


ううう…前走も終わりなのになんか成長した気がしない…

コールはあいかわらずできないことの方が多いし、後ろなんかほとんど見れないし、タカさんの怒鳴り声も初日から変化ないし…

ああ自分のダメ加減を思い返してたら余計へこんできた…

川沿いのキャンプ場に自転車を止め、自己嫌悪に陥っているとタカさんに何してんだという顔で見られ、さっさと観光行くぞとひっぱってかれた。

そうですね観光しなきゃもったいないですね…




町中を歩いているとアイスキャンディーを売っているお兄さんがいた。


なにあれ!すごい漫画みたいなアイスキャンディー屋だっ!

自転車にアイスキャンディーののぼりを立て、荷台にクーラーボックスが乗っている。

落ち込んでいた気分が途端に浮上した。現金なのはわかってるけどやっぱり観光はテンションが上がるのです。

やばいやばいこれは食べないとダメだっ!

城下町ならではの長屋とアイスキャンディー屋は一昔前の光景のようでとてもレトロだ。

ついじーっとアイスキャンディー屋の方を見てしまう。


「なんだアイスキャンディー?買うか?」


じーっと見てたことに気づいたのかタカさんが聞いてきたので


「はい!」


と満面の笑みで返し、お兄さんの方に近づいた。


あっオレンジとソーダがあるのかーきれいな色だなー両方食べたいけどさすがになーオレンジもいいけどやっぱり夏はソーダかな…


「どっちにするんだ?」

「えーとソーダで!」


いそいそと自分の財布をかばんから出そうとしていると


「んじゃソーダとオレンジ一つずつ」

「あいよー」


タカさんが二つ買っていた。タカさん二つも食べるのかなと思っていたら青いアイスが私に渡された。


「え、これ」

「お前の分」


タカさんはすでに自分の分のオレンジアイスを食べている。


「あ、でもお金…」

「いい。おごりだ」

「ええ!?でも…!」

「このくらい気にすんな。先輩がおごってくれるって言うんだから素直におごられとけ。早く食べんと溶けるぞ」


夏の暑さにアイスはすでに溶けかけている。私はありがとうございますと言って急いで口に入れた。

アイスキャンディーは冷たくて、口に爽やかな味が広がり思わず、頬が緩んだ。


アイスを食べながら町中をぶらつく。ふと疑問に思ったことを聞いてみた。


「なんで急におごってくれたんですか?」

「ん?後輩ががんばってたらおごりたくなるだろ。無事に郡上八幡に着いたしな」


タカさんは何気なく言ったんだろうけど、私はその言葉に思わず、下を向いた。

そうしないと泣きそうな顔をタカさんに見られてしまうと思ったから。

昨日あんなに迷惑かけて、走りも全然成長してないのに、なんでこんなこと言ってくれるんだろう。先輩の言うこと聞かないし、走ってるときは怒鳴られっぱなしだし、がんばってるなんて言葉私にはもったいない。

声を出すと涙声になりそうで黙っていたら、タカさんがぐしゃぐしゃと乱暴に頭をなでてきた。


「初めてで暑くて苦しくて辛いのに泣き言も言わないでよくがんばったよ。まあ昨日はちゃんと言ってほしかったけど」


昨日のことを言われ、心にグサッと来たけど、顔を上げるとタカさんが優しい顔をしてこちらを見ていたので誉め言葉を素直に受けとることができた。


「まあ合宿は前走の比じゃないくらい上の先輩厳しいからな。もっとがんばれよ」


俺ももっと言うし、とさらっとタカさんは爆弾発言をしてくれた。

あ…あれより厳しいの…!?一体どんなこと言われるの…

軽く絶望しながら、が、がんばります…!と青ざめながら私は答えた。




最初タカさんと二人きりでとても不安だった前走はタカさんのおかげで乗り切れた。何も知らない私に走り方やキャンプ、観光の仕方を教えてくれて、迷惑をかけても何でもないように接してくれて、前走を楽しませてくれたタカさんには感謝してもし足りない。

タカさんを見てると一年で私もあんな風になれるのかなと考えてしまう。来年になったら今年のように今度は私が後輩を連れて、タカさんが私にしてくれたようにいろいろなことを教えてあげれるようになりたいな。



そのためにもひとまず絶望感が増した合宿をがんばりますっ!!







合宿後。


…いやマジなんなの…合宿って…

本当に辛かった…

先輩たちに脅されてたけど確かにそのとおりだった…

楽しかったけど半分記憶がないよ…

合宿中は朝、時間に追われてこの中途半端な髪編んでる暇なんてこれっぽちもなかった…!!

常に髪の毛ボサボサだったよ…女を捨ててたよね…


そしてタカさんが前走どれだけゆるくやってたかわかりました…

あの人なんなの…前走ゆるゆるじゃん…百倍厳しかったよ…怒鳴り声の飛んでくること飛んでくること…


前走でいい人だなって思ったのにやっぱりあの人わからない!!


夏の前走はこれで終わりです。

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