前走0日目
サークルの設定が少し変わっているため、独特の固有名詞が出てきます。もしわからないことがありましたら、気軽にコメントください。
『チルちゃんごめんねぇ、合宿には間に合うと思うからさ!』
「え?ちょっ…ちょっと待ってください!リンさん!!」
『大丈夫大丈夫!わからないことあったら、タカが全部なんとかしてくれるし。一緒に行けないのは残念だけど、初前走楽しんできてねー。あ、ごめんまたお腹痛くなってきたから切るね。じゃあね!』
「リンさん!!まっ…!!」
リンさんはそう一方的に言うと電話を切った。
電話が終わったことに気づいたのか、隣に立つ男の人が話しかけてくる。
「…でリンなんだって?」
私は泣きそうになりながら答えた。
「昨日からお腹壊して前走行けないから二人で楽しんできてね!だそうです…」
「…そうか」
タカさん…どうしてそんな反応薄いんですか…
佐倉ミチル、大学はじめての夏は男の人と二人で旅に出ることになりました。
◇
四月―
長い受験戦争を終え、晴れて大学生になった私は夢に満ちあふれていた。
だって初めての実家を離れた一人暮らし!
高校までとは全然違う大学!
いろんな地方の新しい友達!
不安もちょっとあったけど、つまらなくてくらーい受験勉強から解放され、何もかもが輝いて見える私の敵ではない!
新入生オリエンテーションも終わりに近づき、新しい友達もできた。
そろそろサークルを決めようかなと思っていた。新歓も終わりそうだし。
もともとなにかしらサークルには入りたいと思ってたんだよね。
やっぱり大学生といえばサークルでしょ!
最近はサークルに入らないでバイトばかりしてる子も多いみたいだけど、私は大学生ならではの経験をしたい。だってお金は大事だけど働くのは4年後にいやというほど味わうだろうし。
みんなでバカやるのも今しかない!!
「自転車サークル?」
「そう!わかりやすく言うとサイクリングかな。自転車で全国を旅するんだって!なんか楽しそうじゃない?」
初めての授業が始まる前に、友達になった奏美ちゃんが朝からテンション高く話しかけてきた。
「昨日ね、うっかり帰る前に新歓に捕まっちゃって話聞いたんだけどね、合宿とかの写真いっぱい見せてもらってすっごく楽しそうだったの!!」
そこからどういうサークルなのか語り出した奏美ちゃんの話を聞きながら、そんなサークルもあるんだーやっぱり大学ってすごいなと思っていたら、
「だからね!ミチルちゃんまだサークル決めてなかったら、今日一緒に部室行ってみない?」
「え、あ、うん」
「よかったー男の子の方が多そうなサークルだったから一人で行くの怖かったんだよね」
いつのまにか私も一緒に部室に行くことが決まってしまった。
うーんまあいいか。まだこれといったサークル見つけてないし。
話聞いて考えてみよう。
それに自転車で旅なんておもしろそうじゃない。まさに大学生にしかできないよね。
その日の放課後、奏美ちゃんとサイクリングサークルの話を聞き、先輩たちの話のおもしろさに私も奏美ちゃんもその日のうちに入部を決めてしまった。
入部してからはあれよあれよと行事が続き、新歓コンパ、初部活、自転車購入、クラブラン(小旅行のようなもの)を終え、気づいたら夏休みも目前。
夏休みにはこのサークルのメイン行事、合宿が待ち構えていた。
◇
「そういやチルちゃん前走どうするか決めた?」
学科の友達と違う授業だったため、部室で昼ご飯を食べていたら、同じ合宿班になった二年のリンさんに話しかけられた。リンさんは明るく染めた長い髪をいつも頭のてっぺんでお団子にして、私たち一年生にも気軽に話しかけてくれる優しい先輩だ。
リンさんの本名は山口 鈴さんという。このサークルはみんな何かしらあだ名がついている。名前をもじってたりするのもあれば、それはどんな意味だとつっこみたくなるあだ名の人もいる。
私のあだ名はチルになった。ミチルだからだけどひねりも何もないよね。一部でチルチルとか呼ばれてたりもする。青い鳥はどこだろう…まあ呼ばれて変じゃないあだ名だからいいけど。
「え?…前走ってなんですか?」
「あれ?誰からも聞いてない?前走はね、合宿前に足慣らしとか観光目的で個人で走りに行くことだよー」
いきなり合宿だとみんなについていけないからね、とリンさんは続けた。
最近の部室の話題といえば、もう合宿一色だ。
自転車で旅をすることが目的のこのサークルは夏と春の長期休みを利用して、二週間ほど合宿をする。サークル内をいくつかの班に分けて、キャンプをしながら、自転車で各地を巡って、観光したり、おいしいものを食べたりする。
ちなみに合宿地は毎年違う。今年の夏は信州だ。この前の春は南紀だったらしい。あとは四国、東北、九州、北海道を三年ローテーション。引退までにほぼ全国を旅するという計画だ。
全国いろんなとこに行けるなんて、今から楽しみでしょうがないよね!!
そして合宿はリーダー学年の三年生によってそれぞれの班ごとにコースが決まっている。そう、班によって行けるところが違うのだ。場合によっては行きたい場所があったのにその班じゃ行かないってこともある(班はほぼ勝手に振り分けられる)。そんなときは前走でコースに入れて個人で行けばいいという話だ。
「私さ、予定あって三日間くらいしか行けないんだけどさ。もしチルちゃん予定決まってなかったら私と行かない?」
「え!?いいんですか!?私何も考えてなくて…」
「いいよいいよー一年生は初めてだから何もわかんないし!コースとかもこっちで立てていい?どっか行きたいとこある?」
行きたいところ…
教えてもらったコース以外は調べてなくてよくわかんないや…
「リンさんにおまかせします…」
先輩に丸投げしてしまった…こういうとき、もっといろいろ知ってたらいいのになと思う。このサークルも楽しそう!という勢いで入ってしまったので旅や自転車の知識は皆無だ。部員の中には入る前から旅行やキャンプが好きで自分でいろんなところに行ったり、自転車を自分でいじれる子もいる。もう少し勉強しなきゃといつも思う。
でも前走かーちょっと楽しみになってきたかも。合宿も楽しみだけど先輩たちの話を聞いてると合宿は集団行動でいろいろ厳しいみたいだし。合宿と違って少人数だから気が楽そうでいいな。なんてったって合宿は四年生のゲストさん入れると十人以上の大所帯だからね。
前走はリンさんと二人かー
…って女の子二人旅って大丈夫なの?
しかも寝るのってテントじゃないの!?
「り…リンさん…」
「ん?なあに?」
「女の子二人旅って危なくないですか…?夜とか…」
そう聞くとリンさんはちょっと不思議そうな顔をしてから、思い出したように答えた。
「ああー!そっか初めてだと不安だよねー一年もこのサークルにいるとそんなの忘れちゃうわ」
ははははとリンさんは笑うけど、そんなのでいいの…
「大丈夫大丈夫!なんかタカが一人で金沢から走ってるみたいだから途中で合流させてもらう予定だったの。ね?タカ!」
「…ん?…ああ」
リンさんは部室の壁際に座って、漫画雑誌を読んでいたタカさんにいきなり話を振った。
タカさんは同じ班の二年の男の先輩だ。本名は青木 直鷹さん。ワックスとかをつけてない短い硬そうな黒髪で、まさに名前を表すような少し怖い目付きをしてる人だ。実際あだ名も『お前ホント鷹みたいな鋭い目をしてるな。タカとホークアイのアイどっちがいい?あ、もちろんホークでもいいぞ!』とかなんとか入部してすぐ先輩に言われて、タカと呼ばれるようになったらしい。いや…うん…タカ以外の選択ないよねそれ…
タカさんは部室によくいて、自転車いじってたり、地図見てたりするんだけど、あまりしゃべったことないんだよね…いまいちどんな人かわかってない。
「タカ、一人で前走予定でテント積んでるしさ。ついでに入れてもらえれば、私たちテント持たなくてすむし!」
「…おい」
「えーだってテント重いじゃん。私積みたくないしー」
リンさんとタカさんはテントのことでやんやと言い合ってる。
タカさん怖そうだけどリンさんよくあんなポンポン会話できるよなあ。やっぱり一年もいると仲良くなるのかな。
…ってテント先輩に持たせていいのかな?やっぱり一年の私が持つべきじゃない?合宿だとテントと鍋は一年の担当だし。(ちなみに私は鍋担当。テントは大体男子が持つ)
「あのーテントなら私が…」
「チルちゃんは積まなくていいの!前走なんだし!」
「やめとけ、ただでさえ初めてで遅いのに、荷物重くしたら余計遅くなる」
「そんなこと言わないでもいいじゃない!」
「本当のことだ」
さらに言い争いが激化してしまったみたいだ。
うーんいいのかな…先輩に持たすのも気が引けるけど…先輩たちはいいって言ってるし…
とか何とか考えているうちに、最初に話していた通り、タカさんがテントを持って、私とリンさんが途中で合流して集合場所まで三人で走ると決まったようだ。
うーん…いいのかな?…先輩がいいって言ってるし、まあいいか。
女二人と男一人。
三日間の旅。
タカさんはちょっと怖いけど、リンさんいるし大丈夫でしょ。
◇
というのが夏休み前の話。楽観的に考えてた自分を殴りたいよね!まあこんなこと誰が想像できるかという話だけど。
私は現在、タカさんと二人で福井駅前にいた。
タカさんは金沢からもう何日か走っている。私とリンさんは福井から合流して、集合場所の郡上八幡まで三日間三人で走る予定だった。
リンさんから電話をもらうまでは。
どうもリンさんは昨日食べたお弁当が、この暑さで傷んでいてお腹を壊したらしい。合宿までには意地でも直すから、前走は二人で行ってきてねとのこと。
早めに電話をしようと思ってたら、うっかり寝てしまって集合時間になってしまったらしい。
もっと早く電話してくれればよかったのに…
まあ電話くれても私は鈍行で来たから、もう電車の中だったけどねはははは!…はは、は…はあ…
リンさんは新幹線予定だったので、私より余裕があって、家を出るギリギリまで体調が良くならないか休んでたらしいけど、ダメだったみたい。
さて…一体私はどうしたらいいのでしょうか…
「リン来ないならここでこうしてたってしょうがないな…行くか。ひとまずお前の荷物だな。郵便局だろ?あとは夕飯どうする?」
と言って、タカさんは自分の自転車の方に歩いていってしまった。
ちなみに荷物はキャンプ道具とか二週間分の着替えとかですごい量になったので、中央郵便局留めで送ってあった。今の私の荷物は輪行(電車に乗せられるように解体して袋に入れた)状態の自転車と貴重品だけだ。
って!!!違う!!!
そんな冷静に解説してる場合じゃないでしょ!!!
ってかタカさんもなんでそんな普通なの!?
タカさんは男で私は女!男女が二人で三日間、しかも一緒のテントで過ごさなきゃいけないってどういうことなの!!!!
いや私がタカさんになんかされるなんてこれっぽっちも思ってないけどさ!
自分で言うのも悲しいけど、私はちびのお子ちゃま体型でまな板だ。女の魅力とはほど遠い体だよ!
でもさ!やっぱり二人きりとかさ気になるじゃん!
しかもタカさんやっぱりちょっと怖いし、よくわかんないし!
ああリンさん…
どうしてお腹なんか壊しちゃったんですか…
私三日間不安でなりません…
状況説明で終わりました…話全く進んでないですね…すみません…
次回からちゃんと自転車乗って旅に出ます。
初めて書きましたのでお見苦しい点がありましたら、ご指摘よろしくお願いします。