徒桜
その日私は、確かに死んだ。
夜も愈々(いよいよ)これから、と云う月灯りの晩。漆黒の天蓋には満月が浮かんでいた。
良い月だと一人上機嫌に夜道を闊歩すれば、後ろから低く名を呼ばれる。
訝しげに振り向けば其処には懐かしい面影。嘗ての旧友だった。見知った後ろ姿が目に入り、もしやと思って声を掛けてくれたそうだ。
今思い返せば、此処からして可笑しかったのだ。
街灯の無い暗い道。頼れる灯火は頭上の春の満月だけ。しかも朧月ときた。まともに私の姿を判別出来る訳が無いのだ。加えて人気は皆無。大方私が此の道を通るのを電柱の陰からでも待ち伏せていたのだろう。
昔話に花咲かせ、会話が佳境に差し掛かり油断した私の腹に短刀を突くぐらい造作も無い事だろう。正に、私を殺すにはうってつけの舞台だった。
旧友の、薄月夜を背景に憎悪にぎらぎら光る瞳が暗がりの中網膜によく焼き付いた。
怨まれる様な覚えは無い筈だが、と当時を振り返る。此の時は未だ余裕だった。
其の間にも刃物はぐるりと廻され、留めを容赦なく刺す。
苦痛に耐え切れず思い切り呻いた。痛みをはっきり遺した儘、私は足元に倒れ込み意識を失う。此処までが、死までの一つの物語。
死んだ。
否定のする余地も無く、間違いなく此の身は息絶えた。当事者だから分かるというか、兎に角確信は出来る。
呆気なくお話は幕を閉じ、私は人生とやらの舞台から退場した筈だ。
それなのに、どうして私の眼前には美しい此の花が咲いているのだろう。
サブタイトルは「あだざくら」と読みます。
儚く散る桜の例えです。ぽっくり逝っちゃった主人公を美化してこのタイトルにしました。
ホラー初挑戦ですが頑張ります。
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今後の文芸部活動の参考にさせていただきます。




