3.呪われた王子
「ここで待ってて、コロロン」
「ブルルヒヒン」
愛馬のコロロンを撫でながらお願いすれば、コロロンは快く返事をしてくれた。
部屋を出たものの、自室に戻る気になれなかった。コロロンに会いに行き、そのまま逞しい背に跨って辿り着いたのは、魔国との境にある森の手前。
――魔国。
いつの頃からか異形の姿をした者達が集まり、国家となった魔物の国。このマルトレ王国では、そう語られている。
魔国は、巨大な結界で覆われている。この結界が、我がカミュリッチ家が代々守ってきた、ケルバード領と隣り合わせ。
うちの領の端にある森を抜けた途端、魔国の結界に出くわすのだ。結界の手前までが、マルトレ王国の国境となっている。
けれど、正直怪しいと密かに思っている。
魔国は結界によって鎖国状態だから、国境の主張をしているのは、この国だけ。
中に入って魔国の国民に直接聞かないと、魔国側の認識がわからない。
「ブルブルッ」
不意に、コロロンが少し心配そうな目で、私を見ながら鳴いた。
コロロンは竜馬と呼ばれる、黒いお馬さん。私が三歳になった頃、ちょうどこの辺りで怪我をして動けなくなっていた。
見た目は馬だけれど、一般的な馬より二回りは大きくて、絶滅危惧種とされている。膝下には鱗が生えていて、一説によるとドラゴンの系統や亜種から派生した馬だとか。
怒った時の気性は荒い。一度荒ぶれば、領内一と称される、やたらと戦闘能力だけは高いお父様が相手をしないと、怪我をしてしまう。
ただし心を許した相手には、絶対服従する。忠犬みたいな性格だ。
足が速い子だから、タミョルが他の馬で追いかけようとしても、追いつけない。
ちなみにタミョルは侍女をやっているけれど、身体能力と乗馬能力が高い。何で侍女をやっているのか、正直わからない。
領内には侍女より給金の良い職が、他に幾つかあると思うのだけれど……。
もっともタミョルなら、私がこの森に向かった事くらい既に察して、私の捕獲に乗り出している気がしてならない。
侍女がやる事じゃないはずだけれど、タミョルならやる。
そして追いつかれた私は、必ず捕獲される。既に実証済みだ。
なぜなら私の純粋な戦闘能力は、カミュリッチ家に仕える全ての使用人達を合わせても、低い方だから。
ただし逃げに特化した能力だけは、領内一だと自負しているし、領民すらも認めている、逃げ上手なご令嬢なのだ。
「心配しないで」
コロロンにそう言いながら手を振って、私だけで森の奥へと歩く。
私は回帰者だ。どうして回帰したのかわからないけれど、回帰前、ケモックと名付けた魔獣を飼っていた。
そのケモックと出会ったのが、この森だ。
回帰したと気づいたのは、母親の胎内から出てきた直後。
もしかすると狭い産道を通る時の刺激で、回帰前の記憶を思い出したのかもしれない。
赤ん坊だった私は、動けるようになるくらい成長してからというもの、ケモックを探して何度もこの森を訪れた。
「回帰前、ここで散歩していたら、ケモックがいたわ。また……会えるわよね?」
そう、予定では、そろそろ出会うはず……。
「ケモックー! 金色お目々の、フワフワ黒毛玉ちゃ〜ん! 角が二本生えた! プリッティーな! 私のケモーック!」
一度目の人生でケモックを拾った時、あの子は傷だらけの血まみれだった。二本あった角は一本折れていて、ケモックは当然のように私を威嚇しまくった。
「……ふふふ」
あの時を思い出して、懐かしさについ、笑みが零れる。
いっそお父様とお兄様に、言ってしまおうか? 今の人生は、私にとって二度目。やり直しの人生だって。
けれど想像して、頭を振る。
「駄目ね。精神を病んだふりかと言って、笑われそう。その上、回帰前の人生で、私はカリエルと結婚していた、なんて言おうものなら……うん、やっぱり爆笑されそう」
そう、あの二人ならお腹を抱えて大爆笑するに違いない。
カリエルは今、お兄様と同じく十五歳。呪いを受け始める頃かしら。
回帰前のカリエルは、十五歳の時に学園で授業を受ける最中、突然倒れた。
それが始まりだったと、カリエル本人だけでなく、お兄様からも聞かされた。
これに関しては、きっと嘘は吐かれていないはず。
カリエルは倒れてから数日間、生死の境を彷徨い、幸か不幸か神殿の祈祷とやらで、一命を取り留めたそう。
けれどその日を境に、衰弱が激しくなり、倒れて2年後、私と出会う頃には、ベッド生活を余儀なくされていた。
そんな状態を引き起こしたのが、呪い。
けれど呪いだと気づいたのは、私だけ。
私が気づいた時期も遅かったし、呪いだとカリエルに話す機会も訪れなかった。
そもそも、この世に魔法は存在すれど、呪いは信じられていない。
カリエルが原因不明の病と診断されるに至ったのも、そんな背景がある。
ちなみに怪我を癒やす治癒魔法も、あるにはある。
けれどその類の魔法が使えるのは、ごく少数。神殿に集められており、神殿に献金を払う事で、人は治癒の恩恵を得られる。
更に一説では、治癒魔法を扱える者の中で、病すら癒やせる者もいるらしい。
神殿では、病を癒せる魔法が扱える人を聖女と呼ぶ。
聖女は他に特殊な力を持つとされている。
けれど神殿が秘匿していて、これ以上の事はわからない。
そしてカリエルが衰弱していた当時、聖女と認められた者は、存在していなかった。
私が14歳。カリエルが17歳の頃。カリエルは、起き上がるのもやっとな状況になっていた。
なのに回帰前のカリエルは、王城から追い出されるようにしてお兄様を頼り、うちの領で静養を始める。
つまり今から2年後の話であり、本来なら、私とカリエルはそこで初めて出会う事になっていた。




