23.呪いの芽〜ガルヴァウside
「……ぅぇ……」
カリエルが黒スライムっぽい何かを吐ききったところで、床に倒れる。
顔面から黒スライムに突っこむ前に、カリエルの体を倒して床に寝かせた。
「ケモック二世、やっておしまい」
そんなカリエルには目もくれないフィデリカは、黒スライムを指差す。
身体強化して片腕に抱えている、黒山羊っぽいが明らかに黒山羊とは異なる生物に、当然のように命令した。
するとドン引き7割、悲壮感3割くらいの表情で成り行きを見守っていたケモック二世が、ハッと我に返る。
「……ハッ、ケモ、いや、メ、メエェェェ~!」
「何かソイツ、鳴き声間違えて……いや、何でもないです」
妹から無言で睨まれて、口を噤む。
妹よ、凶悪な魔獣すら裸足で逃げ出しそうな、堂に入った睨みだった。お兄ちゃん、つい敬語つかっちまったよ。
まさに殺気だ。俺の妹が、わずか12歳で輩的殺気を使いこなしてる。
それにしても……ケモック二世と呼ばれた黒山羊もどき、もしかして魔国の人間じゃねえか?
魔国と隣接しているからか、次期当主である俺は父上から、当主教育の一環として魔国について学んでる。
勉学が苦手なのもあり、数字が絡む系はもちろん、聖女とか呪いとか魔王とか、興味がねえ情報はほとんど覚えてねえ。
けど目が赤くない魔獣は、魔国の人間が獣化した姿の可能性が極めて高い。|だ《・|》《・》から傷つけるな、自分達だけは魔国の人間を【魔族】って呼ぶなって教えは覚えてる。
傷つけちゃいけねえ理由は……あー、忘れた。父上は極秘情報だって言ってたし、だったら理由まで覚えてなくていっかと思った記憶だけはある。
「メ、メエェェェ……」
――カッ。
ケモック二世が再び鳴く……鳴く?鳴くというより、普通に喋ったよな? 喋ると、カリエルの吐き出した黒スライムに黒炎が上がった。
人が繰り出す火魔法とは明らかに違う炎だ。やっぱケモック二世は、獣化した魔国の人間に違えねえ。
でもなんかコイツ……うっす〜い記憶の中で、妹がうちの邸でケモックって呼んでる場面を見た気がすんだよなあ。うーん、どこでだ? 思い出せねえ。
とはいえ今は魔国の人間より、自国の王子に無体を働いた俺の妹だ。
そんな風に意識を切り替えた。
「フィデリカ、一応聞くぞ? カリエルは死なねえよな?」
そう、こんな俺も一応、貴族。妹も貴族で、カリエルは王族だ。
王族の安否は聞いとかねえとな。カリエルの胸部は小さく上下してる。苦悶の表情でありながら、なんでか顔色の方は微妙に良くなってる。
だから死なねえとは思うが……吐き出した黒スライムの得体が知れねえ。
この先カリエルが死なねえか、どうしても怪しんじまう。
もちろん万が一にも妹が殺人を犯すとは思えねえ。だが万が一を想定してしまうくらいには、妹がカリエルに向ける殺気は、怜悧冷徹で鋭利だ。
妹の中で一体、何があった? 妹は理由なく他人を睨みつけ、殺気を放つようなタイプじゃねえのに。
どっちかってえと人懐っこい。喜怒哀楽は比較的ハッキリしてっけど、他者の無礼なんて笑って許してやる大らかさを持ってる。
今回の婚約騒動だけが原因だとは、どうしても思えねえ。
もしろん婚約騒動に関しちゃ、完全にカリエルが暴走した末の強制執行みたいなもんだ。妹が反発する気持ちも、十分わかる。
妹と結婚したいと言うくせに、カリエルは妹の気持ちを尊重できてねえからな。
だから俺は今回に関しちゃ、カリエルよりも妹を優先する。
もしカリエルが死ぬんなら、さっさと妹を逃がして証拠隠滅に走る。カリエルは大事な友だが、俺は妹が生まれてすぐに初めて抱っこした時、今度こそ何があっても妹を守るって決めた。
なんで今度こそって思ったのかは、俺にもわからねえけど。
「死なないわ、お兄様。むしろ呪いの芽を焼いてあげたんだから、感謝して欲しいくらいよ」
「呪いの芽?」
「そうよ。さっきの黒スライムっぽいやつ。
あれが呪いの芽。私もついこないだ、魔国にいる師匠から教えられて知ったわ」
「は? 魔国いる師匠? フィデリカお前、まさか魔国に入ったのか? 結界は? まさか壊れたのか?」
魔王モードの妹が、いつの間にか魔国に侵入していたことに驚く。
だが魔国の周りには、何人も寄せつけない結界が張られている。
身体強化以外の魔法がからっきしな妹が結界の中に入ったなら、結界が壊れた可能性が高い。




