15.女の首飾り~カリエルside
『フィデリカだけは、守ってくれ。頼む』
真っ暗な闇の中、そんな言葉と共に浮かび上がったのは、ガルヴァウ。
今より年を経た風貌のガルヴァウは、手を後ろ手に縛られている。服は薄汚れて所々破れ、殴られたような痕も体のあちこちに見て取れた。
『殺せー!』
『聖女を傷つける奴は死ねー!』
更に観衆の声がどこからともなく聞こえる。
するとガルヴァウの後ろに巨大なギロチンがそびえ立った。
この光景を見たのは、2度目。だから少し冷静でいられた。
『怖いわ』
けれど不意に、そんな声と共に、見た事のある白金髪の女が、腕にしなだれかかる。
途端、激しい嫌悪感に胸中が占められていく。
特に女の首に着けた飾りの宝石。この宝石が放つ怪しい光が、不快で仕方ない。
『聖女……』
なのに私の口から出たのは、女を慈しむかのような声。
身の毛もよだつ程、悍ましい。
見つめ合うと、女の水色の瞳に浮かんだ私の顔は、今より幾らか年を取っていて、女への愛が見て取れる。
違う! 私の聖女はフィーだけだ! 止めろ! 早く止めろぉ! ガルヴァウ! 早くガルヴァウを、親友を解放しなければ!
『やれ』
なのに私は女のピンクの髪をひと撫でして、刑の執行を命じた。
心の中では激しく抵抗するのに、ガルヴァウを助けろと叫ぶのに――。
――ガシャーン!
ギロチンの刃が落ちた。
私と女の足下には、おびただしい血が流れ始める。
この血は、ガルヴァウの血だけじゃない。
私を匿い、守る為に最愛の娘であるフィーを私の妻にしてくれた、義父の血。
そして領主の娘であるフィーを慈しんでいた、カミュリッチ家が治める領民達の……。
『あ、ああ、ああああ! フィー! フィデリカ! 助けないと!』
『行かせないわ、私の王様』
『あ……あ……私、の……』
『そうよ、貴方の聖女』
取り乱し始めた私は、女の声に反応したかのように、思考がまとまらなくなる。
視界に映ったピンク色の宝石が、禍々しい輝きを放つと共に、ゆっくりと黒ずむ。
いつしかグワンと目が回り始め、突如、辺りは真っ暗な闇に包まれた。
違う、お前じゃない! フィー! フィーこそが私の聖女だ! 私の唯一無二の妻なんだ! 助けなければ! 側にいなければ!
暗闇の中、何度も叫ぶ。なのに私は、私の意識は暗闇の中から出られない。
いつしか空間の天井には、ある光景が映る。
父王により王太子妃を宣言され、歓喜する女。
夜、私の部屋の寝台の上で、共に時間を過ごした女。
いつも女の首飾りが怪しく光っている。
この首飾りのせいだ! 私の自我を閉じこめ、女の操り人形にしている!
ふざけるな! 動け、動け、動け!
うずくまりそうな自分を叱咤し、暗闇の中を彷徨い続けた。
そうやって、どれだけの時間を過ごしたかわからない。
唐突に、闇が終わる。空間全体が、真っ白い光に包まれた。
『体が、動く……』
願いが叶ったのか?
自分の意志で己の肉体を動かす感覚に、喜びかけ、ハッとする。
私を城に止めようとする騎士達を払い除け、フィーのいる邸へ馬を走らせた。
『フィー、今行く!』
フィーのいるはずの邸は、酷く寂れていて、しんとしている。
フィーがいないなら、逃げたなら、それならそれで良い。
あの女を廃して、カミュリッチ家の汚名を拭おう。必ず探し出すけれど、まずはフィーの安全確保が先決だ。
フィーは……きっと許してくれない。私が最愛の家族を殺したんだから、当然だ。
全てが終わった時、探し出したフィーが誰かと幸せになっていたら……いや、きっとそれは許せない。
自分勝手なのは百も承知している。それでもフィーを手放す事はできない。
やっぱり先に探し出して……。
そこまで考えた時、微かだが物が壊れる音が聞こえた。
まさか……フィー?
走り出す。次第に物が壊れる音と、聞き覚えのある女の声が大きくなる。
フィーじゃない! この声は、あの首飾りの主! 私の意識を閉じこめた、あの女の声だ!
何故あの女が!?
心臓がドクドクと嫌な跳ね方をする。全力で駆けた。
音は邸の最奥にある、末端の使用人が使う小屋から聞こえた。
『アンタよせいよ! 何て事をしてくれたの! 操れなくなったじゃない!』
開いたままのドアの向こうから、怒声と暴力的な物音が響く。
あの女がフィーに何かしているのか!?
『フィー!』
叫んで駆けこめば、ピンクの髪を振り乱したあの女がビクッと動きを止めた。
女は正に今、床の何かを蹴ろうとしたかのような状態で……。
『カ、カリエル……』
呆然としながら私を呼ぶ女の声には、不快感しか感じない。
女が何を踏みつけていたのか確かめようと、机の向こうに歩を進める。
椅子が倒れ、物が散らばる床。その中には、砕けたマゼンダピンク色の宝石もある。
すぐに察した。私がこうして動けるようになったのは、この宝石が壊れたからだと。
しかし私の思考は、床に広がる赤紫色の髪を視界に入れた途端、停止する。
『あ、の……カリエル?』
『どけ!』
驚愕した顔で呟く女を突き飛ばす。
ドスンという音と、女の非難が聞こえたが、そんなものが私の耳に入るはずがない。
黒い短剣を胸に刺し、ピクリとも動かないのは……。
『……フィー?』
震える声で名を呼び、床に倒れたフィーの横に膝をついて上半身を起こす。起こした体は、あまりにも軽かった。
『フィー……起きて……ねえ、フィー……』
初めこそ、フィーの体を揺する。まだ温かいフィーの体。
けれど……。
『あ、ああ……ああああ!』
「うわああああ!」
脳裏に響く少し低くなった自分の叫びと、耳に直接響く聞き慣れた自分の叫びが、同時に聞こえた。




