13.守らなくちゃいけない~カリエルside
「フィー……」
「カミュリッチです、殿下」
目を覚ませば、冷めた目をした愛しいフィーが僕を見ていた。
「目を覚まされたのでしたら、私はこれで失礼――」
「待って!」
とりつく島もなく、部屋から出ていこうとするフィーの腕を掴む。
「話が! 話がしたい」
今度こそ離しちゃいけない!
何故かそんな焦りが湧いてくる。荒げそうになる声を、どうにか抑えて伝える。
「……私にはありません。それに初対面ですよ。私にこだわる理由もないでしょう。婚約のお話は伺っておりますが、お断り――」
「ハイハイハイ、そこまで〜」
話す事も拒絶され、婚約の話も断固拒否しようとするフィーの言葉を遮ったのは、ガルヴァウ。
もしかしたら、外で聞き耳でも立てていたのかな?
「二人共、落ち着けって。カリエルは、フィデリカ掴んでる手を離せ。力を入れすぎ」
ガルヴァウの言葉にハッとして、手を離す。フィーの細腕には、僕の手の跡が残っていた。
「ご、ごめん……」
「……」
憮然としたフィーは、無言でそっぽを向いてしまう。
「フィデリカ=カミュリッチ」
「……はい」
フルネームで呼ぶガルヴァウは、恐らく伯爵令嬢として礼を正せと、フィーに暗に告げる。
するとフィーがスン、とした令嬢らしい顔つきになった。
「明日、改めてカリエル第二王子殿下との場を正式に設ける。必ず明日、決められた時間に殿下と会うように。わかっているな、フィデリカ=カミュリッチ」
ガルヴァウは最後に、もう一度フルネームで呼ぶ。これは強制だと伝える意図を持って。
ガルヴァウは元々、誰かに強制なんてする人間じゃない。
理由を考えて、もしやと思い当たる。
領主の邸へ正式に訪問した第二王子を、フィーは害してしまったから?
思わずガルヴァウを止めようと、口を開きかけた。
けれど僕を拒絶するフィーと、もしまともに話す機会があるとすれば……。
そんな風に考えて、ずる賢くも口を噤んでしまう。
フィーは、ガルヴァウの顔をじっと見つめていた。
「畏まりました」
やがて一言だけ言葉を発して特に表情を見せないまま、静かに出て行った。
「はぁ〜、カリエル」
「うん、ごめん。腕を力任せに掴んだ事も含めて」
「わかってんなら、いい。だけど妹との婚約は、難しいかもしれない。妹は何もわかってない子供じゃないんだ。その妹があそこまで拒否してんなら、父上も妹の意志を尊重するはずだ」
「……そうだね。けれど、それでも諦めきれないんだ」
「何でそんなに? カリエルのそれは、執着じゃねえか?」
「僕にも、本当にわからないんだ。それでも……手段を選べないくらい、フィーを求めてる」
「……王命にするつもりか?」
恐らくガルヴァウは初めから予想していたんじゃないかな。
「強制はしたくない。でも、なりふりも構ってられない」
「そっか。なあ、カリエル。俺はフィデリカの兄だ」
「邪魔するつもりかな?」
正直、僕はガルヴァウを傷つける命令はできない。それだけはしてはならないと、本能が警告する。
けれどフィーを手に入れる為なら、ガルヴァウと縁を切るくらいはできる。
うつむいて、苦渋の決断を下しそうになった時。
「だけどカリエルの友でもある」
予想外の答えに思わず顔を上げれば、清々しくニカッとガルヴァウが笑う。
「だから考えて、決めた! 俺はどっちの味方にも、ならねえ! どっちの邪魔も、しねえ!」
「……そっか。フィーを口説き落とせるよう、まずは明日頑張る。ガルヴァウ……ありがとう」
「ああ! うちの妹は手強いぞ! 傷つけるのは許さねえけど、せいぜい頑張れ!」
フィーの腕を力任せに握った事に、しっかりと釘を刺すガルヴァウは、今も昔もフィーを……。
『フィデリカだけは、守ってくれ。頼む』
不意に、掠れた男の声が頭の中に響く。
直後、脳裏に、縄で後ろ手に縛られた男が座りこんだ姿が浮かぶ。
男の服は薄汚れ、体のあちこちに殴られたような痕が見て取れる。
しかし僕が驚いたのは、男の顔だった。
まるでガルヴァウが、幾らか年を経たような顔の造作に、絶句する。
『殺せー!』
『聖女を傷つける奴は、死ねー!』
更に観衆の声が、どこからともなく聞こえた。すると男の後ろに、巨大なギロチンがそびえ立つ。
ギロチンの脇には、先に刑を執行したらしき遺体が倒れていた。
そして……刑の執行者が掴む頭部。
壮年と思しき男の頭部は……黒ずんでいるが……カミュリッチ辺境伯と同じく、深紅の髪で……。
「……い。……おい! おい、カリエル!」
肩を強引に揺さぶられる感覚に、ゆっくりと我に返る。
目の前には、血色の良い少年――ガルヴァウが心配そうに、焦っているかのように、僕の顔を覗きこむ。
「……ぁ……あ……」
言葉にならない声が口を突き、ガタガタと体が震える。
初めて見た光景。けれど僕には、まるで未来で見た光景かのように、随分と現実味のあるものに感じる。
「落ち着け。大丈夫だから、ちゃんと息しろ。ほれ、ゆっくり息吐け〜、吸え〜。そうだ、それで良い」
「ガルヴァウ……僕は……」
どうしてこんな光景を見たのか、全くわからない。
けれどこれは、未来で起こり得る事だ!
「僕は……フィーを守らなくちゃいけない」
もちろん……ガルヴァウも。
「そりゃ、兄としちゃ心強いけどな! とりあえず寝ろ! 病み上がりのくせに、こんなとこに慌てて来るから、具合が悪くなるんだぞ! 妹との会談をもう少し延ばすか?」
「そう、かも……しれないね。でも……明日で頼むよ。本当は今日でもいいくらいだ」
けれどこの時、フィーを見誤っていた。
フィーは大人しく、ただ普通に王子と面会する気は、端からなかったのだ。




