12.スカッと踵落とし~カリエルside
「悪い、カリエル」
初めて訪れた友の生家で、1人、椅子に腰かけて待っていれば、ガルヴァウがノックもなく入ってきた。
辺境領主の令息、ガルヴァウ=カミュリッチとは、学園で出会った。
僕は、出会った頃から猛烈にガルヴァウに惹かれ、自らガルヴァウに近づいた。
第二王子とはいえ、僕は既に王位継承権を手放すと、国王夫妻に告げている。
僕の話を聞いた血の繋がらない王妃様には、むしろ止められてしまった。建前ではなく、本気で。
けれど学園に入学してから、実父である国王とも話し合い、学園を卒業後に引き継ぐ領の経営を学んでいる。
僕の外見だけは、金髪碧眼で王子様然とした外見。自惚れでもなく、僕の見た目だけに惚れる貴族令嬢も多い。
けれど中身は大したうま味のない、名ばかりの王族。かといって無視もできない、厄介な王族。
そんな僕がガルヴァウに近づいたのに、ガルヴァウは全く気にしていない。友として関わってくれる。
というかガルヴァウは当初、僕が王子だと知りもしなかった。
だから単にガルヴァウ自身が、裏表のない性格なだけかもしれない。
「今フィデリカを捕獲、んんっ、捕まえに行かしてる」
ガルヴァウ? 言い直した意味、ないんじゃない?
でも僕が王子だからって畏まったりせず、気安く話してくれるのは、やっぱり嬉しい。
「うん、予定より早く着いてしまったのは僕の方だから、気にしないで。何だかドキドキしちゃうな。早くフィデリカ嬢に会いたい」
待たされる時間さえ、気にならない。
もうじきガルヴァウの妹、フィデリカ嬢に会える。そう思うと、喜びが胸の奥から溢れてきて、それどころじゃない。
「そんなにかよ。でも面識ないのに、何で妹に? 本当なら到着すんの、明日だったろ? なのに強行軍で馬車を走らせて、1日前倒しで到着するなんてさ」
「それは……正直、僕にもわからない。けれどガルヴァウが寮の部屋に置いていた、家族の揃った肖像画を見た時、凄く胸がいっぱいになったんだ」
嘘じゃない。僕はカミュリッチ家の肖像画に描かれていたフィデリカ嬢を見た途端、彼女に一目惚れした。
正確には、11歳の時に描かれた肖像画だから、まだまだ幼い。
けれど実年齢は僕の3歳下だ。年齢差的にも問題ない。
とはいえ感情が溢れてきたのは、その時が初めてじゃなかった。
入学式で初めてガルヴァウの姿を見た時も、感情が心の奥底から溢れた。
あの時は理由がわからず、混乱してしまった。
ただ……溢れてくるのは、喜びの感情だけじゃない。
深い……そう、沼に沈むかのように重くて深い悔恨だ。
どうして初対面のガルヴァウに、そんな感情を持ったんだろう? 肖像画に描かれたフィデリカ嬢を目にした時も、同じように悔恨の情が僕の心をに影を落とした。
今もわからない。正直、そんな自分に戸惑ってもいる。
関わるのを避けるべきだ。いや、今度こそ守って、ずっと側に……。
喜びと悔恨の次に湧き出る想いは、そんな感情と覚悟。
どうして【今度こそ】なんだろう?
それもまた、わからない。けれど守りたい、守れって、僕の本能が叫ぶ。
……本当、自分でも何がしたいんだ?
僕は当初、仮にも王族なのに、そんな感情を抱かせるガルヴァウを忌避した。
結果、同級生ではあったけれど、カルヴァウとはなるべく距離を置くようにした。
だから話しかけられるようになったのは、ここ1年の話。
きっかけは、カルヴァウがくれた。
『何で王子様が、俺のストーカーなんかしてんだ? まあファンになるのもわかるくらい、俺はすげえけどな!』
ニカッと笑って告げたガルヴァウ。今も昔も、爽やかに自信家だ。
一応、王族なんだけどと思いつつも、これがやり直す、最初で最後のチャンスだと直感した。
何をやり直すのか、さっぱりわからなかったけれど、とにかく一歩踏み出した。
途端、抑えきれない衝動で、一気に詰め寄ってしまったのだけれど……。
「最近、体調崩してただろ? 大丈夫なのか?」
「ちょっと疲れが溜まってたところに、風邪でも引きかけたんじゃないかな。もう熱も下がっているし……」
フィデリカ嬢に風邪を移したりしないよ、と言いかければ、ノックもなくドアが開く。
「お兄様、タミョルを私探しに使うのは止めてって……カリエル……王子、殿下」
口調から、僕の事が伝わっていなかったのかな? 元気に入ってきたのは、ガルヴァウの部屋に飾られていた肖像画より、ずっと可愛らしくて、チマッとした少女だった。
「フィー……」
勝手に涙が溢れて、自然と口をついたのは、愛称。
どうして僕は初対面なのに、フィデリカ嬢を愛称で呼んだんだろう?
そう頭で考えていると、体も勝手に動いた。
立ち上がり、フィーを抱き締める。
「ちょっ……殿下!?」
「おい、カリエル!?」
「エル。そう呼んで?」
フィーの年齢を知っていたのに、どうしてだか考えていた感覚より、体が小さくて違和感を覚える。
けれど小さくとも年相応に健康的な、柔らかな抱き心地に安堵した。
私の腕が覚えていたのは、もっと大人の大きさで……病的な細さだったから。
「なっ、何を……ってか離して! 愛称なんて……今更……」
今更。そうだよね、今更だ。
僕を責めるようなフィーの言葉に、何故か納得してうんうんと頷く。
「待てって、カリエル! 妹とは、初対面なんだぞ……って、ちょっ、待て! フィデリ――」
「離せって言ってんでしょうが‼ この、変態ロリコン野郎!」
――ドゴッ。
戸惑うガルヴァウが皆まで言う前に、ドスの利いた声が腕の中から聞こえた。
と思った瞬間、児童とは思えない、とにかく力強いボディーブローが、自分の鳩尾に衝撃を与えた。
「ふぉぐっ」
出した事のない呻き声を出して、僕は両膝から崩れ落ちる。
もちろん不敬になんて処さない。だって僕はフィーにそうされても、仮に刺されて殺されたって、文句なんて言わない。
いや、言えないような事をしたんだから。
ただ、ちょっと……気が……遠く……。
「フィデリカっ、それ以上はヤベェ! 踵落としはストップだ!」
――スカッ。
腹を押さえて屈みこんだ、僕の顔面に風が吹く。
一撃必殺の殺傷能力を体感させる勢いで、可愛らしい子供サイズの足が空振りした。
ガルヴァウ、ありがとう。君がフィーを後ろから羽交い締めにして、引き離してくれなかったら、フィーの踵は間違いなく、僕の脳天にクリーンヒットしていただろうね。
再会の喜びから一転、また悔恨の別れに……あれ?
再会とか、またって何で思ってるんだっけ?
僕のこの兄妹へ抱く記憶にない感情と思考は……いつも……わか、ら、な――。




