11.500年ぶりに~ザケルバードside
「……そうか」
フィデリカが性根の歪んだ子供でないのは、僅かな時間ながらもわかった。
結界の外から、中で怪我を負って気絶していた我を見つけ、助けようとしたのも信じよう。状況的にも、間違いないはず。
何より、どうせフィデリカとは、これきりの縁にするつもりだ。
結界への入り方を秘匿させ、フィデリカ自身も今後、足を踏み入れぬよう、誓約魔法で誓わせる。
誓約を破れば、何かしらの苦痛を伴わせるものとなるが……可哀想でも、これがフィデリカと我らを守る方法だ。
しかし……。
「ねえ、本当に、本当よ? 自分で考えて試したら、中に入れたの」
相変わらず目が泳いでおる。
我はフィデリカの魔力を観察しておるのだが、疑われておると勘違いしたのであろう。
疑うべくもなく、嘘を吐いておる事はわかるが、誓約魔法で黙らせる故、どうでも良い。
我はフィデリカの治癒魔法が気になっておるのだ。
我らは元々、数ある魔法の中でも、治癒魔法に長けておった。しかし呪いで異形な姿となって以来、治癒魔法を使えなくなった。
更に同胞間で結びつき、生まれた子は皆、異形の姿で生まれ、治癒魔法が使えぬ者ばかりであった。
代わりとばかりに体の強度が人の何倍も強く、自己治癒能力も高い。故に治癒魔法など必要なしと、この体は判断したのかもしれぬ。
我が負っていた傷も、結界の外の者ならば受けた途端、即死しておったはず。
結界の外の人間ならば、500年経った今も、治癒魔法を扱う者はおるだろう。
だが、あの傷をほぼ一瞬で治癒させる者が果たしてどれ程おるものか……。
その上、この体は呪いが浸透しておる。ただの治癒魔法ならば、むしろ我の体には効果がない。
異形の体となった直後、我は今のような怪我を負った。
呪われておらぬ身内が、我に治癒魔法をかけてくれたが、効果はなかった。
それ故、我の体には並の治癒魔法は効かぬと知っておる。それこそ、聖女と呼ばれる者が持つ、呪いを打ち消す清廉とした魔力を糧に魔法を使わねば……。
500年前に別れた、ある1人の聖女を思い出し、ズキリと胸が痛む。
昔を思い出したばかりか、未だに痛める感傷を持ち合わせておったか。
「……ふ」
「ねえ、今笑った? 思い出し笑い? それよりも、本当にケモックの事知らない? あっ、もしかして思い出して笑ったとか!? 可愛いものね! ケモックの居場所を教えて!」
「すまぬが、ケモックなる獣は知らぬ」
「……そう」
嬉々として顔を輝かせた娘は、我の言葉ですぐにシュンとなる。
「……愛らしい」
「え? 何て?」
「あ、いや、何でもない」
「そう?」
つい素直な言葉を口にして、反応したフィデリカに誤魔化す。
どうやらフィデリカは聞き取れていなかったらしく、胸をなで下ろす。
ずっと気づかぬふりをしておった。
初めてフィデリカの顔を見た時から、心中、穏やかではなかったのだ。
とにかく可愛らしくて仕方ない。二度と手放してはならぬと、我の内側で誰かがしきりに警鐘を鳴らしておる。
確かに初めは、子供の姿を魔法で装いでもした刺客かと、警戒してしまったが。
挙げ句、魔法で攻撃しようとして、怯えさせてしまった。
どうにかして挽回したくなってしまう。
「それよりも早くここから去れ。ここはお前のような非力な娘がいて良い場所では……」
それでも我の側にいれば、そもそもが危ない。そう考えて、突き放す。
「嫌よ! せっかく結界内に入ってしまったんだもの! もしかしたら中にいるかもしれない可愛いケモックを探し出して、大怪我を防ぐミッションがあるの!」
「しかし我の頭のような毛に、我と同じ金目の獣など、見た事がないぞ?」
鏡の中ではある。もちろん我が変化した姿だ。
だが可愛らしくはないぞ。どちらかと言えばシュッとした獣で、この娘ならむしろ格好良いと目を輝かせてくれそうな見た目……。
いや、何を見た事もないケモックとやらに、張り合おうとしておるのだ。
それとも一度変化してみるか? さすればこの娘の言うケモックとやらなぞ、おらぬと納得して去るのでは……去る、か。
名残惜しいな。
そう感じるのは、きっと異形ではない人間とまともに話したのが、実に500年ぶりだからであろうか。
「それでも……もう、私が自由にできる時間がなくなっちゃうかもしれないから……今しか……」
「何を思い詰めた事を……」
「もしかしたら私……結婚させられて……」
思い詰めた顔をしたフィデリカが放った一言に、胸の内がゾワリと黒い反応を示す。結婚という言葉が、不快で仕方ない。
だが……。
「そうしたら……また……ケモックを残して……」
言い終わらぬ内に、フィデリカが涙を浮かべ、雫が頬を伝い始める。
「お、おい、泣くのか!? いや、もう泣いておるな!? どうした!?」
この500年、儂の民達の嘆きをどれだけ目にしても狼狽えた事はなかった。
なのに何故だ? この娘の涙を見た途端、パニックになる。
「……っ、グスッ……私、もうあんな風に死にたくない! 今度こそって思ってたのに……っう、うぅ……うわーん!」
「おおおお、おい! なななな、泣くな! 泣くでない!」
「無理いいいい!」
「嘘だろう!? 頼むから泣き止んでくれぇぇぇ!」
間一髪、我らの周りに消音の魔法を施して気配を消す。
そうして我は実に500年ぶりに慌てふためき、フィデリカを抱き上げ、あやしたのだった。




